あああああ。
『接続開始。』
若い男性の声が聞こえた。
『五体接続完了。』
先ほどまで感じていた宙に浮くような不安定感がなくなり地面に足がつくような安定感を感じる。
『五感接続完了。』
徐々に空気、色や明るさを認識し始める。
『最終調整完了。接続が完了しました。』
その声が聞こえた後、意識がはっきりする。
男は自分がベッドの上に寝っ転がっている事に気がついた。見知らぬ真っ白な部屋にいる事に男は疑問に思いここに来る前の事を思い返す。
男は【Crazy Tower】という名前のゲームを遊ぶ為にゲームを無料でダウンロードした後、新しく買ったVRヘッドセットを使って使って早速プレイを始めようとした。
そうしたらいつの間にか見知らぬ部屋のベッドの上で寝ていた。
とりあえず男は起き上がり周りを見渡す。
壁も床も真っ白でありベッド以外の家具が無い。照明らしきものと窓が無いが部屋の中は明るい。
それ以外には扉がある。
男はベッドから離れて扉に近づくと扉には張り紙が貼ってあった。
《落ち着いたら扉を開けてまっすぐ進んでください。》
張り紙にはそう書かれていた。
男はドアノブに触れてゆっくりと回すと扉は簡単に開いた。扉の向こうは廊下が続いていた。部屋の中と同じく白い通路だ。
男は張り紙に書いてあった指示に従い進んだ。
廊下の長さはそれほど無く少し歩いたら黒い扉を見つけた。それ以外には何も無い為男は扉に近づくとその扉にも張り紙が貼られていた。
《この先にいるAIがアバターの制作やゲームの説明などをしてくれます。このまま扉を開けて部屋の中に入ってください。分からない事があったら遠慮なく質問をしてください。》
男は張り紙の指示に従ってドアノブに触れて扉を開けた。
扉の向こうを覗いて真っ先に見たものは本だ。男よりも遥かに巨大な本が部屋の中央に直立していた。その横には本の大きさに合わせたかのような巨大な万年筆が立てられている。
そしと通常の大きさの本が詰められた本棚が壁を覆うほどの数で設置されていた。
「どーも。」
その部屋で男を出迎えたのは1人の少年。が、その姿はアニメーションのキャラクターそのものだった。
西部劇映画に出てくるようなカウボーイの格好をしているが、両目部分にはガムテープが貼られている。頬には《割れ物注意》と書かれたシールが貼られている。
首には両端が床に着くほど長いマフラーを身につけている。
「俺さんは【Crazy Tower】の担当運営AIのメメナシだ。」
簡潔な自己紹介をした運営AI、メメナシは部屋の中央にある巨大な本へと目線を向ける。
「じゃあさっさとアバターを作るぞ。どんなのがいい?」
メメナシに聞かれた男は少し考えた後、まずは今の姿と似たようなものを作って見せてほしいと頼んだ。
「了解。じゃあ作るぞ。」
メメナシがそう言うと誰も触っていないにも関わらず巨大な本が開いた。本の中身は真っ白なページばかり。
そして次に隣の万年筆が動き、宙に浮く。蓋が外されペン先を真っ白なノートに向けるとそのまま静止した。
「中肉中背ってやつ? まぁ健康に問題なしならいっか。」
動く巨大な本と万年筆をまじまじと見る男に構わずメメナシは男の現実世界の肉体を機械越しで確認する。
「じゃあ描くぞ。」
メメナシがそう言った後、巨大な万年筆が忙しなく動き出す。万年筆が描いているのは人の絵のようであり、絵はあっという間に完成した。
青年漫画で見かけそうな絵柄の絵の人物のモデルは男だ。
「こっから手を加えていく感じだな。どんなのにする? 髪とか結構色々変えられるぞ。」
自分の絵を見せられた男はじっくりと見た後、このままでいいと答えた。
「は? まじで。アバターは後から変えられねぇぞ。本当にいいのか?」
メメナシの言葉に男は頷く。
「まぁ現実世界とは違う見た目だし、いっか。後から文句言うなよ。」
メメナシがそう言うと同時に万年筆が動き、絵の男にあっという間に色をつけると元の位置に戻る。
その直後、男は違和感を感じた。確かに立っている感覚があるはずなのに同時に浮遊感を感じる。何だろうと思った瞬間、気がついたら男は別の場所に立っていた。驚いて周りを見ると隣にメメナシが立っていた。
「アバターとの同期終わったけど変な感じはないか?」
「あぁ。何も、無い。」
男は手を動かし足を動かして仮初の自分の体の状態を確認する。
「凄いな。本当に自分の体みたいだ。」
男は【Crazy Tower】を作った会社、シルバーの技術力を実際に体感して感動していた。
「鏡用意したから見てみ。」
メメナシがそう言った直後、男の目の前に全身が映せるほどの大きさの鏡が出現する。
鏡に映ったのは巨大な本に描かれた男の絵そのものの姿が動いている姿だ。
「おお。凄いな。」
男は鏡に近づき鏡の前で動く。
鏡に映る姿はアニメーションのキャラクターだがメメナシと同様に確かな存在と立体感があった。
「最新のゲームは凄いな。」
鏡に映る自分の姿を様々な角度で見る男に構わずメメナシは話を進めようとする。
「なぁ、利用規則は読んだか?」
「読んだ。」
