ニニギ 大地に立つ
座標を合わせ、葦原ノ中国――人間界への扉を開く。
真っ白な雲の中を落ちること数十秒、モニターに映し出される景色が白から色鮮やかなものに変わり視界が広がる。
僕たち神が葦原ノ中国に降りる際には上空からになる。
これが、どこにでも扉を開くことができるのに、真っ先に首都であるトウキョウを狙わなかった理由だ。
霊魂騎士に空を飛ぶ能力はない。
だから、降りてくるだけの八メートルの巨人なんてただの的にしかならない。
地上なら怖くもない人間の既存の兵器が脅威になる。
流石に対空砲火の嵐を浴びれば、殆どの霊魂騎士が空中で撃破されてしまうだろう。
だから、防備の堅い首都圏ではなく、地方の中でも防備の薄い地点から侵攻を開始したわけだ。
今僕が降下しているエリアは既に制圧されてしまっているため、何の心配もなく降りられる。
上空約三○○メートル辺りで、着脱式のバックパックからパラシュートを展開し着地の準備を整える。
地面が近づいてきたら、スラスターを噴かして最大限勢いを殺して着地、というわけだ。
僕が降り立ったのは、先ほど陥落したばかりのナゴヤ。スカイボートやナゴヤテレビ塔、ナゴヤ城が倒壊し、栄えていた街は廃墟と化していた。
これが戦いというものなのか? 全長八メートルもの巨人同士が戦えば戦場が無事なわけがないだろうけど、これは違うというのが分かる。
戦いに巻き込まれて壊れたんじゃない、明らかに破壊が目的で壊されたんだと。
けど、僕の知るタケミカヅチはそんなことはしないはず。
これは先に地上に降りて戦っていた他の神がやったんだ。
破壊と蹂躙を楽しむ神もいると言うのか。
けど、そんな神でも僕には殺すことができない。同じ神だから。
そんなの甘いって言われてもできはしない。
戦いのときは手足を破壊して無力化する。そのつもりだ。
「……酷いな」
ここまでのことをやっておいて、人間との溝が埋まるのだろうか? いや、それは今考えることじゃない。これは超短期決戦の電撃作戦。早く行動に移さないと。
とりあえずは自分の位置の確認だけど……近くに見えるのはナゴヤ城。その反対側には海が見える。
ということは、ナゴヤ城の方角が北。
シズオカ方面に行くには東に行けばいい。
方向転換をした時だった。
とっくに戦闘が終了したこのナゴヤで、破壊音が轟いたのは。
「今のは」
ナゴヤの街は廃墟と化しているが、建物が自然に崩れた音ではなかった。
「あれは霊魂騎士⁉」
音のした方に機体を向ける。モニター越しに映ったのは霊魂騎士だった。
どうしてこんな場所に?
前線はもうシズオカまで移っている。
人間の霊魂騎士じゃない。そもそも、人間が街を破壊するか? しないだろ。
ということは、神の駆る霊魂騎士。
だとしても、これ以上の破壊行為をする意味があるというのか?
「だ、ダメだ。こっちにも霊魂騎士が!」
「人間?」
まだ続いている霊魂騎士による破壊行為。その方向から何人かの人間が、追い立てられるかのように走ってきている。
僕の機体を確認するなり、恐怖に顔を引きつらせて叫んでいた。
「ま、待って!」
僕の声は彼らには届かない。いや、聞こえてはいるのだろうが伝わっていない。
それもそうだ。今、神と人間は戦っていて降伏も受け入れられず、蹂躙が行われているのだから。
僕に敵意はないんだけどな。どれだけそう思っていても、伝わらない。
と、次の瞬間重たい飛来音を立てて、一振りの剣が飛んできているのが見えた。
あれは……まさか⁉
そう思った時には、剣は地面に突き刺さっていた。当然、その場にいた人間はそれに巻き込まれる。
剣が突き刺さった周辺は、剣を中心に飛び散った大量の血と、肉片が散らばっている。凄惨たる光景。
「うっ」
そういうことだったのか。あの破壊音は、まだここに残っている人間たちを虐殺していて生じたもの。
「ぎゃはははははははっははははは。死んだ、死んだぁ! ぶっ殺してやったぜぇ!」
剣の投擲に少し遅れて、それをやった神がやってきた。ゆったりと、霊魂騎士の駆動音を鳴らしながら。
この上なく、不快なことを大声で叫んでの登場だ。
「ってなんだぁ、俺の他にもいたのかよ。わりぃなぁ、獲物を分捕っちまったみてぇでよ」
「……こんなことを、こんなことをずっとやっているのかお前は!」
「ああ? それが何だってんだよ?」
その神は、自分はなにも悪いことはしていないと、さも当然のことであるかのように言った。
身体が動いていた。
「こんなこと、今すぐ止めろ! いや、僕が止めさせてやる!」
一気にレバーを押し倒しペダルを踏んで、大股で踏み込む。すぐにボタンを打ち、武装を展開。あと半歩踏み込むだけで、間合いに収めることができる。
相手は剣を投げてしまったまま、回収できていない。丸腰の状態だ
そこから予備武装を展開する前には、僕の太刀が届いているだろう。
念のため出の早い突き技を繰り出しておく。
突き出された太刀が相手機の右肩の装甲にぶち当たり、めり込んでいく。抵抗があったのはわずかな時間で、すぐに内部を破壊しながら貫通した。
「ああああ!」
右肩を貫いた太刀を引き抜き、横に薙ぎ払う。狙いは膝の関節。
戦闘中で動き回っているなら関節を狙うのは難しいが、止まっている相手なら簡単だ。
いかに霊魂騎士が頑丈とはいえ、装甲のない剥き出しの関節部を叩かれれば破壊は必至。
ベキャっと金属同士の接触音と、歪む音が鳴る。支えを失った相手の機体は、ガシャンと地面に崩れ落ちた。
「くそっ! てめぇ、何しやがる⁉ 同士討ちは立派な軍規違反だぞ!」
「僕はニニギ。大神の孫だ。僕の前で人間の虐殺行為など許しはしない!」
「なっ⁉ なぜニニギ様が? まだ『天孫降臨』は発動されていないはず」
「発動されたから僕はここにいる。悪いけど君にはここで離脱してもらう」
振り下ろされた太刀が、地面に倒れている相手機の頭部を叩き潰した。
両脚は関節部が破壊され、立つことはおろか満足に動くこともできない。頭部も破壊したため今頃モニターは何も映していないだろう。
これであの機体は戦力にならない。
こうして僕の、おおよそ戦闘とは呼べない、初の実戦は終了した。
激情に駆られてもなお、コックピットは狙えなかった。どんなに屑でもやはり同胞は殺せなかった。
「急いでこの戦いを終わらせないと」
多分、ここだけじゃなくて、いろんな場所でああいった虐殺が行われたんだろう。今も最近まで戦闘があった場所では続いているはずだ。