「お助けレッド」と呼ばれる男
愛媛は道後温泉で、うとうとしながら、夢を見ている男が居た。どうも、彼のおじいさんとおばあさんが夢に出てきているらしい。
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「あれ、金庫のお金が、また減ってるようですけど…」
おっと、女房に気づかれないように、ほんのちょっぴり取り出すつもりだったが、いざという時に足りないとみっともねえと思って、気持ち多めにしたんで、ばれちまったかな?
俺の名前は、財前赤治。
巷の人が物入りとかで困っていると、そのまま放ってはおけない性分で、周りからは「お助けレッド」と呼ばれている。
今回の物入りは、先日、近所の大地主(R)が、その隣りに住んでる遠い親戚でもある(U)の敷地内に突如乱入し、「ここは、本当は自分の土地だ!」と言い放って、実力行使で不法に占拠したことに端を発している。
なんでもその付近はR家にとって、先祖発祥の土地だったのに、戦後の農地改革の際に、小作人でもあった遠縁のU家に仕方なく譲り渡すことになったものらしい。
にもかかわらず、U家が、都会から進出してきた大手チェーンからの誘いに、自分たちに何の相談もなく乗る動きをし、農地としては使い物にならなくなる土地利用をしようとしていることに我慢が出来なくなって、強硬手段に出たようだ。
それにつけても、その経緯はどうあれ、このご時世で実力行使に打って出るなど許されるものではないと俺は考え、こんな無茶な行動を見逃したら、今後、近所で何が起こるか分からなくなるという思いと、「お助けレッド」の名が廃るってな感じで、
その地区でU家を助けようと頑張ってるグループ…納豆屋のNが親分なので「なっとうグループ」と呼ばれている…のところに行き、関係者を激励すると共に、
長期戦になりつつあって何かと物入りが続いてるらしいんで、俺は女房が管理しているうちの金庫から持ってきた札束を、余さずポンとそっくりそのままカンパした。
それを、女房が気づいてしまったようだ。
女房からは以前、「あんたが巷で困っている人を助けに行っちゃいけないとは言わないわ。でも、自分の稼ぎに見合った範囲でしてね。」と言われてたんで、ずっと自重していたが、ここんとこ何も言わなくなったんで、あまり気にする必要はなくなったと思ってたが…。
正直なところ、俺の稼ぎは戦時中の「欲しがりません勝つまでは」と変わるところがなく、「働けど働けど猶我が生活楽にならず」…おっと、教養が出ちまった(笑)…で、バブル崩壊とか言われる中、銀行やら証券やらの破綻のニュースが流れてくるほどの不景気が続いているからか、賃金は一向に上がらねえ。
五十を超えたのに、夫婦の暮らしで手一杯だ…ていうか、正直言うと、足りてねえ(涙)
だから、巷の物入りを助けるときは、女房の貯めた金を一時的に転用することになる。
悔しいが、女房にその全額をポンとそっくり返す余裕はなく、常に借りっぱなしで、しかもその金額は雪だるま式に増えちゃいるけど、それが夫婦というもんで、ケチを付けられる所以はねえと思うんだが、違うかい?
とはいえ、女房が久々にこの話題を切り出してきたからには黙ってちゃいけねえ。
「生きた銭の使い方が大事だと思って、ちょっと物入りの奴らにカンパしてやった。すぐに返すから気にすんな!」
やっぱり、夫だったんだ…正直、それしかないと思っていたけど…。
私の名前は、財前為子。
朝から晩までパートしたり内職したり安い給金で働き続けて、空いた時間に、そのへそくりで株式投資もしたりして、自分でいうのもなんだけど、稼ぎの少ない夫には家計を任せておけないので、裏で一家を支えている。
そんな甲斐もあって、子供たちを社会人として独立させることができたことと、仕事で旧姓…渡部…を使っているので、周りからは「ミセスワタナベ」と気遣って呼んでもらっていることが、せめてもの慰め。
それにしても、老後になっても何とか生活できるようにと毎日毎日頑張っているのに、うちの夫は見栄を張り、男気を売り物にして、「お助けレッド」と煽てられて…陰では「お調子レッド」と呼ばれているとも知らず…外で散財ばかりする。
以前はそのことについて色々言ったけど、一向に止める気がないと分かったので、家庭の雰囲気を壊さないように近頃は言わないようにしていた。
でも、ここのところの使いっぷりを見ると、歯止めがなくなっている気がする。
私の我慢もそろそろ限界かも。
この勢いで夫が使っていって、夜逃げでもせざるを得なくなったら、どうしよう?
