第二十二話 顔合わせ
昼食が終わり、自室へと戻ろうとするとお父様に呼び止められる。
「お婆様が応接室で待ってる。顔を出してきなさい。」
「わかった。」
私とお父様が話をしていると横から控えめな様子でユーシェン様が顔を出してきた。
「すまない、話の途中で。そのお婆様というのはキーニャ家の大奥様のことで間違いないだろうか?」
「そうだが・・・。」
訝しげな様子でお父様が答える。するとユーシェン様は顔をパッと明るくし、続けてこう言った。
「だったら俺も同席して構わないか?」
「エレナが良いと言うなら私は構いません。お婆様も別段気にしないでしょう。」
その場の視線が一気に私の方へと向く。正直断る理由も思いつかない。
急に一国の皇子を連れてきたらお婆様が驚くだろうという気持ちが一瞬頭を過ったが、あの人に限ってたかがその程度で驚くようなことはない。肝っ玉の座り方でいえばこの家で一番だ。
「私は別に構いません。」
「それじゃ二人で応接室にいってくるといい。私は仕事があるから執務室に戻るよ。それではユーシェン様、お先に失礼致します。」
お父様はそう言い残し食堂から出ていった。私たちも応接室に行くとしよう。
食堂からそう遠くない距離に応接室は存在する。扉をノックすると聞き慣れた声で「どうぞ」という声が聞こえた。
扉を開けるといつものように背筋をピシッと伸ばし紅茶を飲むお婆様の姿があった。チラリとこちらをむき、ティーカップを机に置く。
「これはこれは、凰皇国の皇子様もご一緒でしたか。」
「初めまして。凰皇国第一皇子のシュ・ユーシェンと申します。」
「話は聞いてるよ。夜会での一幕は久しぶりに心が躍ったね。」
「もう、お婆様ったら。」
「はっはっは、すまないね。ほら二人とも腰掛けて。私はユーシェン殿と話をするチャンスを伺っていたんだよ。」
お婆様は向かいの席に座るように促し、再びティーカップを持つ。お茶を飲むその動作だけでも気品が溢れており、ただの家柄出身ではないということが一目でわかる。
何を隠そうお婆様は元王族。私のお爺様に惚れて周囲の反対を押し切ってキーニャ家に嫁入りしたのだ。その証にお婆様の瞳はアメジストのような美しい紫色をしている。
「凰皇国の皇子が安賀屋に滞在なさるとはこれほど光栄なことはないね。まぁ、あの子は違うようだが。」
そう言いケラケラと笑う。あの子というのはお父様のことだろう。お父様はお婆様と違い少しひ弱な性格をしている。この辺はお爺様に似たのかもしれないと昔お婆様が言っていた。
「ありがとうございます。それにそても見事な紫色の瞳をしていらっしゃいますね。」
お婆様を前に敬語を使うユーシェン。何かを感じとっているのかもしれない。
「あぁ、これかい。一応これでも元王族の身だからね。」
「元王族なのですか?こんなことを聞くようですが」
「なぜ辺境伯に嫁いだのかだろう?」
「はい。」
お婆様は再びティーカップを置く。これは長い話になるな、と私は感じた。お婆様がなぜキーニャ家に来ることになったのか。それは一冊のロマンス小説が書けてしまうような濃密なものなのだが何度もその話を聞いてる身としてはうんざりしてしまう。暇つぶしがてらに茶菓子を手にとる。マドレーヌは優しい味がした。
「あれは私がまだエレナと同い年くらいの時のことだ。この国では数十年に一度悪魔と戦う大きな戦争があってね。私が十七歳の頃にちょうど戦争が始まったんだ。私は剣術もできて魔法の使い方もうまかったから自ら戦場に行くことを決意してね、軍隊に加わることになった。その時私が所属していた隊の指揮官を勤めていたのが私の夫で前キーニャ家当主のエリアだった。付与魔法と指揮能力に俺優れていた彼が戦場に出ることはなかったが誰よりも戦士を労り、彼の作戦で多くの戦果をあげることができた。最初はなんとも思ってなかったんだけど一緒に過ごすうちにエリアの優しさに触れて私は惹かれていった。そして戦争が終わると同時にプロポーズしたんだ。」
「それは大胆ですね。」
「女のくせにといろんな人から言われたよ。何度も何度も私の求婚は王族だからという理由でエリアには断られた。それでもめげずに何度もアプローチを続けて最終的にエリアから求婚された。父上と母上には酷く反対されたが先の戦争で私はかなりの戦果をあげていたからその褒美だと言って私はエリアと結婚した。子供にも恵まれてアンドレアに家督を譲り、二人で海辺の別荘で余生を過ごそうという時にエリアは病に倒れ、そのまま亡くなってしまった。」
再びお婆様はティーカップを持ち上げる。どうやら話は終わったらしい。
「これは、ロマンス小説のような大恋愛ですね。」
「そうだね。今もあの人が生きていてくれたらと思う時はあるよ。こんなにも可愛い孫達がたくさんいて、ひ孫もそう遠くない未来に見れそうだと。」
お婆様の一言に思わず紅茶を吹き出す。
「なんだいエレナはしたない。それでもレディかい?」
「だって、お婆様がおかしなこと言うから!」
「おかしなことねぇ。」
ニヤニヤと笑いながらお婆様は紅茶を啜る。なんだか恥ずかしくなってきた。隣に座っているユーシェン様の顔を見ることができない。私は居ても立っても居られないいられなくなり、思わず席を立った。
「お婆様!私、午後の特訓に備えて着替えてきます!」
「おう、いってらっしゃい。」
お婆様はにこやかに手を振る。
「ユーシェン様、お先に失礼します。」
「あぁ、気をつけて。」
結局最後までユーシェン様の顔を見ていることができなかった。あぁ、恥ずかしい。周囲の生暖かい視線がまとわりついて嫌になる。
私は自室へと戻りベッドに思い切りダイブし、枕に顔を押し付けてできる限りの大きな声で「もうー!」と叫んだ。
エレナが去った後の応接室にて。
「ユーシェン殿はうちの孫娘に惚れているのだろう?」
「おや、もうバレてしまいましたか。」
「ババアの目は誤魔化せないというやつだ。エレナはとてもいい子だ。だが、とてつもなく過酷な運命を背負っている。これは私個人のお願いだがユーシェン殿にはできればあの子の助けになってほしい。アンドレアは嫌な顔をしていたがルバッフォ家の長男よりはユーシェン殿の方が頼りになる。」
「過酷な運命とは?」
「それはそのうちわかるさ。」
アレッシアは紅茶を啜った。重たい沈黙が応接間に流れた。




