表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ジュノー博士は夢見が悪い

作者: クジラズク
掲載日:2026/03/20

社会人になり、久しぶりに書きました。

まだまだリハビリ段階ですが、読んでくださると幸いです。


 はっと浅い眠りから、男は目を覚ました。

 額には汗が滲み、髪をはりつけて気持ちが悪い。


 ベッド横の窓から外を見ると、まだ太陽は昇りきれておらず、空には星が光っている。

 起床時刻には随分早いが、目覚めた理由は簡単だ。


「またあの夢か……。」


 悪夢だ。

 ここ最近、ジュノー博士はいつも決まって同じ夢を見ていた。



 ジュノー博士は、王立研究所で働く優秀な研究者だ。 

 安価で使いやすい魔道具を研究する彼は、偉大な成果をあげ、若くして魔道具の第一人者となった。

 彼のおかげで王国は100年分の発展を遂げたと言っても過言では無い。

 


 ーーーしかし、そんな天才博士も、夢の中では無力だった。



「……さて、この論文雑誌だったか。

 心理学研究室の論文は……、

 あった。137ページ、夢診断だ。」


 ジュノー博士はサイドテーブルから論文雑誌を手に取ると、読む前に先程まで見た夢を順を追って整理した。



 夢の中のジュノー博士は、職場である王立研究所の屋上にいるところから始まる。


 柵に手をかけて、無意識に身体を乗り出し、ゆっくりと落ちていく。


「あっ……。」


 悲鳴に似た声が漏れ出る。


 すると、自分の意識がはっきりと出てくる。

 後戻りができない状態では、最悪以外の何物でもないというのに。


 ーーー落ちる。

 下は底が見えないほどに真っ暗で、何かを掴もうと、手のひらは上を向いている。


 嫌に現実的だ。


 実際に屋上から落ちたことはないが、そう違わないだろう。徐々に落ちる速度が上がっていき、等加速度運動、つまり自由落下する。

 落ちて、落ちて、空気抵抗で等速運動、つまり終端速度になって。底にぶつかる瞬間、目が覚める。


 現実では、研究所はそれほど高い建物ではないため、夢らしくもあるのだが。


 毎回、同じ夢を見るモノだから、すぐに夢だと分かる。

 だが、頭ではわかっても、得体が知れぬ不安、焦燥感に、身も心も情けなくもがき、何も出来ずにいた。


「……研究室にでも行くか。」


 ジュノー博士は読み終えた論文を、投げ捨てるようにサイドテーブルに戻した。



◇◇◇



 早朝、研究室は論文のインクと実験用の薬品に混じり、コーヒーの匂いで満たされていた。


「ほらよ、コーヒー。」


 助手、といっても、ジュノー博士より幾分か年上の男は、そう言ってマグカップを手渡した。


「ひでぇ顔だな。」


「お前が言えた口かよ。」


「ハハッ、それだけ悪態がつけるなら大丈夫か。」


 朝、やっと日が昇った頃だと言うのに、助手の男はジュノー博士を差し置いて、既に実験を始めている。

 目元の隈を見るに、昨日の夜から寝ずに続けているのだと予測できた。


「すまんな。今の実験は、一度始めたら最後まで止められないんだ。あと半日は使うぞ。」


「いや、構わない。

 今日は調査研究の予定だ。実験はしない。」

 

「なんだ。

 調査研究なら、遅くまで論文でも読んでいたのか?」


「そんなんじゃない……。」


「テーマは?

