わがまま
ビオラが提示してくれた現段階の構想は、企画の意図はしっかりと組み込まれ、対観客、対クライアントに於いて求めたい効果、得られる効果が見込める最適な内容だった。
楽曲を決めるという範疇に於いて、私が口を出さない方が良いのはわかっている。
まして、内容的に不備のない最適なものなのだ。
それでも、私は。
現在は各パートのトップにて擦り合わせの段階。メンバーにはおろされてはおらず、外部参加者への展開も未だ。具体的な構成も振り付けもまだこれから。
変えられるとしたら今の段階が最後の機会だろう。
叶うならひとつ、通したいわがままがあった。
「最後の曲、『Tristeza』じゃだめかなぁ……?」
構成にケチをつけているわけではない。
企画者として、意図が正しく伝わっていること、それを構成という形にしてくれていることには賞賛と感謝を伝えつつ、あくまでもちょっとわがままなお願いの意を含んだ確認の態で尋ねる。
「まだ何も動き始めてないから変えることはできるけど」
当然、何故かは問われる。
Aquarela do Brasilは意図にも沿っていて適した曲だ。Tristezaでも同等の効果は出せる。しかし、『ソルエス』での使用頻度の観点から、Aquarela do Brasilの方が習熟度は高く、時間が足りない中では僅かな差とは言え同じ練習量で完成度を高められるAquarela do Brasilの方がより適していると言える。
それでもTristezaにしたい理由があった。
まず知名度。どちらもサンバで使われる楽曲としては、日本では高い知名度といえる。
ボサノバやジャズアレンジでカフェやクラブなどでも流れているおしゃれな曲としての印象も与えられておりサンバ振興に貢献し得るピースだ。
感覚としてはどちらかと言えばAquarela do Brasilの方が知名度は高い印象がある。
サンバ演者側が、「CMで有名なこの曲も、実はサンバなんです」とやっている場面も多い。Aquarela do Brasilが、サンバであることも含めて高い知名度を得ている可能性があった。
細かい効果を追求するなら、「あ、この曲知ってる!」と、「え、これもサンバなんだ?」の驚きを最大限に与えたい。とすると、既にサンバだと知られている可能性が高い曲よりも、曲の知名度の割にサンバとは知られていない方の曲を使いたかった。
次に、これも感覚でしかないが、Aquarela do Brasilの方がエンディング感が強い。
サンバショーとしてはエンディングなので最適なのだが、ファン感謝イベントはまだ続く、盛り上がりの余韻は残しつつのクロージングを目指すとしたら、終わりを感じさせるのに最適すぎるのも全体としては若干マイナスに作用するような気がしていた。
理由を伝える私に、ビオラは少し考えるような顔をしながらも、「なるほど」と、理解を示すリアクションをしていた。