体験
「『がんちゃんの姉として』、か......。
がんちゃんは直接帰宅するのだろう? せっかく来たんだ、このまま帰るのももったいない。先ほど言っていたが、体験していかないか?」
体験してみたいと言ったのは本音だ。
更に言えば『ソルエス』も良いチームだと思えるし、もっと知りたいとも思っていた。
「そうですね。せっかくですからぜひお願いします!
がんちゃんと同じ楽器やってみたいです」
ハルさんは笑顔で頷き、がんちゃんと同じスルドと言う楽器を叩いていた女性を呼んだ。
「祷と呼んでも?」
ハルさんの尋ねに頷いた。
「彼女は祷。聞こえていたかもしれないががんちゃんのお姉さんだ。がんちゃんと同じスルドを体験してもらうことになった。指導係を頼めるか?」
ハルさんは呼ばれて来た女性に私を紹介してくれた。
私は楽器の経験者であるから、音楽的なことよりも、サンバのイズムとフィロソフィーを伝えてほしいと、いまいちよくわからないことを言っている。
ハルさんが呼んだ女性は弧峰誓子さんと言い、自己紹介ではチカと名乗った。
『ソルエス』ではキョウさんやがんちゃんと同じ、スルドという楽器の奏者だ。同じくスルド奏者の弧峰若人さんとは夫婦だ。夫婦で同じ楽器というのも素敵だと思った。若人さんはジャックというサンバネームを使用している。
チカさんはしばらく体調を崩していて休会していたそうだが、去年の年末頃に復帰したらしい。
スルドだけでなく、タンバリンの様なジングルがそろばんの様に十個ほど並んだ『ショカーリョ』という楽器を担当することもあると言っていた。編成によって使い分けているらしい。
「よろしくお願いします。チカさんは『誓う』という字なんですね。願いと祈りと誓いで、なんだかユニットみたいですね」
「よろしくね。あは、偶然ね。私がもっと若かったらアイドルみたいね」
チカさんはころころと笑っている。「それじゃ、さっそくやってみましょうか」と、楽器を叩いてみせた。
がんこが出ていき、キョウさんが追いかけに行ったこと。
大事ではなくても只事ではない雰囲気は感じていたはずだ。それでも何も聞いてこない。
このチームの居心地の良さの根底にあるなにかに触れた様な気がした。
肩紐を身体に通しスルドを装着する。ずっしりとした感覚があった。
ブラスバンドで経験のあるバスドラムは通常は楽器を置いて叩く。たまにマーチングのように沿道などで行進しながら叩くときは同じように身につけるが、スルドの場合は定点で演奏する場合も基本的には身につけたままの演奏となる。
チカさんに倣い、同じ様に叩く。
リズムは一定。叩き方はシンプル。きっとこれが基礎なのだろう。
打楽器ならバスドラムの経験はあるが、ここは余計なことを考えずに単調な動きを繰り返す。
リズムに身を委ねていると、無心になれた。
普段考えてしまっているいろいろなことが、すっと抜けていくようだった。




