第五十五話 デメトリオ
席に着くと給仕係がお茶とお菓子を持ってくる。紅茶の香を少し嗅いだのちデメトリオ様は口を開いた。
「急に誘って申し訳ないね。ルバッフォ家の皆様と楽しく会話しているところを邪魔しちゃったかな?」
「そんなことはございません。ちょうど私抜きで話をしていたんです。むしろ暇だったくらい。」
私がそう言って笑うとデメトリオ様の強張った表情が少し和らいだ。おそらく夫人の命令で私に声をかけたのだろう。でも、いったいなぜ?
「エレナさんの話は二学年でもよく聞くよ。とても勇敢だと。」
デメトリオ様はお茶を一口含んだ。あたりを少しばかり見渡すと婦人と目が合った。さっと扇で顔を隠したものの私の読みは当たっているのかもしれない。
「そんなことはないです。でも、デメトリオ様にそう言っていただけてとても嬉しいです。でも、私にはよくない噂もありますよ?」
今度は私が紅茶を口に含んだ。相手の反応を伺う。
「あぁ、悪魔崇拝のことかい?あれは王がキーニャ家は一切関係ないとおふれを出しているからね。それを信じているよ。」
「そうですか。安心しました。」
まるで蛇の探り合い。貴族特有のこの感じはあまり好きではない。デメトリオ様とは一切関わりはない。そりゃお茶会で挨拶をすることはあったがこうして一対一で話すのは今日が初めてだ。なぜ?何が目的で?私の頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。
「ところでエレナさんはまだ婚約者がいないようだね。」
「はい、今は学業に専念したいと考えております。それがどうかしましたか?」
なるほど、目的は縁談か。もっと良い家があるだろうになぜ私なんかに矛先が向いたのかわからない。
「実は正式にエレナさんに縁談を申し込みたいと考えているんだ。」
その場の空気が凍った気がした。私はそもそも未だ消えない死の運命が無くならない限り縁談やら何やらをする気は毛頭ない。確かに学園内では婚約者がいる令嬢や令息がちらほらいるが私には関係のない話である。
「私はまだ特定の誰かと婚姻関係を結ぶ気はありません。でも、どうして私を選んだのですか?」
「それは・・・。」
デメトリオ様の視線が夫人の方へと向いた。すると夫人が何かを察したらしくこちらに近づいてくる。
「こんにちはエレナさん。私はコンティティ家夫人のラウラと申します。」
「ご機嫌麗しゅうラウラ様。」
「あなたに縁談を持ちかけた理由で間違いないかしら?」
チラリとデメトリオ様の方を向くと彼は控えめに頷いた。
「それはあなたの家柄、容姿その他諸々含めて我がコンティティ家に相応しいと夫とともに判断したからです。先日起きたという学園での騒動での勇敢な戦いぶりについてはお話で聞いています。そのような方がデメトリオに相応しいと考えました。エレナさん、一度両親を交えてお話をしてみませんか?」
家柄、容姿、その他諸々?何を言っているんだこの人は。確かに公爵家の次に並ぶくらいの爵位はあるが本心は王家の血が入った嫁を家に入れたいというものだろう。こういう話をしてくるのはコンティティ家が初めてというわけではない。お婆様がお爺様と恋愛結婚していなければこんな面倒な話もなかっただろうに・・・。なぜ孫の世代である私まで被害が及んでいるのか。それほど王家の血が欲しいか。
「それは私が決めることではありません。正式に私の父に書簡を送っていただいてもよろしいですか?」
少し夫人の顔が歪む。辺境伯風情がといったところだろうか。
気まずい沈黙の仲、それを破るように革靴の足音が近づいてきた。自然とそちらに視線がいく。そこにいたのはお父様だった。
「ご機嫌ようラウラ夫人。私の娘が何か失礼なことでもしましたか?」
にっこりと笑ってはいるがほのかな怒りを感じられる。
「娘がデメトリオ様とお話になっていると聞いてやってきましたがまさか夫人もいらっしゃるとは。」
「何かご用で?」
「はい、ルバッフォ家の当主からエレナはどこだと言われておりましてね。そちらはもう十分お話ししたでしょう。エレナ、行くぞ。」
「楽しい時間をありがとうございました。それでは失礼します。」
思わぬ助け舟に内心ではお父様に感謝しつつ私はルバッフォ家の一同が待つホールの中心に向かった。




