第十話 我が家に皇子がやってくる!?
「えぇええええ!?」
この日、早朝からわが家に驚きの悲鳴が響き渡った。使用人たちも皆頭を抱えたり、困ったような顔をしている。ただ、いつもと同じ日曜日のはずだったのに。
毎週の休みの日にお兄様が帰ってきてみんなでゲームをしたり勉強をしたり庭でピクニックをしたり、そういういつもと同じ日を過ごすと思ったのに。朝食を食べるために食堂にみんなが集まったタイミングでお父様は言った。
「みんな、落ち着いて聞いてほしい。我が家に凰皇国の第一皇子シュ・ユーシェン様が滞在されることになった。」
ある者は飲んでいた牛乳を吹き出し、ある者はパンを喉に詰まらせそうになった。連絡事項を伝えるお父様の顔もいつも以上に険しい。
「落ち着いてなんかいられないだろ!うちに友好国の第一皇子が滞在するってどういうことだよお父様!」
お兄様が問いただすとお父様は困ったように口を開いた。
「実はエレナが入学するのと同じタイミングでユーシェン様が留学することは随分前に決まっていたんだ。当然皆滞在先は王城になると思っていたが何故か向こう側が我が家を指名してきたんだ。理由は父さんにもわからない・・・。ただ一つ言えることは何かあればうちの家は潰れるということくらいだ。」
何かあれば我が家は潰れる。この一言で食堂の温度がかなり下がった。なぜ、そんな大層な役目をうちで行わなければならないのか、疑問は尽きない。
「一応、王に我が家には荷が重いことを伝えたんだが先方の意思が固いらしく説得に応じないらしい。皇子が来るのは二ヶ月後、ちょうど入学式の一ヶ月前だ。それまでに我が家の方で準備を進めなければならない。みんな、手伝ってほしい。」
「手伝うのはいいけどどうしてうちなんかに来るんだか。」
「山以外何もない上に隣国との境界があるだけで本当に何もない領地なのに。」
「ナボトゥの工芸品や龍の目はありますが決定打に欠けますわね。・・・もしかしてお姉さまに一目惚れしたとか?」
最近恋愛小説にハマっているらしいレベッカがそんなことを言った。
「一応面識はあるけど五年も前だよ?しかもまともに話してないしあの時はそんな余裕もなかったし。まさかそんな筈ないでしょ。」
笑いながら返事をすると真剣な顔でメリッサは私にフォークを向けた。まったく、私の弟妹達は感情が高ぶるとマナーが疎かになる節がある。
「お姉さま、恋はどこからやって来るのかわからないものですわ。お姉さまの美貌を持ってすれば一国の皇子もコロリと恋に落ちてしまったりして!」
「一目惚れだと!?娘はまだ嫁にやらんぞ!」
「まぁまぁ、お父様落ち着いて?」
朝から賑やかなのは我が家の特徴だがここまで騒がしいのは初めてだ。そのことが少し楽しくもあり、聳え立つ現実に皆目を背けられない。
「とにかく、この二ヶ月でどうにかして皇子を滞在できる環境を作るぞ!お婆様もルバッフォでもなんでも使えるもには使ってやるぞ!キーニャ家の底力を見せつけるんだ!」
「おー!」
子供達の適当な声がけに鼓舞されてかお父様は意気揚々と食堂から出ていった。
「本当にどうにかなると思う?」
「さぁ?」
私とお兄様の会話だけが食堂に虚しく響き渡った。
「やっとだ!やっと彼女に会える!夢みたいだ。」
どうにか頑張って手に入れたエレナ・ディ・キーニャの肖像画を眺めながら美しい黒髪に赤い瞳をした青年が呟いた。
「彼女、エレナは俺のこと覚えてるかな?五年も前だしまともに会話もできなかったし、ねぇ、俺覚えられてると思う?」
近くに控えていた侍従にそう問いかけると侍従ははっきりとこう言った。
「ユーシェン様のような美丈夫は挨拶をしただけでも印象に残るというもの。何より友好国の皇子としてより深い印象を与えているに違いありません。」
「そうだといいなー。誕生日プレゼントも喜んでくれたかな?あぁ、早く会うのが待ちきれないよ。」
うっとりとした顔でエレナの肖像画を見つめる様子はさながら恋に落ちているのも確実だった。
ユーシェンはエレナの夕日のように輝く美しい髪色が好きだ。新緑のように輝く大きな瞳が好きだ。星々が散りばめられたかのような可愛らしいそばかすが好きだ。何より、足を滑らせた令嬢を助けるために自ら池に飛び込む勇猛果敢さが大好きだった。
「あぁ、早く会いたいな。」
ユーシェンはこう思う。この言葉が星々の煌めきに乗って彼女、エレナの元に届かないかと。




