レアな方が良い
「お待たせいたしました、牛カルビですねー」
俺は店員さんから大皿を受け取る。どう見ても新鮮で旨そうな赤身が載っている。
「ありがとうございまーす。」
「追加あれば横のタブレットからお願いします」
「はーい」
「では、ごゆっくりどうぞ」
俺と拓海は社会人になってからも定期的にこうして顔を合わせ、適当な話をする感じの仲だ。今日は、拓海が見つけてくれた焼肉屋に来ている。個人経営の小さめの店で、注文は早いし肉は安いしタレも旨い、そんな感じのいいとこらしい。
店員の背中を見送るが早いか、拓海は肉を網にかける。
「っしゃ、焼くぞー。」
ジュ―……ジュ―……。一枚、また一枚、丁寧に広げながら敷き詰める。
空腹に刺さるにおいを醸して、カルビがどんどん焼けていく。裏返して、それをもう一度。油が滴って旨そうだ。
しっかり焼けるのを待っていたら、不意に拓海が一枚つまんだ。この店自慢の秘伝タレを絡めて、
「いただきまーす」
「おいそれ焼けてねぇぞ?」
「ん?」
タレが滴るそれには、まだ赤身が残っている。拓海は一度肉を見て、ああ、と気にせず口に入れた。
「俺ウェルダン嫌いなんだよねー……あぐ。」
「そうだっけ?」
拓海はもぐもぐしながらうなずく。
「ウェルダンってステーキじゃね?」
「いいふぁお、つうひるはら(良いだろ、通じるから)」
「まあそうだけど」
俺はしっかり焼けるのを待つ。拓海は肉を飲み込んで話しだした。
「ウェルダンと言えばさー」
「そっから展開する話ある?」
「うるせぇ黙って聞け。」
ほれ、これでも食え、としっかり焼けた肉を差し出される。
「あざす」
取り皿の中でタレを絡めて、白米とともに口にぶち込む……それはまあ旨い事この上ない。
「ウェルダンじゃないってことは、未熟なわけよ。でも旨いじゃん。確かにそれは半ナマなんだけど、それを俺たちは食うわけよ。」
「ふぉう」
もぐもぐ。
「俺は俺自身を、そういうもんだと思ってんだよ」
「ふぉう?」
もぐもぐ。
「つまりだな、俺が未熟なのは認めるし、現状あんまり役に立たないやつだってことはわかってんだけどよ。それでも新しい事に挑戦させてほしいっていうか? まあそういうことなんだな」
ごくり。
「……おう。」
「だからえーと、もしかしたらこいつがきれいに焼けてなくて、ワンチャン腹を下す可能性っていうか、リスクがあるけど、」
拓海はまた赤の残る肉を口に放り込む。
「……うま。でも、それを承知で食うわけ。でもそういうことさせてくれないんだよな俺の上司。」
俺も焼けたやつから順に取っては食う。
「ほーん」
「なんつーか、保守的っていうか? 新しい企画にもあんまり興味なさそうだし。そんなんでブーカな令和時代を生きていけんのかって」
耳慣れない単語に俺は首を傾げる。
「ブーカってなに?」
「V、U、C、Aでブーカ。将来の見通しが立たなくて不安定な情勢のことを言うんだと」
「ふぇー。……むぐ? だったらなおのことしっかりやった方がいいだろ。」
「ふ? ……ふぁんふぇ(なんで)」
「だって焼肉は最悪腹下すだけで済むよ? でも社会は下手したら貧民までまっしぐらなわけでさ、そうなったらどうにもならなくない?」
「そのリスクは背負うべきって話を今やったんだよ」
「てか待って、興味ない風に見えるってことは単にそれだけで、別に保守的って訳じゃないんじゃないの?」
「お? ああ、確かに。じゃもっと面白い企画持ってくかな」
と拓海は箸を網に伸ばしたが、もう肉はすべて網に放り込んで食ってしまっている。
やっぱさぁ、と拓海はぼやく。
「なんつーかいろんな意味でレアな人間になりたいよな」
「おーそれ上手いこと言ったつもりか?」
「ふっはははは」
俺たちはそろって噴き出す。
「俺ら何話してんだろうね?」
「それ俺に聞く? ほら次頼め」
「何食いたい?」
「豚ロース」
「はいよ」
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