おねだりちゃん
がんちゃんのお願いごとなんて、受ける以外の選択肢があるわけがない。検討すら必要ない。
あの時の様子は、今でも脳内で鮮明に蘇る。何度となく脳内再生を繰り返した賜物だ。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
トップスはTシャツにショート丈のフーディ―を羽織り、ボトムスはジョガーパンツのリラックスモードのがんちゃんが、声を掛けてきた。
やや上目遣いで、両手の指を旨の前で軽く絡ませもにゃもにゃ動かしている。
でた。小動物スタイル。
そんなのかわいいに決まっているじゃない。
私とて、なんでもかんでもかわいいかわいいと飛びつくほど節操無しではないが、これはもう仕方がない。
がんちゃんがもっとあざとさを露骨に使いこなすアザターであれば、却って冷静にもなれようが、ナチュラルボーンのおねだり子ねこなのだ。いや、子いぬかな? それとも子ぐま? いやいや子だぬきかも?
とにかく、生粋のそういったものなのだ。無理にあらがおうという方が不自然だろう。このかわいさの奔流には、身をゆだねるのが大人の余裕というものだ。
そこまで、約0.5秒ほどで考えをまとめ、「良いよ。どうしたの?」と微笑むと、がんちゃんは、「あのね」と、話を始めた。
話しの始め方ひとつとっても、愛らしさのプロそのもの。その徹底された完成度に感服仕ったものだ。
がんちゃんが言うには、もうすぐ「フェスタ・ジェニーナ」というブラジル文化のお祭りを取り入れたイベントを主催するスーパーマーケットが北関東にあるのだそうだ。
そのイベントで、スルドを叩けるらしい。
スルドを演奏でき、ブラジルの文化にも触れられる、とても楽しいイベントであることを一生懸命話すがんちゃん。
「それでね、その、祷もスルドはじめたし、一緒に出れるし、行かない?」
それはキョウさんが教えてくれたイベントだった。
がんちゃんが手首を傷めてデビューを目論んでいたイベントへの出演を断念したとき。
失意の中にいたがんちゃんに、スルドを演奏する機会の代替案として提案してくれたイベントだ。
そのときのがんちゃんは、受けるでも断るでもなく、ままならない状況への幼い苛立ちをぶつけてしまった。
その後がんちゃんはキョウさんに素直に謝ったが、このイベントに関しては宙に浮いたままだった。
キョウさんには改めて参加したいと伝えたのだという。
キョウさんと主催者のスーパーマーケットの店主は知り合いらしく、出演についての承諾も得られているそうだ。
被せるくらいの勢いで回答した私は、脳内ではすでに全予定の調整、当日何を着て行くか、おやつに何を持って行くか、を瞬時に組み立てていた。