第三十二話 学園生活
「エレナ、ここ間違えてる。」
「あら、エレナ。こことここも間違えてますわ。もう一度やり直しかしら。」
「あの、先生方ほどほどにしてください・・・。」
入学式から一ヶ月ほどが経ち新入生が学園に馴染んで来た頃、小テストが行われると先日発表された。抜き打ちでない分こうして優秀な友人を頼って勉強に励むことができている。
私たちは小テストがあると発表されてから放課後は中庭か図書館に集まりこうして勉強会をすることが日課のようになっていた。最初は堅苦しい話し方だったアイリスも今では苦長けた口調で私にズバズバとものを言ってくれるためありがたい存在となっている。
アイリスと友人になり、自然な流れでサーラにも彼女を紹介した。最初はギクシャクしていた二人だが気づけば仲良くなっていた。私の知らない共通の話題でもあったのだろうか?
ともかく、私たち三人は自然と一緒に過ごす時間が多くなり、昼食を一緒に摂るのは当たり前。放課後は時間さえ合えばティータイムをしたりと充実した学園生活を送っていた。
しかし、そこに現れたのが小テストという名の悪魔だ。私は体を動かしたり魔法を使ったりすることは得意だが座学はからっきしで幼少期には家庭教師が匙を投げるほどだった。そんな私が小テストを一人の力で乗り越えられるかと言われればそんなの無理な話で当たり前のように座学で優秀な成績を収めている友人二人を頼ることになった。
この二人はかなりスパルタな先生たちだが日に日に解ける問題が増えてきている。アイリスとサーラのおかげである。この調子でいけば小テストの再試なんて事態は防げそうだ。
そして一週間後、その日はやってきた。小テストということもあり制限時間は二十分と短い。その間になんとか問題を解き終え、間違いがないかチェックを何回もしていたら気づけばテストの時間が終わっていた。無情にも回収されていく解答用紙を眺めながら私は再試にならないよう心の中で強く願った。
結果、私は妻子を免れることができた。これもサーラとアイリスのおかげである。二人にお礼を言いつつ久しぶりにお茶会でもしようと誘いにいつもの中庭に行くと二人は教科書と向き合い、勉強をしていた。
「二人とも小テストは大丈夫だった?」
私は真面目だななんて思いつついつもの席に座る。
「あの程度余裕ですわ。」
「ちょっとわからないところもあったけど大丈夫だったよ。エレナも再試にならなくて良かったね。」
「本当にね。二人ともありがとう。ところで・・・」
私は疑問におもていたことを口にする。
「二人はなんで勉強しているの?もう小テストは終わったよ?」
私が言うと二人は顔を見合わせ深いため息をついた。
「エレナ、先生の話と配られた紙はきちんと確認すべきだよ。」
「私の親友がここまでだったなんて・・・。」
「え、ちょっと待ってなんの話?」
私が問いかけるとアイリスは一枚の紙を見せてくれた。それは確か小テストが終わってすぐに配られたものだったはず。カバンに詰め込んだまますっかり忘れていた。
「ここ、見て。」
アイリスの指が指す項目を見ると『一ヶ月後に期末試験』と書かれていた。私は思わず口をあんぐりと開けてしまう。
そこで失われていた記憶が急に呼び覚まされた。確か小テストがあったあの日、バルド先生は言っていた。「小テストが終わって気が緩むだろうが一ヶ月後には期末試験がある。引き続ききをしっかり引き締めて勉学に励むように」と。
「期末・・・テスト・・・。」
その言葉に私は絶望してしまう。終わった。小テストとは規模が違う。先ほどまでの呑気な自分を殴りたい。
「エレナ、そんなに絶望しないで。私たちがいるでしょ?それに・・・」
アイリスはチラリと私の背後を見た。自然と私もそちらを向く。そこにはお兄様とエドお兄様が立っていた。
「ここで毎日勉強してるって噂は本当だったんだな。」