結婚してしばらくはこんなではなかった。夫も自分の身の丈に合った行動をしていた。
でも、世の中が不景気になって、賃金が上がらないままずーっと過ごしているうちに、何か開き直ったように、自分の稼ぎを超えて外で使ってしまうようになった。
巷の人を助けるのがいけないという気は毛頭ないけど、夫婦間のこととはいえ、妻の貯えを当てにして、人助けをして悦に入っているのは、ええかっこしいにもほどがある。
今のところ、家計は回ってるけど、こうした散財のツケが、いつか突如として襲い掛かってくるようで怖い。
今日はいい機会だわ。
「以前の金庫からの借金を返し終わってないのに、また新しく人様に施したんですか?」
「おっと、あろうことか今日は話を返してきやがった」と思いながら、ややむっとして赤治が答え、夫婦の言い合いが始まった。
「間違って貰っちゃ困る。借金ていうけど、一時的に転用させてもらっているだけじゃねえか。たまたま今は、全額返せないだけで、ちゃんと返し続けてるのは知ってるだろう?」
「この間、20万円を外で使って、そのうち8万円だけ返して、新たに30万円持って出ていくのを…借金がどんどん増えているのを…返しているって言うのかしら?」
「必ず返そうという気持ちでいるんだから、文句言われる筋合いはないんじゃねえか?」
「全額を返せなくても、巷のお役に立つために施しとかをしたいんだったら、自分の支出の中で切り捨てて良さそうなものや、優先順位を考えれば我慢できそうなものを、先ずは見直したらどうですか?」
「無駄遣いなんか、してねえじゃねえか。」
「そんなこと言っても、ちょっと具合が悪くなったらすぐにお医者さんに行くし、飲み切らない沢山のお薬を処方して貰ったり…。」
「こんな景気なんだから、医者だって少しは患者が来ねえとやっていけねえ。薬だって、多めに貰って、治りきるようにしねえと。」
「うちの庭に池とか小径とかを作ってもらったりしてるけど、本当に必要なんですか?」
「風流で庭をいじるのは太古の昔っからみんなやってることだし、業者だってそれで潤うんだから、世のためにもなるってこと。」
「ただの習慣としか思えない煙草やパチンコは止めるか減らしてもいいんじゃないかしら?お酒だって飲み過ぎじゃないの?」
「それとカンパとは別腹。煙草もパチンコも若い頃からの気分転換で、巡り巡って家庭円満にもつながっている訳で…、俺の人生から切り離せない。それに、お酒って言うけど、お前だって一緒に飲んでるじゃねえか。」
為子は赤治と話していて、お互いの考えがかみ合わないことを痛感して、台所に戻って夕食の片づけに専念することにした。
なんやかやと理屈をつけては、これまでの自分の出費は続けながら、外に対しての散財を辞める気は毛頭ないことに呆れた。
結局のところ、夫にとって、うちの金庫は「打ち出の小槌」であり、自分自身の稼ぎがどれほどかとは関係なく使えるお金なので、自分の身の丈に合った出費に抑える気にならないことが信じられなかった。
人に聞かれたら「自分の稼ぎを超えた施しだとしても、我が家の金庫の中のお金なんで、一家の財布の範囲は超えねえから、大丈夫」と夫は言うが、バネが伸びきった状態…正確にはヒビが入っている状態?…を常に続けていて、老後は本当に大丈夫なのかしら?
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「財前議員、そろそろ着替えた方がよろしいのでは?」と言いながら、秘書がそれとなく僕のことを起こそうとしてくれた。どうも、湯殿で夢を見ていたようだ。
夕方から県民文化会館で政治討論会「財政赤字と日本の将来~若手有力議員来たる~」のパネラーを務めることになっているのだが、
昔、父親の転勤でしばらく松山に住んでいたことがあり、議員活動で何かと多忙とはいえ、せっかくなので、その当時に良く連れて行ってもらった道後で束の間でも寛ごうと、1本早い便で羽田を出て、空港から温泉本館に直行して、神の湯で風呂のへりを枕に寝そべっていたら、うとうとしてしまったみたいだ。
松山に住んでた当時、ある日突然、大きな荷物を両手一杯に持って現れ、「ちょっと訳ありで、しばらく世話になるぜ」と言って、一緒に暮らしていたお祖父さんとお祖母さんが、久しぶりに夢の中に出てきた。
夢の中身はよく覚えていないのだけど、どんな話だったかな?
小首をかしげながら浴場から出た議員の横顔は、根っからの善意に依るものとはいえ、夫婦の老後の生活が経済的に立ち行かなくなった原因を作ったとして、親戚内で「反面教師」扱いされている祖父にそっくりだった。