マルガのペース
「おつかれー、遅れてごめんー」
マルガの最寄り駅の改札を出たところで待ち合わせた。『ソルエス』のエンサイオで使用している駅とはほとんど離れてはいなく、駅近くにある公共施設の貸会議室をダンサーたちは自主練で使うこともあるので、ダンサーにとっては訪れる機会のある駅だが、私は降りたのは初めてだった。
改札を出ると構内からも出るような作りの駅で、隣接するパン屋さんの前で、ロータリーを眺めながら待っていたところに、マルガから声が掛けられた。
遅れたとは言うが、十分程度だ。
マルガと仲が良くプライベートでも良くお茶をしたり飲みに行ったりしているメンバーからは、マルガは大体遅刻してくるとの事前情報も得ていた。十分なら覚悟していた時間よりも早いくらいだ。
「こちらこそ、お時間いただいちゃって」
マルガはフリーのインテリアプランナーで、店舗向けの内装計画を請け負っている。
フリーなので比較的融通は利きやすいとしても、働いているひとに日中時間を作ってもらうこと自体が負担を強いている。
直接誘ってくれたのはマルガだが、その手前で会話の機会を求めたのは私の方だ。多少の遅刻くらいで謝られてしまうと恐縮してしまう。
「私の好きなカフェで良い?」
地元のマルガお勧めのカフェに連れて行ってくれることになった。
各地のコーヒーを出してくれる本格的なコーヒーショップでありながら、パフェやサンドイッチが口コミで有名なお店らしい。なぜか自家製フライドチキンにも力を入れているそうだ。
道すがら、マルガは「ほんとは飲みたかったんだけどねー」などと自由なことを言っている。
ウッド調の店内はあまり広くはなく、客数は多かったが運よく待たずにソファー席に通された。
身体が沈み込むようなソファーに腰をおろす。一度座ったら立ち上がる気が無くなる座り心地だ。
オーダーを取りに来たスタッフに、マルガは慣れた様子で「エチオピア」と答えている。単にコーヒーというだけでなく、豆の種類を選べるようだ。私はさっと注意書きを見て、「ケニア」を注文した。風味が爽やかで、柔らかく上品な味わいが特徴と書かれていた。
フードは柿をふんだんに使いクリームチーズとバニラアイスにアールグレイのゼリーを合わせたパフェをそれぞれに、加えてマロンアイスとバニラアイスにイモ餡、栗餡、カボチャ餡を加えたワッフルをシェアすることにした。
「いのり入ったばっかですごい活躍じゃん」
ふかふかのソファーに身体を委ねたマルガは、女マフィア……は言い過ぎか。ギャルサーの代表みたいな貫禄だ。
綺麗な容姿だが気の強そうな雰囲気と人情に篤そうな雰囲気が同居した様子から、実際若い頃は近い感じの人物だったのではないかと思われた。
「実演で歌ったんでしょ? 聴きたかったなー。今度カラオケいこーぜー」
がんちゃんも連れてさぁ。絶対楽しいっしょと、本当に楽しそうに言うマルガ。楽しいことが好きって良くわかる。
がんちゃんくるならルイも連れてこーとか、他にもカラオケ行きたがっていたメンバーの名前をあげたりして、早くも大騒ぎになりそうなイベントの計画を立てている。
……がんちゃんとカラオケか。それは絶対に実現させたいな。
『ソルエス』は比較的仲の良いチームだと思うが、チーム主催の飲み会やパーティーなどのイベントの頻度は多くも少なくもないといった印象だ。
それとは別に、気心の知れたメンバー同士の集まりは頻繁に起こっているようだった。
マルガは男性を含む年の近いダンサーに加え、二十代のダンサーともよく遊んでいるようだ。
『ソルエス』内の役割だけでも膨大なのに、仕事に趣味兼副業、家事に子育てを全うしながら更にしっかり遊んでいるというのだからすごい。
ハルは私に無理をするなといっていたが、むしろマルガこそ気を付けなくてはならないのではと思ってしまう。
「あーね、疲れるよーそりゃー。だから、その分遊ばないと」
そうか、システムが違うのだ。
マルガの場合、疲れは遊ぶことで回復するらしい。
「クラブいこーよ、クラブ」
流れるように、カラオケとクラブの予定を入れられてしまった。まあそれはそれで楽しそうなので是非連れて行ってもらおう。
さて、この姐御気質というか、面倒見の良い先輩には訊きたいことと相談したいことがあった。