侵入
「失礼しまーす」
入り口付近で、ピアノの上に施設のものっぽいファイルを置いていた女性に声を掛けた。
「お忙しいところすみません。私、姫田の姉です。妹がお世話になっているとお聞きし、ご挨拶にお伺いしたのですが」
あらかじめ調べたところ、見学や体験は事前の予約が必要だ。
誤解の上の無用なやり取りが発生しないよう、目的を明確に伝えた。万が一がんこが所属しているチームがここでなかった場合は、勘違いを詫びて辞せば良いだけだ。
「姫田? ……あー! がんちゃんの? お姉さん⁉︎」
どうやら当たったようだ。
目をくりくりとさせている目の前の女性は、年のころは三十過ぎか半ばくらいだろうか。
身綺麗で華やかさのある女性だが、真面目そうな印象ももっていた。
こちらの練習場に居るということはダンサーなのだろう。美しい方だから見栄えの良いダンサーなのだろうが、真面目そうなこの女性があの派手なイメージのサンバダンサーになるのかと思うと、なかなか想像が難しい。
女性も律儀に名乗り返す。礼儀正しい人だ。
ヒトミさんと名乗った女性は、私を見て何やらしきりに感心している。
姫田という姓には一瞬ピンとこなかったようだ。
この手のサークルでは愛称や名前で呼ぶことも珍しくないだろうから、意外と苗字が知られていないというのは頷ける。
姉がいることは、活動に於いてとくに必要情報ではないから伝えていなくても不思議はない。
がんちゃんは案の定、素直に読める読み仮名の方の名前を愛称として使っているようだ。
「ああ、ええと、ご挨拶でしたよね? ハルという者がうちの代表なのですけど、まだ来ていないですね。平日の練習は遅い時間に来ることが多いですが、日曜日の練習は割と最初からいることが多いのでもう来ると思います。あ、あと、そうか……」
ヒトミさんは何かを思い出したように、
「ねー! キョウさんってもう来てた?」
と、奥の扉からトレーニングウェア姿で出てきた女性に尋ねた。
あの奥が控室なのだろう。
尋ねられた女性から、「さあ? わかんないけど、もう来てるんじゃない?」と、なんともいい加減な返事が返ってきた。
「えっと、がんちゃんにスルド……楽器を教えているメンバーがキョウさんって言うのですけど、彼ならもう来ているかもしれないです。打楽器が練習しているスタジオまで案内しますね」
親切できちんとしている。
キョウさんというひとは、きっと「キョウさん」までが愛称なのだろう。
彼ということは男性か。がんこの楽器の先生。実に興味深い。




