クーデター
「しかし、霊魂騎士の技術が人間に流れ出るなんてな」
「ああ、おかげで戦いが長引いちまってるよ」
戻る途中に聞こえてきた会話だ。
「噂じゃ、神が意図的に流したらしいぞ。んで、もうすぐその犯人が分かるとかなんとか」
「そいつはただじゃすまねぇな。アマテラス様を相手によくやるぜ」
「まぁ、俺らも人間と戦う意味が分からんが、アマテラス様に逆らおうとは思わんからな」
そこで会話を終えると彼らは機体に乗りこんでいった。
お婆様が霊魂騎士流出の犯人を突き止めつつある⁉
それは、まずい。
もしかしたら、てんで的外れな答えを出すかもしれないけど、それはごくごく低い可能性。きっと正解を出してくるはずだ。
そうなってくるとさらに余裕がなくなった。
元々、短期決戦が数少ない勝利への道だったのが超短期決戦を要求される。
そうしないとサルタヒコが危ない。
というのも、人間に霊魂騎士の技術を流すことを考えたのは僕だが、実行したのはサルタヒコだからだ。
前日までのタケミカヅチの稽古から考えると、疑われているのは僕じゃあない。実行犯のサルタヒコのみだ。
サルタヒコは参謀も務めている。いわば、軍の幹部クラスだ。
そのサルタヒコがその事件のことを知らされていないのは疑われているからだ。知っていれば、事前にサルタヒコ自身からその情報は僕に伝えられていたはずだ。
これは厳しくなってきた。
サルタヒコの協力が得られなければ、僕たちは勝気を失ってしまう。
さっきの会話から、やっぱりお婆様に不満を持っている神はいるみたいだけど、お婆様を恐れ切っている。味方のいない僕に着くとは思えない。
『天孫降臨』計画発動後にそのことが露見しても駄目だ。
霊魂騎士流出のことをよく思っていない神は大勢いる。それをやった犯人に味方するものがいるだろか?
いないだろう。
計画を成功させるには、霊魂騎士流出事件のことがバレる前に勝負をつけること。
かなり厳しい条件だ。
出撃する前に、このことはサルタヒコに伝えておいた方がいいな。
「ごめんなさい。僕、少しサルタヒコに用があって」
「わかりました」
一言声をかけてからサルタヒコの元へ向かう。
「おや、ニニギ様。どうかされましたか?」
何かあるのを悟られないように、普通を装ってサルタヒコに接触する。
「ここでは少し」
「……承知しました」
そう言うと、なにか深刻な問題が発生したのかと悟り、サルタヒコは神妙な顔つきになった。
「それで、一体なにが」
陣地から離れて周囲に誰もいないことを確認し、話を切り出した。
「お婆様が霊魂騎士流出の犯人を特定しかけている。多分、サルタヒコはその容疑者になっているはずだ」
「っ⁉」
サルタヒコが動揺するところなんて見たことがなかった。
この事態はそれだけまずいことだった。
「……今からじゃどうしようもないけど、一応伝えるだけ伝えておこうと思って」
「計画はここで中止した方がいいでしょう。それが得策です」
サルタヒコは一瞬考えたが、無念の表情ですぐにそう結論を出した。
けど、僕はそれを否定する。
「ダメだ。計画は実行しよう」
恐らくサルタヒコはまた別に機会に、と思っているのだろうけど残念ながらその機会はもう来ないと僕は思う。
「なぜですか⁉ このことがなくても、この戦いに勝てるのは高い確率ではなかった。それでもまだ、勝ち筋はありました。ですが、こうなっては勝ち筋はありません! 勇猛と無謀は違うのですよ⁉」
「この機を逃したら、もう二度と機会が訪れることはないと僕は思う」
「我々は殺されでもしない限り、悠久の時を生きることができます。また必ず機会は訪れます」
確かにサルタヒコの言う通りかもしれない。
仮に今回が三千年に一度訪れた機会だとするなら、三千年後にはもう一度機が訪れることになる。けど、
「それじゃあダメなんだ」
「何がダメだというのですか」
「そのとき、人間はどうなっている?」
「……」
「それにこのままだとその時、サルタヒコはいないでしょ?」
「それは、そうでしょうが」
「僕はヤマトとサクヤに約束したんだ。必ず次の大神になって安定した世界にするって」
「……」
「友好の証として人間界に行った僕の使命はまだ終わっていない。そんな僕が人間との、友人との約束を破るわけにはいかないからね」
なにも言ってこないサルタヒコに向かって僕は言葉を続ける。
「それに、サルタヒコは勝ち筋はないって言ったけどそうでもないよ。まぁ。元の予定よりもかなり確率は低くなるけどね。超短期決戦。それならまだほんの僅かにだけど可能性はあると思う」
ずっと黙って聞いていたサルタヒコだが最後まで聞くと澄んだ表情で言った。
