願子の先生
ありがとうございますという私を、素敵な笑顔ですねと褒めながら案内すヒトミみさん。
サンバのサークルと言っても何も特殊なことは無く、礼儀正しい大人たちのサークルなのだろう。
がんこは母が来ないよう頑な姿勢を見せていたが、こういうサークルなら、いっそ見せて安心させてしまった方が手離れは良い。
まあ、がんこの気持ちとしては、サークルが忌諱されたり、活動が制限されたりといったリスクを恐れたのではなく、自身のことをなるべく開示したくないという感情に起因しているのだから、効果や効率を求めた仮説を立てても詮無いのだけど。
「キョウさん来てるかな?」
ヒトミさんがスタジオの扉を開けると、各々が軽く出している楽器の音が聴こえた。まさに練習前のスタジオといった風情だ。
「オオ、なにヨ?」
奥の方で大きな太鼓をいじっていた壮年の男性が答える。
なるほど、それはそうか。
ダンスや音楽のサークルなのだ。真面目そうな人ばかりではないだろう。
しかし、この人ががんちゃんの先生か……。
チョイ悪という、主にファッションやスタイルを指す言葉があるが、あれは要は紳士の装いが持つ堅くて真面目な属性に、遊び心を加えた状態なのだろう。だから、遊び人で遊び好きかもしれないが、属性は悪ではないのだ。
それで言うと目の前の男性は、チョイ悪ではなくガラ悪だ。
ガラが悪いという言葉も必ずしも悪を指しているわけではないけど、まあ洗練された装いや立ち居振る舞い、たたずまいとは異なる。
「ちょっと! がんちゃんのお姉さんが挨拶に見えてるの! ハルまだ来てないから、さきにキョウさんを紹介するけど、失礼があったら許さないから!」
ヒトミさんに強めに言われている。
この人の柄なのか素行なのかが悪いのはチームの共通認識なのだろうか。
ただ、それをここまではっきりずばずばと言えるのだから、チーム内のメンバー同士の関係性の良さが窺い知れた。
「初めまして、姫田祷と申します。妹のがんこがいつもお世話になっているようでありがとうございます」
殊更丁寧にあいさつをし、深々とお辞儀をして見せた。
「オオ、こりゃあご丁寧にどうも。
菅原響弥です。がんこはまじめで一生懸命だから、良い奏者になるよ。
柄にもなく教える役なんて担わせてもらっちゃいるが、素直で真剣に取り組んでるアイツからは、こっちが学ばせてもらうことも多いくらいだ」
思った通り。
この手の雰囲気の方で、こういうアットホームなサークルできちんと居場所と役割を得ている人は、意外なほど礼儀正しく義理堅い。
言葉遣いの粗さに惑わされがちだけど、根は真摯でストイックだったりもするのだ。
「あの子がご迷惑をおかけしていないようで安心しました。お手を煩わせることもあるかと思いますが、これからも面倒を見てやってください」
「オオ、オレもやるからにはがんこには一流のスルド奏者になって貰いてーからヨ。にしても、さすががんこのネーチャンだな。がんこに負けないくらい礼儀正しいお嬢さんだ」
やっぱり悪い人ではなさそうだ。がんこは良いサークルを見つけたようだ。
と、スタジオの扉が開いた。




