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 慌ててなどいない。狼狽えてなどいない。

 なんでもないことのように、努めて軽く言ってみた。



「ふらっとして、一瞬意識飛んだの。それだけだから全然たいしたことじゃないのだけど」



 が。



「おい、俺がだれかわかってて言っているか?」



 まあそうだよね。論理性のかけらもない文章の組み立て。根拠の伴わない「大丈夫」



「あー、あまり深刻な話じゃないんだって。元気だから心配しないで!」

 


「医者がそれで、良しと言うと思うか?」



 説明にも言い訳にもなっていない言い分で、取り繕えるわけがない。



「あー……」


「失敗した、とか思ってるんじゃないだろうな?」


「えー、まぁ……」



 まあ、見透かすよね。

 実際、私の判断は素人の勝手な決めつけに基づいている。身体の異常に甘く見て良いものなどひとつもない。そこに素人判断が入り込む余地などないのだ。本来は。



「いのりなら理解できていると思うが、適切な判断は適切な根拠によってもたらされる。根拠とは、知識であり知見でありデータである。それを持ち得ている者でしか為せない行為だということだ」



 もちろんわかっている。

 多くの大人も、本音ではわかっていることだろう。だが、日々の忙しさにかまけて、最も大事にすべき身体を疎かにしてしまうということは、きっとそこここで当たり前に起こっている。

 仕事も勉強も運動も趣味も、誰かと過ごす大切な日々も、その身体があってこそだというのに。


 矛盾は充分に自覚しているのだから、ぐうの音も出ない。



「はぁい」


「いつ検査に来れる?」



 ああ、テンポが良いったら。



「んー、明日夕方なら行けそう。急過ぎますよね?」



 正直言えば、要は甘く見ていたし、面倒が勝っていたのだ。不適切極まりないことはわかっている。

 すべきことをすると決めたのなら、速やかに、効率的に。



「そうか。いや、早いに越したことはない。少し待ってくれ……16時に来れるか? ピンポイントだがそこなら調整できる」



「大丈夫ですー……」



 さて、これで生じるロスは?

 などと考えても詮無いこと。スイッチは疾うに切り替えたつもりだったが、少し未練が声に乗ってしまったか。



「面倒なのはわかる。検査を好む者も少ないだろう。がんばって病院に来た子ども向けに用意しているご褒美の氷砂糖がある。いのりにも振舞おうか?」



「あはは。そんなん用意してるんだ? なんかかわいい。えー、もらっちゃおうかなー」



 配慮を怠らないハルの気持ちが嬉しい。

 


「よし。身体の大きさに合わせ、5倍くらい用意しておこう」



「そんなにでかくないですよう」



 少し茶化してくれたハルに、同じ程度の軽さで応える。

 揃えにいっている意図を、ハルが言下に込めたその真意を私が理解したからだ、と汲んでくれたのだろう。



「……何事も原因があるから結果がある。特に物理現象は因果で明確に結ばれている。物理の影響を受ける身体も同様だ。

勿論原因不明のものも多いし、影響が無いものも多い。ただそれは、今の技術で判明できないというだけで、影響が無いのは単なる結果論だ。調べなくて良い、知らなくて良い理由にはならない。そして、原因不明という結果も含め、究明を後ろ倒しにして良いこともひとつもない。

起こってしまったものは無かったことにはできない。放っておいて良いことは無く、早くするに越したことはないのなら、さっさとやってしまう以外の選択肢はないだろう」



 ハルは一連のやり取りを総括するようにまとめあげた。そこには考え方や、行動指針も含まれている。



「はい、わかってます。四の五の言わずにちゃんと行きます! そして何の問題もないことの専門家のお墨付きを得て、堂々と時に無理したり不摂生したりしよーっと」



 だから私は、それをきちんと受け止めたことを示し、この件はきちんと締まったことを共有した上で、場をほぐして終わらせた。



「おい、わざとか? どんな結果であれ、不摂生や無理を良しとはしないからな」



「はぁい」


 ハルの言葉も私の返事も、もう硬さは含まれていなかった。


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