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自慰  作者: 島原 公
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 私の妄執は、間違った恋慕を否む為であったはずであった。つまり私は機縁こそトルソーであったはずの想いを、あまりに酷似していたいわけない彼女に重ねていたあまり、いつか彼女を追いかけていたに違いなかった。しかるに私の思い出がいつも罪深い虐げを被るのは、知らぬ間に彼女への恋慕と勘違いしていた誤謬の恋慕を、彼女に向いていた真実であると認められない悪足掻きであるのだろう。生来の虚勢という奇異を特別に思っていた私が彼女を知った事で世俗になるというロマネスクを私は嫌っていた。

 しかしながら現実は無情である。懐旧すれば附会が濃くなり、彼女を巻き込んだ妄想が肥大していくのである。私はそれを余人が意中の異性を脳裏で脱がせるように、一般的な性欲を私なりの手法で発散していたのであると弁疏していた。その弁疏が撞着であるというのは、妄想にトルソーの影響は希薄になってきているのに如実であった。元来私の妄想の対象は界隈の男性とは異なっていたはずであるのだから、私なりの手法というものはトルソーを介していなければならなかった。

 もっとも、彼女という人物との折に触れた出逢いは事実であったし、彼女を意識するようになったのはトルソーの所以であることも確かに事実であるのだから、介していないとは言い切れないものがある。ただ私の妄想はトルソーに酷似していた彼女以上に一人の極めて人間的な彼女が多かった。いつの間にか私の銀流しの追体験は成長した彼女と一再ならず行われる昵懇と情交ばかりで、私はそれに自涜を伴ならせていた。

 それは初めこそ幼い彼女であった。プールで遊んでいた彼女を巻き込み始まった妄想は、やがて中学生の彼女を巻き込み、今回は高校生の彼女を巻き込んだ。成長に従って都度妄想は内容を改めた。

 プールでの妄想は、何故か余人の皆無の、それも更衣室での強姦に近かった。彼女を背後から掻き抱き幼弱な抵抗を感じながらも力で押さえつけ声を発しようとするならば口腔を指で痛めつけそれでも抵抗すれば今度は華奢な首を握り圧迫した。更衣室には薄弱な喘ぎが反響し、塩素には卑猥の馥郁が混交していた。それが中学生になると行為は過ちにも似た多感さを持つようになっていた。訪れた事の無い彼女の部屋で色事に関心が高まるあまりに交わったような情交は、自然な趨勢に従ってベッドに座り、体を密着させ、接吻を堪能した後に彼女が上着を脱いでみせ、少し面映ゆさを味わってから押し倒すと、軋音に混じって彼女の弾む呼気が耳朶を打った。眼下には紅潮する彼女の蠱惑があり、胸元には肉感を得た屹立の予見を宿したスポーツブラの謙抑的な隆起があった。彼女からの要望で胸を触り、下着を脱がせ、また触る事を求められた行為は更衣室とは打って変わって和姦に似ていた。高校生になった彼女との妄想は今しがたの通りであった。

 ……言うまでもなく私は毎度不能であった。のみならず、いずれの彼女であっても私の不能が指摘されるのである。彼女が保健体育の授業程度の性知識しか持ち合わせていない年端でも私の性的不能を苛烈に指摘するのである。幼弱な肉体の抵抗を力で抑圧した嗜虐的な優越を覚えても、接吻や愛撫という肉欲的な愛情を看取しても、どのような妄想を施しても結句は不能を指摘されるのが常であった。指摘は唐突に発せられ、時に脈絡が無くても彼女は指摘した。その頃の私は大方快楽の酩酊が訪れる間際であった。

 絶頂を迎える瞬間というものはまるで可能であるように激甚な快楽と白濁の迸りが報いるのだ。それも束の間、須臾にして訪れる索然は今しの絵空事を自覚させ、彼女の指摘を以て私を虐げるのである。

 しかしながらその最早見慣れた結果が時間の経過につれて薄れると、私を再度誘引する厭わしい手管がどこからともなく示され、それに段々と追従を始めれば、いつかの可能を想って自涜に向かう私があった。その頃には索然の事を知っているのに頭の片隅にも無いという矛盾の成立が許されていた。また、その耽溺は今し述べたように私の不能を虐げるので、その度に私は彼女を愛してなどおらず往時のトルソーをしか愛せないのであるとの確信のような念を小楯にして索然を受け入れようともするのだった。そのくせ妄想にトルソーは宿らないという終わりの無い愚かしさを私は繰り返していた。

