第十九話 翌朝
朝起きると時計は十時を指していた。寝坊だ。しかし、無理もないだろう。昨日は夕食会があって二人の異性から手の甲にキスをされ、愛想を振り撒き四大貴族と王族の方々と交流をした。それだけのことをしたのだ。当然体も心も疲れるはずだ。いつもなら起きる時間になったら真っ先にカーテンを開けるマーシャも気を使ったのか今朝は来ていない。
私はメイドを呼ぶべく手元のベルを鳴らす。数分後、マーシャを含むメイドたちが部屋にやってきた。
「おはようございます、エレナ様。昨晩はお疲れでしたね。」
「おはようマーシャ。みんなもう朝食は食べ終わってるよね?」
「はい、いつもと同じ時刻に食べ終わっています。」
「寝坊したの私だけか〜。申し訳ないけど部屋に軽食を持ってきてもらえる?お腹がぺこぺこで。」
「かしこまりました。軽食の準備の間に身支度を済ませてしまいましょう。」
アーシャの一言でメイドたちが一斉に動き出す。料理長に軽食の準備を頼みに行くもの、洗顔の準備をするもの、今日の衣服とアクセサリーを決めるものと皆忙しなく動き始める。
「エレナ様、洗顔の準備ができました。」
「ありがとう、すぐ済ませるわ。」
「エレナ様、本日のお召し物はどちらになさいますか?」
「その深緑のドレスでお願い。」
「エレナ様、本日のお化粧はどうなさいますか?」
「いつもと同じ薄くお願い。」
「かしこまりました。」
メイドたちの手際の良さもあり、あっという間に身支度が完了した。軽食ができるまで少し時間がかかるとのことなので今日のスケジュールを確認する。
「マーシャ、今日の予定を教えて。」
「十三時から凰皇国の皇子を含む皆様と昼食、十四時から大奥様と魔法の鍛錬、十九時から皇子含む皆様と夕食、その後皇子殿下とお茶の予定になっております。」
「待って、お茶の予定は聞いてないんだけど。」
「今朝、皇子殿下からのお願いということで急遽予定に追加されました。」
「なるほど・・・。」
昨晩の行為といい、我が家を留学の滞在先に選んだ理由といい、あの皇子は何を考えているのやら。そんな相手と夕食後に一緒にお茶会なんて気が気でない。
「エレナ様、軽食ができました。」
「はーい。」
色々考えてモヤモヤしてもお腹は空く。今は出来たてほやほやのサンドウィッチとスープに集中する時だろう。
自室のテーブルに簡易的な食事スペースが準備される。お皿の上に乗ったサンドウィッチは具沢山でこれでもかと具が詰め込まれている。今日のスープはじゃがいものポタージュらしくシンプルながら奥深い味わいの一品だ。
「いただきます。」
食事前の挨拶を済ませ、サンドウィッチにかぶりつく。具が溢れそうになるがなんとか押さえてうまく食べることができた。野菜のフレッシュさとスモーキーなハムの味わいがベストマッチしていて非常に美味しい。このままサンドウィッチをお皿に置いたら二度と掴めそうになかったためそのまま一心不乱に喰らいつく。
「エレナ様、はしたないですよ。」
「サンドウィッチって誰が食べてもはしたなくならない?」
「エレナ様は辺境伯の御霊場なのですから。我々使用人しかいない時でもマナーにはお気をつけください。日頃のクセが大勢の前で出ることもあるのですから。」
「はーい。」
マーシャに小言を言われつつもサンドウィッチを無事に完食した。具が控えめなものならともかく今出てきたような具沢山なものノック食べ方が豪快になってしまうのは仕方がない気がするのは気のせいだろうか。
じゃがいものポタージュも無事に完食し終えるとお腹はパンパンになっていた。二時間後には昼食が控えているというのに私の胃は持つだろうか。不安になってきた。
昼食が入るか不安なら食べたぶんだけ動けばいい。ちょうど今日はお婆様に魔法の鍛錬をお願いしている日だ。ウォーミングアップがてら一人で練習するのもいいかもしれない。
「マーシャ、今訓練場は誰か使ってる?」
「この時間ですとトマス様と騎士団の団員たちががアントニオ様に剣術を習っている時間です。」
「お、ならちょうどいい!私もついでに教えてもらおうかな。」
「急に来られてはアントニオ様もお困りになるのでは?」
「大丈夫、前に叔父様にはいつでも訓練しにきていいって言われてるから!」
「・・・かしこまりました。では、もう一度着替えましょうか。」
「手間をかけてごめんね。」
「いえ、それが私たちの仕事ですので。」
食べ終わってすぐに着ていたドレスを脱ぎ、剣術用の動きやすい服装に着替える。正直、この衣服が身軽でずっとこれを着て過ごしたいのだが淑女としてそれは許されないらしい。
「それじゃ行ってくるね!」
「ちょっと、エレナ様⁉︎」
マーシャの驚く声をバックに私はバルコニーへの扉を開け、一気に飛び降りる。
「風よ!」
私が飛ぶ直前にそう言うと足元に風がふわりと巻き付く感触がする。そのままふわふわと飛びながら私は訓練場へと向かった。