「……その過程は途轍もなく難しいのですが。ニニギ様、あなたはいつも最善ではなく最良を求める方です。そんなニニギ様ある所に手前あり、と以前申したことを恥ずかしながら忘れておりました」
そうして、騎士が忠誠を誓うような片膝立ての格好で続ける。
「仰せのままに。もし、間に合わず手前のことがバレてしまった場合もお任せください。逆賊ならば逆賊らしくひと暴れしてみせましょう」
「できれば、というより絶対死んだらダメだよ」
「分かっております。手前が死んではニニギ様の掲げる最良ではなく最善になってしまいますから」
僕とサルタヒコ、ふたりで決意を固めたところで血相を変えた一柱の神がやってきた。
「サルタヒコ殿、ニニギ様もおられましたか。事態が急変しました」
「急変? いったい何があったのです?」
「人間が、降伏を申し出ました」
いい感じの雰囲気になったところに、水を差すような内容の報告に衝撃が走った。
いや、もちろんそれで戦いが終わるなら全然いいことなんだけど。
ただ、その場合お婆様がどんな要求を出すのやら。
「それで、お婆様はなんて?」
「まだ何も。何分、たった今入ったばかりの情報でして。アマテラス様にも今頃この情報が届いているころだと思いますが。戦線は一旦膠着しています」
なら、そう時間は立たずに連絡が来るだろう。
こういう時、お婆様の決断は早い。
サルタヒコもそのつもりのようで待ちの姿勢だ。
「どうなると思う?」
「あまり言いたくはないですが、穏便な結果にはならないでしょうね」
サルタヒコのその言葉を聞いた、伝令に来た神は戦々恐々としてる。
お婆様に逆らう神はいない。反逆するのは、今回の僕とサルタヒコくらいだ。
独裁。その単語が脳裏をよぎる。
お婆様を否定するような発言は恐れられる。サルタヒコの今の発言はそこまで恐れるほどのものではないが、あまり公にしない方がいいくらいのもの。
ニニギの従者で、作戦参謀という地位がないものからすれば、恐ろしく思えることだろう。
しばらくして、別の神がお婆様の下した決断を伝えにやってきた。
そのころにはここにいる者たち全員に人間の降伏の件が伝わっており、全員待ちの状態だった。
「それで、アマテラス様はなんと?」
全員が生唾を飲む。
「こ、降伏は受け入れない。徹底的に蹂躙しろとのことです。作戦『天孫降臨』は作戦内容を以下に変えて実行、とのことです」
伝者が指令所を読み上げる。
「なっ⁉」
相手にはもう戦う意思なんてないというのに。
そもそも、この戦いだってこっちから仕掛けたものだぞ。お婆様は一体どこまで。
「っ……それで、変更された『天孫降臨』の作戦内容とは?」
サルタヒコも思うところがあるようだが、なんとか噛み殺して作戦参謀としての役を務める。
「タケミカヅチ様を投入し、強襲をかけ殲滅するとのことです。その後、『天孫降臨』作戦を発動、かつての友好の証であるニニギ様が止めを刺せ、とのことです」
……お婆様、あなたという神はどこまで。
「……了解しました。各員、命令があるまで待機です」
「了解」
これには僕とサルタヒコ以外の神も表情が暗い。
やがて、人間界を蹂躙するために出撃するタケミカヅチの機体が出撃地点から降りていく。
それを僕はただ、見ていることしかできなかった。
前線地帯であったヒョウゴ、オオサカ、ワカヤマの前線が崩壊し、関西圏が陥落したという報告が入ったのは、タケミカヅチが出撃してから僅か二時間後のことだった。
このペースなら一日で決着というのが余裕で見えてきた。
お婆様が最初からタケミカヅチを出さなかったのが奇跡だよ。
「……この侵攻速度ならあと三時間も経たずにトウキョウまで侵攻出来てしまいますね」
こんなに簡単に前線を崩され、烈火のごとく攻められたのでは立て直す暇がない、とサルタヒコは渋い顔で言った。
「すいません、少し席を外します。ニニギ様よろしいですか?」
「わかった」
呼ばれて僕も席を立つ。
僕たちの計画は『天孫降臨』作戦発動とともに行われる予定だった。
作戦は行わるには行われるけど、当初とは内容に変化が生じている。それによってまた、僕たちも考えなければならない部分が出て来ていた。
今の待ち時間を有効活用しようということらしい。
「まずいことになりましたね。タケミカヅチが人間界にいるというのは非常にまずい」
「確かに、何度も模擬戦をしたけど、最新鋭機に乗っていても訓練機に乗ったタケミカヅチには全然勝てなかった」
「それもあるのですが、ひとまず地上で味方を作ることが難しくなりました」
それの意味が分からず首をかしげる。
「降伏の件でアマテラス様に不信感を持つ神が多くなったことは、ニニギ様もわかっていると思います」