「噂?」
確かにこの国の王女が毎日友人と中庭で勉強をしていたら話題にもなるか。
「美少女三人がここで勉強をしてるって噂だよ。知らなかったのか?」
エドお兄様がそう言って驚いてしまった。確かに美少女は二人いる。そこに私が含まれていないのは確かだろう。にしても噂になる程美人な友達と毎日勉強できるなんて私は幸せ者だ。
「王女殿下、アイリスさん。先日の小テストの際は僕の妹を随分と助けてもらったようで。もうお分かりかと思いますが僕の妹は頭を使うことよりも体を動かす方が得意でして。お二人の助力に家族を代表して御礼申し上げます。」
「そんなに畏まらないでくださる?私は友人のために当然のことをしたまでですわ。」
「私も同じですわ。」
「エレナは良き友人を持ったようだね。」
そう言いながらお兄様とエドお兄様は顔を見合わせて微笑んだ。
「そんな座学が苦手なエレナに良い情報を持ってきたんだ。聞きたいか?」
「え、なになに?」
「まず、教える前に一つ条件がある。」
エドお兄様は勿体ぶった様子でそう言った。
「勿体ぶってないで早く教えてよ。」
「期末テストが明けたら休日に俺とデートしてくれないか?」
「何?デート?それくらい別にいくらでもするよ。それで良い情報って何?」
背後でアイリスとサーラが何かをコソコソと話しているが気にせずエドお兄様に話しかける。
「ジャーン、期末テストの過去問だ。」
「か、過去問⁉︎そんな便利なものが存在していたの⁉︎」
過去問という単語にアイリスとサーラも飛びつく。これは確かに良い情報だ。入学してすぐのテストだというのに学園のテスト範囲は恐ろしいくらい広い。これがあるかないかで私の命運は大きく変わってくるだろう。
「それ、見せて!」
「はい、どうぞ。王女殿下とそちらのお嬢さんも見ますか?」
「えぇ、見させてもらうわ。」
「私も。」
三人で食い入るように過去問の用紙を見つめる。サーラが口を開いた。
「これ、情報は確かなんですよね?」
「確かですよ王女殿下。・・・ここだけの話し、この学園の教師は少し怠惰なところがありまして。テストの問題だけは毎年同じものを出題するんです。」
「なるほどね。」
過去問をペラペラとめくりながらサーラは言った。
「この学園の先生方の勤務態度はよくわかりました。この件については私から父に直接話します。聞いてしまった以上ごめんなさいね。でも、今回は見逃します。私の親友の命運がかかっているので。」
「ありがとうございます。」
「お兄様、これもらってもいいの?」
「そのために持ってきたんだから。それじゃ、勉強頑張れよ。」
「デートの件忘れるなよ。」
「はいはい、二人とも勉強がんばってね。」
過去問を渡すとお兄様たちは颯爽と中庭から去っていた。これは大きな武器になる。私はその場で確信した。
期末テストが終わった。今日は期末試験の順位発表の日である。クラスのみんながソワソワしている。
廊下から順位発表を知らせる鈴の音が聞こえた。皆が一斉に教室を飛び出す。私たちも後をついて行った。
結果は私は真ん中よりちょっと下、アイリスは学年で十五位、ユーシェン様は一位という結果だった。座学は苦手だなんだと言っておきながらしっかり一位を取っているあたりアノトキノ謙遜に嫌味が感じ取れる。
とりあえず私は妻子を免れたことに安堵していた。過去問までもらって再試となったら目も当てられない。
「再試を免れて良かったなエレナ嬢」
「ユーシェン様は嘘つきね。」
「なに、運が良かっただけさ。」
運が良くて一位なら私だって取れてるわ。そう思いつつ次の試験について考えを巡らせていた。
次は実技試験と呼ばれる魔法の試験が待っている。魔法については他の人よりも自信があるため再試の心配はないだろう。今度は私が二人を助ける番かもしれない。そう思いながらアイリスの元へ向かっていった。