「よし。だけどたまに読んでないのに読んだって嘘つく奴いるからこれだけは言っておくぞ。」
そう言ってメメナシは周りにある本棚に手を向けると本棚に入っていた本が動き宙に浮かぶ。
「【Crazy Tower】と他の4つの世界をタダで遊べる代わりに創造主は【ゴースト】のゲーム内の活躍を漫画にしてタダで公開してるんだ。これがその一部な。」
メメナシがそう言うと宙に浮いていた本の中から数冊男の前に飛んでいき男の目の前で静止すると1斉に本が開く。本はどれも漫画であり個性的な見た目をした人物から地味な服装の人物が登場人物として描かれている。
「登場人物はゲーム世界にいる奴とか【ゴースト】だな。ゲーム世界での活躍を見た創造主がそれをすぐに漫画で描くらしいぞ。」
「へー。」
メメナシの話を聞きながら男は漫画を見る。どの漫画も絵柄は違えど画力は高く読みやすい構図となっている。
「【Crazy Tower】の世界に行きたかったら漫画の出演の許可を出せ。じゃねーと遊びに行けねーぞ。」
「いや、でも。これって大丈夫か? 個人情報とか。」
「それは徹底的に隠すみたいだから安心しろ。」
「いやでも。んー。…分かりました。」
「いいって事だな。」
「はい。」
まぁ、自分は大した活躍などしないし大丈夫だろう。
男はそう思い漫画の出演を了承するとメメナシは手を横に振る。すると宙に浮いていた本が全て本棚へと収容されていく。本が全て元の位置に戻ると今度は巨大な万年筆が再び動き出しペン先を巨大な本へと向ける。
「次は名前だ。ゲームで使う【ゴースト】ネームを入力してくれ。」
メメナシがそう言うとどこからか通常サイズの万年筆が飛んで来て少年の目の前で宙に浮いたまま静止する。そして男の目の前に巨大なキーボードのような立体映像が出現する。
「使いたい文字に向かってペン先を向ければ文字が入力されるからやってみろ。」
「はい。」
男は万年筆を手に取り自分の名前を何にするか考える。
「…これでいっか。」
名前を決めた男は万年筆を使って名前を入力していく。
「名前これにします。」
「どれ。…あああああ? おい。お前これにする気か?」
「ええ。」
「【ゴースト】ネームも後から変えられねぇぞ。本当にこれでいいのか?」
「はい。」
「本当に? 後から絶対に文句言うなよ。」
「はい。」
「絶対だぞ。」
そんなやりとりの後、《あああああ》という名前が宙にうっすらと発光して表示される。
「入力完了。登録完了。」
メメナシがそう言うと宙に表示されていたものが全て消え、万年筆が男の手元から離れどこかへと飛んでいく。
「今日からお前の【ゴースト】ネームはあああああだ。後悔するなよ。」
「はい。」
男、あああああは頷いた。
「よし。じゃあ次は武器を渡すぞ。」
メメナシがそう言って手を振るとどこからともなく車輪がついた台座が1台、誰の補助も無しに動きあああああの目の前で止まる。
台の上には1丁の拳銃が乗せられていた。
「これがお前の初期武器な。攻撃力は1番低いけど弾は無限だ。弾切れに気にせずバンバン撃て。」
「へー。」
「言っておくがここで撃つなよ。」
あああああは拳銃を手に取ると見た目よりも軽いと感じた。
「銃の出し入れは腰にあるホルスターに触れればすぐだ。他の銃にも使えるから覚えておけよ。」
「ホルスター? あっこれか。」
あああああはいつの間にか腰あたりに装着されていたホルスターに拳銃を当てると拳銃が一瞬で消えた。再びホルスターに手を触れると一瞬で拳銃が手元に出現する。
「へー。やっぱり凄いな。」
「よし。これで終わり。質問はあるか?」
「無いです。」
「じゃあすぐに【Crazy Tower】の世界に送るな。」
拳銃をまじまじと見ているあああああに興味の無いメメナシは手を上げると万年筆が動き始め、巨大な本の白紙のページにあっという間に扉の絵を描く。
「分からない事が出来たらサポートAIに聞けよ。」
描かれた扉の絵が動き出し、扉が開く。その向こうは暗闇だ。
「ここを通れば【Crazy Tower】の世界だ。早く行け。」
メメナシが少し巨大な本から離れ、あああああに入るよう促す。
「ありがとうございました。」
あああああはメメナシに向けてそう言うと、ゆっくりと扉へと近づきまずは手を扉に近づける。本で描かれている扉の奥にあっさりと手が入る。しばらく扉の中に入れた手を動かした後、足を踏み入れる。そしてゆっくりと扉の奥へと進んでいく。数歩ほど歩けば前方に光が見えた。あああああはその光を頼りに前へと進むと一気に光が強くなりあああああは思わず目を閉じた。
『アバターの保存完了。生態ID制作完了。最適送迎確認完了。…お待たせしました。【Crazy Tower】の世界へようこそ。サポートAIの案内やご自身の行動で思う存分楽しんでください。』
若い男性の声が聞こえた後、眩しさが無くなったのを感じたあああああは目を開けた。
運営AIはメメナシの他にミミナシ、ハナナシ、テテナシ、アシナシがいる。
他にも運営AIや【シルバー】の仕事をサポートするAIとしてハイナシ、ノウナシがいる。