 そこまで省察していながら云わば偽りに傾倒する不逞は何の所以であるのかと言えば、やはり種々の劣等感や嫌悪感を糊塗してくれる慈悲を欲しているからであった。全てが思い通りになる妄想は、私のような奇異には界隈に存する事のなかった是認を示すので、私には不可欠のように思われた。

 とはいえ私の妄想は全てを都合よく補っている訳ではなかった。既知の性的不能の否定は勿論、私は意図的に自らの身躯のあまりに悲劇な欠落を美化せず等閑にしているのである。それは私の性的不能を可能に目覚めさせた元来の美に一種の忘恩で報いる事を避けたかったからなのだろう。すると私にはトルソーという瑰麗は羈絆に過ぎないらしかった。

 規範であったのであれば、私の醜形は彫塑の怜悧な風采を尊崇してはいなかったのだろうか。扇情的でさえある灰白色の玲瓏たる様に性癖が応えたのは嘘だったのだろうか。――私の可能の経験こそが妄想であったのだろうか。そんなはずはなかった。確かに私は瑰麗に出会い感化された。私と径庭の存する云わば対極の存在へ沖した恋慕を誤謬であると与り知らぬ私は嫉視にも似た眼差しさえ湛えていたはずであった。そんな私は今となっては彼女を貪婪に味わうまでになっていた。

 どうやら私は変わってしまったらしかった。故に壮丁を迎えぬ確信という自己防御を行っていたと考える事が出来た。壮丁を迎えぬ確信という美辞麗句で物事を曖昧にしていたと考える事も出来た。いつかの私が示した面向不背への相似性の瓦解を否む弁疏であるとも考えることだってできた。とかく私は変わってしまったらしかった。

 そのくせ変わってしまう事を認めなかった。変化を嫌悪するあまり変化を否定するという煩雑に陥るに難くなかった。ともすると煩雑は思考を茫漠とさせるので、変わりたくない思いを壮丁を迎えぬ確信という形で解消していた浅ましい仕組みが成立してしまっていたのだろう。私がトルソーとの相似性であると信じていた壮丁を迎えぬ確信という実現すれば確かな不変は、啻に不変のトルソーと成長する私との径庭を誤魔化す道具でしかなかった。

 変わる私と変わらないトルソーとの懸隔は日増しに多くなる。息をしているだけで半歩ずつ離れていって自涜が終われば姿は勿論、気配も薄くなる。その度に壮丁を迎えぬ確信を濃くして自らを肯おうとする。最早その麻酔も効力を失した。

 私は半ば落胆の思いで暖房を消した。夜寒が手弱女を取り戻すまで時間の要りそうな室温は妙に肉欲的で、まるで私の妄想を揶揄しているようにも思われる。夜寒という明媚を取り戻せないような、夜寒という明媚を求めていないような、心持ち一つで私は何もかも変わってしまったような解釈が可能になる。

 それでも私は変わっていない事を確かめたかった。変わっていない点を一つでも見出したかった。そして、検索一つで情を満たせるこの時代に、思えばそれをしていなかった事に気が付き、もっとも中学生の砌にはそれができないのは看過するとしても、高校生になってからもそれをしていなかったのは初めから私は彼女をしか求めていなかったのだろうかとも思えてならなかった。それはそれで私の不変であるのかもしれず、私が縛されていた相似性であったと強迫観念のような思惟もあった。

 せせこましくトルソーを検索すると、画面には一糸も纏わぬ妙麗が遍満していた。中でも往時のような灰白色のどこか幼げなトルソーの画像は赫奕たるものがあって、私はやはり可能を示していた事を自覚した。そのたった一点の反応が私は変わっていなかったのだと愁眉を開かせ、それから有頂天に昇ると、手慣れた動作を繰り返していた。快楽が脳内を犯し一種の麻痺に陥った頃に慌ててティッシュを手繰り寄せた――。

 白濁の迸りは何とかティッシュに収められ、それでも堅固に情熱的な臭いを漏らした。脳裏では彼女が可能に見惚れていた。

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