 その様子だと納得のいく結果じゃなかったんだろう。

 他に良さげな論文を探しているなら手伝うぞ。」


 一応、俺は助手だからな。と、男は笑う。

 年上の助手は自由勝手だが、わりと面倒見のいい兄貴分のような性格で、意地を張るだけ馬鹿らしくなってくる。


 二人だけの研究室で、今更、隠し通せるはずもないと、ジュノー博士は半ば諦めたように口を割った。


「テーマは、夢診断について、だ。」


「夢診断? ……ってことは、たしか、心理学の一種だな。

 お前にしては珍しいテーマだが、他所との共同研究か?」


「いいや、個人的な興味だ。」


「へぇ、詳しく話を聞こうか。」


 助手は、白衣から懐中時計を出すと、残りの休憩時間を確認した。

 今、やっている実験手順を考えるに、試薬を混ぜて、1時間恒温槽に浸け、反応させている段階だろう。

 コーヒーを淹れて今までの時間を差し引くと、あと30分といったところだ。


「それで、一体どうしたんだ?」


「……最近、夢見が悪い。そのせいで寝不足気味だ。

 研究に影響するまえに、対処したいと思っている。」


「どんな夢だ?」


「研究所の屋上から飛び降りる夢。

 ……おい、そんな顔するな。俺に自殺願望はない。」


 ジュノー博士は男の視線を遮るように、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み込んだ。


「……ちなみに、診断結果は?」


「職場の夢は、仕事に対しての思い。

 高いところからの落下は、将来に対して、不安・焦りがあるんだと。」


「つまり仕事。お前の場合は研究に対して、将来性を見込めず絶望している、というワケか。」


「天才博士がそんな事思い悩むか?」


「それ自分で言うのかよ。

 ……他に心当たりは?」


「別に何もない。

 だが、今日は実際に屋上へ行ってみようと思っている。」


 ジュノーがそこまで話すと、助手の男は眉間の皺を揉むようにを押さえた。

 なんでもない、彼が考え事をするときの癖だった。


「……間違っても、夢みたいに落ちるんじゃねぇぞ。

 また昼にコーヒーを淹れるから飲みに来い。」


 分かったか? と重要な約束でもするように、助手は言った。

 本心、心配しているのだろう。この兄貴分の男の、お節介なところは、何度経験してもむず痒い。


「分かった分かった。

 ……すまんな、迷惑をかける。」


「コーヒーは2杯分淹れた方が美味い。

 お前の分はオマケだ。」


 デスクの上には、空になったマグカップが2つあった。







 ジュノー博士が屋上への階段を上ると、人がちらほらと見え始めた。一般的な始業時間にはまだ早いが、王立研究所ではよくあることだ。

 記録用紙を持つ者、望遠鏡を運ぶ者……、顔馴染みはいないため、皆、研究者以下の見習いだろう。


 やっと見知った顔に出会えたのは、屋上へ入ってからだった。


「ああ。屋上は、今、天文学研究室が使用しているのか。」


「あら? ジュノー博士。」


 若手の研究者・フラン研究員は、挨拶をするようにジュノー博士へと手を振った。


 フランは王立研究所でも数少ない女性研究員だ。王立学園を卒業後、教授の推薦により天文学研究室へ配属された。


 今年、見習い期間が終わったばかりで、ようやく自分の研究ができるのだと張り切っている。

 

「さっきまで金星の観測をしていましたの。」


「朝早くから、きみもなかなかタフだな。」


「研究員になってから、ずっと昼夜逆転生活です。

 ジュノー博士は、どうしてこちらに?」


「個人的な用事だ。」


「では、屋上の鍵をお渡しますね。返却は事務室へお願いします。

 私たちは、もう撤収しますから、ご自由にどうぞ。」


 この後、観察記録をまとめるのだろう。

 鍵を手渡したフランは、やりがいに満ちた表情で降りて行った。




 屋上から天文学研究員がいなくなったところで、ジュノー博士も調査を始めた。


「手すりは結構頑丈だな。地面までの高さは……。」


 下を覗き込むと、さすが王立と名を冠するだけのことはあり、建物は高く、地上を行き交う人々が蟻のように見えた。


「だいたい30メートルといったところか。」


 終端速度には到達しないが、ここから落ちたら確実に死ぬ高さだ。

 もちろん、死ぬ気はないので、手すりを乗り越えることはしないが。


(一体何が原因なんだ、自分は何を思い悩んでいるんだ。)


 ジュノー博士は手すりに肘を置き、ぼんやりと考え事をしはじめた。

 物事を整理するときは、いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どのように、が基本だ。

 

(「いつ」。……そういえば、あの夢を見出したのは、天文学研究室との共同研究が終わってからだな。)


 天文学研究室は、先ほど会った研究員フランが所属している。


 共同研究自体は、天文学研究室からの申出だった。

 あちらの博士に宇宙まで飛べる魔道具が欲しいと言われ、ジュノー博士も興味が湧いた。

 はじめは、専門外のことで基礎知識が足りず苦労したが、地球の公転周期、引力を振り切れるほどの速度、気流の影響に耐久性…と、知っていく様々なことが新鮮だった。


 楽しかったのだと思う。

 見習いのフランの手を借りて、実際に魔道具を飛ばし、遅くまで夜空を仰いだ。


 この屋上は、その際によく使った場所だ。


 

(「誰が」は、彼女は関係ないだろう。

 あの頃はまだ見習いで、器具の片付けをしていた。

 記録用紙すら待たされていなかったんだ。)


 そういえば、あの頃に比べて、今日は顔色が悪かった。


 ようやく研究員になれたとは言え、まだまだ新人だ。実験に構ってばかりで、寝食を疎かにしているんじゃないか。

 共同研究でお互いの好みは把握していることだし、あとで何か持っていってやろう。


「ははっ、俺が他人の心配している場合かよ……。」 


 ジュノー博士は苦笑した。

 先程から、考えても、考えても、フランのことばかり思い浮かべている。


 寝不足の頭では理論的な推察は無理かと、諦めたように頭を掻き、ジュノー博士は研究室へと戻った。



◇◇◇


 

「結局、何も分からず仕舞いだ。」


「それ、わざと言っているのか?」


 目の前の助手は、呆れた様子でマグカップにコーヒーを注いだ。

  

「わざととは何だ? 俺は至って真剣だ。」


「ほぅ、無自覚なのか。

 じゃあ、教えてやるよ。お前は、ーーー」


 ガチャンと音を立て、ジュノー博士からマグカップが滑り落ちる。

 熱いコーヒーが無遠慮に白衣を染めていくが、ジュノー博士が取り乱した理由は別にある。



「いや、待て待て!

 それは、論理的じゃない! それに根拠が不純だし、証拠も不十分で、


 だから、その、…………明日からどんな顔して会えば良いんだ……。」


 顔を赤くした天才博士は、その場にうずくまると、悶えるように独り言ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