第二十話 アントニオ伯父様
訓練場に着くと隅っこでトマスが素振りをしていた。
「おーい、トマスー!」
私は魔法を解きながらゆっくりと地面に足をつけるとトマスがこちらに駆け寄ってきた。
「お姉さまだ!お姉さまも訓練をしに来たの?」
「そうよ。一緒にしてもいい?」
「やったー!お姉さまと剣の稽古だ!あ、でも伯父様に言わないと怒られるかも!お姉さまちょっと待ってて、今伯父様にお話ししてくるから!」
「はーい。」
トマスは小走りでその場を去る。
今年で十歳になる弟のトマスは魔法の才能はあまりないものの、優れた運動神経を持ちそれをキーニャ家所有の騎士団団長であるアントニオ伯父様に見込まれ今日のように騎士団の訓練場で次期騎士団長となるべく日々鍛錬を積んでいる。本人はのんびりとした性格で剣よりも草花が似合う容貌と言動をしているが、一度剣を握ると人が変わったように冷静で素早い動きを見せる。
今日はトマスに模擬戦をお願いしようかななど考えているとトマスとなぜあの祖父母からこの巨体が産まれたのかと皆に言われる巨体に茶色のマントを靡かせながらアントニオ伯父様がやってきた。
ちなみに私のお父様は三兄弟の長男だが何故か末っ子のアントニオ伯父様だけがとても恵まれた体格に育ったという。確かにお父様もジャーダ叔母様もすらっとした体型をしている。
「よう、エレナじゃないか。訓練しに来たんだってな。」
「急に来てごめんなさい、どうしても体を動かしたくなって。」
「人間生きてればそんな日もあるさ。まずは準備運動、そして素振り百回!トマスと一緒にな。それが終わったら二人で模擬戦でもすればいい。」
「相変わらずのスパルタ。がんばるぞー。」
「僕も頑張る!」
支持だけ出すとアントニオ伯父様は「騎士たちの様子を見てくる」と言い、騎士団員たちが鍛錬をしている場所へと戻っていった。
「僕ももっとアントニオ伯父様に剣術を教えてもらいたいな〜。」
「でも、午後は個別で教えてくれるんでしょ?」
「そうだけど、僕ももっと強くなりたいんだ。」
「まぁ、何事も基礎が大切!今からやる素振りだって未来の強い自分に繋がってるんだよ。」
「基礎が大切・・・。」
トマスはそう言いながら私の顔をじーっと見つめてくる。
「それ、魔法の天才って呼ばれてるお姉さまが言っても説得力ないよ。」
「それはトマスも同じでしょ。トマスだって剣の天才って呼ばれてるじゃない。それに私は別に剣の才能があるわけじゃないよ。ほら、時間は有限!さっさと始めるよ。」
「おー!」
トマスはもうすでに準備運動も素振りも済んでいるはずなのに再度私に付き合う形で一緒にアントニオ伯父様に言われたことを二人でこなしていく。木刀を握るトマスの顔は先ほど話していた人物とは同じ人だとは思えないほど鋭く、集中していることが一目でわかる。私も負けていられない。
「九十九、百〜!終わった!」
「僕も終わったよお姉さま!少し休憩したら模擬戦しよ!お姉さま強いから戦うの楽しみだなぁ。」
二人でその場に座り込み、事前に持ち込んでいた水を飲む。腕には気持ちのいい疲労感が残っており、百回の素振りを終わらせたという達成感が胸いっぱいに広がる。
「今日お姉さまと模擬戦できるなんて思ってもなかった。お姉さま強いから戦うの楽しみだなぁ。」
ニコニコと笑いながら言う弟に少し恐怖を覚える。私はこのこと五歳も歳が離れているというのに一度も勝てたことはない。末恐ろしい。
「そろそろ始める?」
ワクワクとした顔をしながらトマスが聞いてくる。正直もう少し休みたかったがこんなに可愛い顔ををされたら断るなんて選択肢も頭から消え失せてしまう。
「やろっか!」
こうして私とトマスの模擬戦が始まった。お互いに木刀を持ち、向かい合う。すでにスイッチが入ったらしいトマスの目つきは鷹のように鋭くなっていた。
風が吹く。特になにも言わずともそれを合図に私たちは剣を構え、前に踏み出す。訓練場には木刀がぶつかり合う乾いた音が響いた。
「おーやってるやってる。」
「全く、末恐ろしい姉弟ですね。団長もそう思いません?」
「そうだな。エレナは自分には剣の才能はないと思っているようだがトマスとやりあえてる時点で十分化け物だ。」
「トマス坊っちゃまと戦おうと思ったら俺たち二十人掛かりで攻めても勝ち筋が見えませんもん。キーニャ家はすごいなぁ。」
騎士たちとアントニオ伯父様がそんなことを話していることなど気にせず私たちは剣をぶつけ合う。
トマスが少しバランスを崩した。今だ!そう思い、踏み込み一撃を喰らわせようとすると私の手から木刀が消えていた。そして少し遠くでカランと何かが落ちる音がする。振り向くとそこには先ほどまで私が握っていたはずの木刀が転がっていた。
「わーい、引っかかった!」
トマスはニコニコと笑いながら自身の勝利を喜んでいる。一体何が起きたというのだ。
「待って何が起きたの?」
「わざと隙を作ってみたんだ〜。そこに踏み込んできた相手に一発どーんってしたの。」
どうやらこの可愛らしい弟の策略にまんまとハマってしまったらしい。この子の剣技には毎度驚かされる。
「また私の負けか〜。」
こう言葉にするとなんだか脱力してしまう。私はそのまま地面に座り込むと遠くから聞き覚えのある、いや聞き覚えのありすぎる声が聞こえた。
「エレナ様!十三時から昼食だと言ったのになぜまだここにいるのですか!さぁ、早く部屋に戻って支度をし直しますよ!」
「げ、マーシャ。」
「僕も身支度しないとな〜。午前中の鍛錬はここまでかぁ。」
残念そうに呟くトマスを横目に私は半ば引きづられるようにマーシャに引っ張られる。
「それじゃお姉さまご飯の時にまた会おうね〜。」
そう言い、手を振るトマスに手を振りかえす余裕もなく、私は自室へと戻った。




