計画骨子(LINK:primeira desejo85)
がんちゃんからは早々に提案がなされた。
とにかく速度を重視したようで、作り込んだ資料などない口頭での説明だった。
それで良い。時間をかけて資料作りするような状況ではない。手段の選び方、的確さが好ましい。
阿波ゼルコーバの中でも、地元のローカル番組や地方CMなどによく出ているような人気選手何人かを巻き込んだ、ダンスを披露するというのがおおよその企画骨子だった。
「なるほど。何人かの人気選手をピックアップして、踊ってもらうのね」
ありきたりだが悪くない。
斬新である必要も独自である必要もない。
選手自身が楽しめ、それを観ている観客が楽しめれば良いのだ。
がんちゃんは短絡的に考えたわけではない。
これまでのイベントの傾向を分析していた。
人気の高かった企画は選手のコスプレやカラオケ。企画そのものというより、ノリの良い選手やいじられキャラの選手が笑いの取れる格好をすることでウケていた。
サンバの持つ属性には、「楽しさ」はもちろんある。
望む望まないに関わらず、「面白いもの」「奇怪なもの」としての属性も持つ。
本格サンバを標榜し、文化をリスペクトしている者からすれば眉を顰められるかもしれないが、「お笑い」として用いることも、サンバの持つ特性を遺憾なく発揮するなら、まさに「使えるものは使う」でいくべきだろう。
選手が笑いを取るという方向性とは相性が良いと思えた。
衣装が派手で特徴的でもあるので、その手のコスプレにも向いている。
単純な発想だがよく押さえている。
敵を知り、己を知るという、計画立案の原理原則を満たしている。
がんちゃんは相手方に置いたサッカーと、自己側のサンバの関係性も捉えていた。
サンバはサッカーが盛んなブラジル発祥であることは言うまでもない。
当然というべきか、サッカーとサンバの音楽や楽器、ダンスはいろいろなところで結びついている。
がんちゃんはそこにも注目し、サッカーとサンバの親和性を活かした構成を考えているようだった。
サンバとお笑いを安直に結びつけて選手を用いて笑いを取るのは容易かろう。
その、ある種おふざけ的な選手のダンスを、そのまま垂れ流すのではない。
その周りをサンバに本気で取り込んでいるサンビスタで固め、本格サンバショーの形を取り、笑いから感嘆に移行させる。
サンバショーからその後の企画へもスムーズに移行し、一部のサンバ隊はその後も参加する内容になっている。
アイデアのみの骨子と言いながら、ひとつの形として出来上がっている。
あとは楽曲やパフォーマンスの内容など、具体的な部分を作り上げていけば良い。
がんちゃんからは、単に出て賑やかしで終わるのではなく、結果としてイベント中を通してダンサーやバテリアが適宜盛り上げ役として残りイベント全体を担うパーツとなることで五十万円を提示したいということだった。
提供する内容の客観的な価値から算出した額であり、原価と利益率を考慮した額であり、クライアント側が予算と効果を加味したうえで出せる額でもある。
そこまで考えてあるとは思わなかった。
知識でもなければおそらく経験でもない。物事の本質をよく考えるということができるのだろう。
よく考えるという言葉は、ただじっくり考えるとか、ゆっくり考えるということではない。
物事を深く考える。多角的に考える。いろいろな立場の人に成り代わって考える。波及する影響について考える。
今回の件は、がんちゃんにイベント出演の機会を作りたくてはじめたことだ。
でもがんちゃんは、引き受けた案件を成功させるため、自分以外のひとの立場になって、どんな内容だったら喜べるか。もっと言えば、お金を出せるか考えている。
私はがんちゃんを高く評価していたつもりだったが、成長著しい高校生の妹は私の予測になど収まらない可能性を秘めている。




