第三十九話 微睡の午後
食事も終わり、二人で景色を眺めながら雑談をする。内容は学校での出来事とか昔の話とか色々。特に今まで謎のベールに隠されていたお兄様の学園での生活を知れたのは面白かった。
「あいつと俺寮で同室だろ?毎朝毎朝サミュエルはあさが弱いから俺が遅刻するんじゃないかってヒヤヒヤしながら起こしてるんだぜ?家でもあんな感じなのか?」
「え、お兄様って朝に弱かったの?家ではそんな話聞いたことないけど・・・。」
「それじゃ家族の前ではカッコつけてるんだな。完璧な長男を演じてるんだよ。」
「そうかもしれないね。エドお兄様のことは誰よりも信頼してるからこその朝寝坊かもね。」
「信頼されるのは嬉しいが毎朝は勘弁してほしいな。」
お兄様が実は朝に弱いことを初めて知った私はなんだか面白かった。お兄様は家に帰ってきても学園でのことはあまり話すことはない。お父様に「授業はどうかね?」とか聞かれてやっと話すくらい。確かにそんなにだらしない面があるのだとしたらあまり話したくはないのかもしれない。
「サミュエル関係だとそうだなぁ・・・あぁ、あいつ意外とモテるんだよ。朝弱くてだらしないけど学園の中では完璧な紳士だからな。クラスは違うけど良くサミュエルに恋する女子の話は聞くぜ?」
確かエドお兄様は魔法実技がメインの赤のクラス、お兄様は領地運営などを学ぶ黄のクラスだったはず。クラスが違うのにモテている話が耳に入るなんて我が兄ながら恐ろしい。
「この間も告白されててさ。でも毎回好きな人がいるからって言って断ってるんだよ。エレナには好きな人の心当たりはあるか?」
エドお兄様はニヤニヤしながら聞いてくる。もちろん心当たりはある。そしてそれがエドお兄様と同じ考えだということも確信していた。
「アガタお姉さまでしょ?あんなに二人ともわかりやすいのに二人ともくっつかないなんて見ててもどかしいよね。」
お兄様は昔からアガタお姉さま一筋だ。何か困っていればすぐに助けるし、誕生日には毎回センスの良いプレゼントを送っている。もう私とエドお兄様じゃなくて二人が結婚すればいいのに、と思ってしまうほど二人が想い合っているのは丸わかりだった。
「いっそのこと二人が結婚しちゃえばいいのに。」
私がそう言うとエドお兄様は少し寂しげな顔をしながら「そうだな」と呟いた。エドお兄様が私に好意を持っていることは知っている。今の言葉は少し残酷だったかもしれない。
沈黙が流れる。風のせせらぎが頬を掠め、あたたかな午後の日差しが急な眠気を誘った。
私がうつらうつらと船を漕いでいるとエドお兄様が声をかけてきた。
「エレナ、眠いのか?」
「なんか、急に眠気が。」
「今日はいい天気だもんな。・・・膝でも貸そうか?」
「う〜ん。」
意識が朦朧とする。あたたかな日差しが体全体をゆっくりと温め、瞼が徐々に開かなくなる。そして体勢を維持することが厳しくなった私はエドお兄様の膝の上に頭を預けることになった。そこからの記憶はない。
エレナが船を漕ぎ始め、俺の膝の上で寝るように下心ありきで誘ってみるとエレナは素直にそれに従った。エレナの控えめな寝息が聞こえてくる。指が自然とエレナの髪に触れていた。
柔らかな髪だ。キーニャ家の子供たちは全員母親譲りの薄緑色の髪をしているが、エレナだけは父親と同じ夕陽のようなオレンジ色の髪をしていた。昔から走るたびに揺れるこの髪の毛が好きだった。癖毛でふわふわとした触り心地の髪はずっと触っていたくなる。
次に自然と頬を撫でていた。ふんわりとした肌と温かい体温が指越しに伝わってくる。
愛おしい。愛おしくて仕方がない。俺はこんなにもエレナを愛しているのにこの気持ちは本人に届くことはない。いや、届いてはいるがエレナの意思で拒否されている。辛い。惚れた女に拒否されることがこんなにも辛いことだなんて知らなかった。
学園ではエレナの噂を良く聞く。顔も良く純粋で落としやすそうだと下劣な男子がほざいていた。エレナが友人たちと楽しい学園生活を送る裏で俺とサミュエルは密かにエレナがそんな男の手に引っかからないよう潰して回っていた。
それはユーシェン様も同じらしい。噂によればクラス内でエレナに惚れる男子が出ないように日々圧をかけ続けて要るとかなんとか。一国の皇子に圧をかけられれば誰だって近づき難くなるだろう。
エレナは良く人に好かれやすい。良い人も悪い人も。俺の想いが届かないのならせめて悪い人の排除をしたい。彼女が安心して学園での生活を送れるようにサポートしたい。
「グローリー・・・。」
「誰だよそれ。」
エレナが寝言を言っている。グローリーが誰なのかはわからない。しかし、数週間後、俺はグローリーの正体を知ることになるとはこの時夢にも思っていなかった。