降伏は受け入れず徹底的に蹂躙せよ、と聞いた時、あの場にいた神たちはみんな表情を曇らせていたし、その後の彼らの会話でもそれは出ていた。
多分、他のところでもそうなんだと思う。
地上で戦っている、そもそも乗り気じゃない神たちには確実に不信感を抱かせただろう。
サルタヒコの目論見ではそういう神たちを味方につけるつもりだったようだけど、難しくなったと言った。
タケミカヅチさえ出てこなければそれの成功率が上がっていたはずだったんだ。降伏を無視した徹底蹂躙が無ければ、今より不信感は小さかっただろうし、不信感を抱いていなかった神もいたはずだ。
「人間たちには悪いですが、あのアマテラス様の行動は我々に有利に働くので正直、ありがたいものでした。しかし、タケミカヅチが出てきたとなれば話は別です」
本当に困ったことだと、サルタヒコは小さく首を横に振った。
「誰もあの武神に挑もうなどとは思わない。どのみち戦うことになるにしても、その脅威がすぐそばにあるのと離れているのとでは気持ちが変わります。それに、ニニギ様があれを突破しなくてはなりません。武神が相手となると超短期決戦は難しいかと」
端的に言ってしまえば詰みだと、言葉にはしないがそう言っていた。
「それともう一つ、問題があります」
「時間、だよね」
「はい」
今こうして待機している時間も、霊魂騎士流出事件の犯人にお婆様は近付いている。尤も、それが今日であるとも限らない。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。一時間後かもしれない。
こういう時は最悪の可能性を視野に入れて考えるべきだと、サルタヒコは言っていた。
今の場合それは、数時間のうちに犯人が特定されること。
そう考えると、なにも動けないでいるこの時間は危険なんだ。
「最悪、手前がここで反逆を起こして注意を引きつけましょう。いえ、むしろその方がいいかもしれません」
「どうして?」
「反逆を隠れ蓑に、手前の犯した霊魂騎士流出をうやむやにしてしまおうということです。霊魂騎士流出の事実が公に出れば、勝ったとしても、後に影響を及ぼすかもしれません。でしたら、バレる前に別のことをして隠してしまおうということです。どのみち負ければ終わりですから」
そうと決まれば動きましょう、とサルタヒコは新たな計画を練り始めた。
瞼を軽く閉じて腕を組むのは、何かを思案するときにとるサルタヒコの癖だ。
内容の変わった『天孫降臨』に合わせた作戦を考えているのだ。サルタヒコ自身の行動は、さっきのやり取りの中でほとんど決まっている。僕の行動について考えているのだろう。
やがて、ゆっくりと瞼が開かれる。考えがまとまったということだ。
「決まりました。今すぐに実行に移しましょう」
サルタヒコが新たに考えた計画はこうだ。
予想では、もうじきタケミカヅチたちはナゴヤを突破してシズオカまで一気に進攻する。
その報告が入った時点でサルタヒコの独断で『天孫降臨』作戦を発動。僕が人間界へ出撃した直後に彼は反逆を起こす。
次に僕が地上で反旗を翻したところで、高天原ではサルタヒコがと、二か所で同時に反逆が起こったことになる。しかも、大神アマテラスの孫と作戦参謀が、というネームバリュー付きだ。
それは少なからず混乱と動揺を与える。
その二つは電撃戦を行う上で重要な要素である。
戦力は相変わらず足りていないが、降伏が受け入れられず蹂躙されている人間の復讐心に火をつけるにはいい着火剤になる。僕の動きに呼応して協力してくれればいいが。
僕としては極力人間を巻き込みたくはないけれど。
「いかがでしょうか」
「それで、行こう」
新たに計画を決めて陣地に戻った時、サルタヒコの予想通りナゴヤが陥落したという報告が入った。
それが計画実行の合図だ。僕とサルタヒコは目配せすると動き出す。
「わかりました。今から『天孫降臨』作戦を発動します!」
「し、しかしまだ上からは指示が来ていませんが⁉」
「現場での判断は手前に委ねられています。作戦を発動するなら今です」
「りょ、了解」
もちろん現場での判断云々の話は嘘だ。計画を実行するためにサルタヒコが強引に押し切った。
それを受けて各員は慌ただしく出撃の準備にかかる。真っ先に動いたのは僕だ。全員がそれに続く形となった。
一番に機体に乗り込むと、手早くスタンバイを済ませ待機状態になる。
「ニニギ、金閃公出ます!」
立ち上がると同時に機体を走らせ「お待ちくださいニニギ様!」と呼ぶ声も振り切って出撃した。
他の機体は置き去りだ。
「ニニギ様、ご武運を。さて、手前も役割を果たすとしましょう」
サルタヒコは小さく息を吐きだすと、額に手を当て、ニヒルな笑みを浮かべて言った。