第二十九話 入学式
教室が新しい生活でもちきりの中、前方の扉が開いた。そこには日誌を持った茶髪で切長の瞳をした男がまっすぐ教団へと向かった。
「みんな静かにしろ。今からホームルームを始める。」
男の一言にみんなが一瞬でこの人が担任だと悟った。大人しく決められた席に座る。幸いなことに話の中心だったリーシャさんは廊下側の私たちの席とはずいぶん離れた場所にあった。
「俺はバルド・スタッフォードだ。ここのクラスの担任を務める。一年間よろしくな。さて、今から出席をとる。一人ずつ名前を呼んでいくから返事をしろ。それが終わったら講堂に向かって入学式だ。それじゃ始めるぞ。」
宣言通りバルド先生は一人ずつ名前を呼んでいく。当然私も呼ばれたため返事をする。淡々と出欠確認は終わるかと思われたが途中でリーシャが呼ばれた際、「先生ってとってもハンサムですね♡」と余計なことを口走ったせいで教室の空気が凍りついた。先生は「うるさい」と一蹴し、次の人の名前を呼んでいた。
「よし、全員いるな。今から講堂に向かう。席順のまま廊下に整列してくれ。」
バルド先生はそう言うと教室から出て行った。教室に残された生徒たちは急いで廊下へと飛び出す。言われた通りに整列をして蟻の行進のように行動へと向かった。
講堂はとても広くまるでオペラの劇場のようだった。お兄様から聞いた話によるとたまに本当の劇団を呼んで公演を行うことがあるらしい。さすが王立学園である。
ふかふかの赤い座席に座るとその心地よさで眠りそうになる。しかし、入学式で眠るわけにはいかない。校長先生とかの偉い先生の話には興味はないが新入生代表挨拶を王族であるサーラが務めるのだ。これは親友として見過ごすわけにはいかない。私は目が取れるんじゃないかと言うほど開き、必死に眠気に抗った。
そしてその時は来た。
「それでは新入生を代表してサーラ・アメティスタ・ドラティーネ王女に挨拶をしていただきます。」
司会の言葉を合図に壇上にサーラが上がる。ザワザワと声が聞こえた。そのほとんどがサーラの見た目に関するもので本当に腹ただしい。王族特有のアメジストの瞳をしていないとか相変わらず肌の色がねぇとか。サーラのエキゾチックな美しさに気づく人はいないのかと思うと本当に腹ただしい。アメジストの瞳をしていなくてもサーラは立派な王族だ。だって、その顔と瞳、肌は母君である王妃殿下にそっくりなのだから。
私がイラつき始めると同時にサーラの挨拶が始まった。それはそれは見事なものだった。サーラの鈴を転がしたかのような声で語られる学園での明るい日々への希望は自然と気持ちを前向きにしてくれる。さすがサーラだ。
サーラの挨拶も終わり、無事に親友の勇士を見届けた私は眠気に抗うことなく安らかな睡眠を始めた。どれくらい経っただろうか誰かに小脇を突かれる感覚で目を覚ました。
「よく眠っていたな。」
「ユーシェン様、もう式終わった?」
「あぁ、さっき終わったところだ。今から教室に戻ってオリエンテーションをするらしい。」
「ありがとう、ユーシェン様。私講堂に置き去りにされるところだった。」
そう言いながら立ち上がり、教室へと戻る。列を乱すなとバルド先生が言っていたのにも関わらずリーシャは先生の隣に立ち、何かを話しかけている。恥ずかしくないのだろうか。もしかしたら担任に催眠魔法をかけようとしているのならそれは不可能だ。こちらが先生を打たせてもらった。ヴィーヴルに頼んで学園に関わる人全てに催眠魔法がかからないようにしてもらったためリーシャの思惑通りにはいかないだろう。なぜこうも男にすり寄るのかが理解できない。
教室に着き席に戻ると早速オリエンテーションという名の自己紹介が始まった。今日はこれが終われば解散らしい。早く終わって欲しいものだ。
自分の番は無難にこなし、ぼーっとしながら他の生徒の紹介を見る。その中で気になる令嬢がいた。
真っ白でふわふわとした髪に真っ赤な瞳、まるでウサギのような容姿をした令嬢だ。名前は『アイリス・ベンス』というらしい。早速放課後に声をかけてみよう。
オリエンテーションも無事に終わり、皆が帰宅の準備をする中、私はまっすぐアイリスさんの席へと向かった。
「初めまして、私エレナ・キーニャっていうの。」
少し驚いた様子だったが相手も続けて口を開く。
「初めましてエレナさん、私はアイリス・ベンスよ。同じクラスメイトとして一年間よろしくお願いするわ。」
「よろしくね。ねぇ、もしアイリスさんがよければなんだけど私とお友達にならない?」
「お友達?」
友達という単語に少し微妙な反応を見せた。私のようなやつとは友達になりたくないのかなと考えているとアイリスさんを呼ぶ大きな声が聞こえた。後ろを向くと痩せ型でアイリスさんと同じ瞳の色をした黒髪の中年男性が立っていた。
「お父様だわ。ごめんなさい、エレナさん。返事は後日でもいいかしら?」
「もちろん。それじゃ、またね。」
「えぇ、ご機嫌よう。」
優雅な足取りでアイリスさんは去っていった。気づけば隣にユーシェン様が立っている。
「友達は俺とサーラ嬢だけで十分じゃないか?」
「友達はいくらいてもいいものなの!私たちも帰ろうか。ちょうどお父様も来てるし。」
扉の向こう側でお父様がひらひらと手を振っている。
「そうだな。俺も別クラスにいるリーハンが迎えに来たし今日は帰るとするか。」
軽く今日あった出来事などを話しながら私たちは帰路についた。




