一本を取るまで
タケミカヅチとの稽古を終えた後は、整備士の人に金閃公の整備をしてもらっていた。
「しかし、中々派手にやられたもんですね。流石は武神ってことか。肉弾戦にも耐えられる霊魂騎士の強力なフレームが歪んでやがる」
「すみません」
「いや、いいですよ。霊魂騎士乗りは、整備士泣かせくらいがちょうどいいってもんですから」
稽古を終えた僕の機体は、表面上こそほぼ無傷だけど内側は酷いんものだと、整備士の人は言った。
まぁ、ボロボロなのは機体だけじゃなくて僕もだけど。やっぱり操縦っていうのは凄く疲れるようで倦怠感が凄い。今ならベッドに倒れ込むと同時に即、眠れてしまいそうだ。
そういえば、計画を実行した後、補給や機体の整備はどうすればいいんだろう。
いかに霊魂騎士が頑丈とはいえ、整備が全く必要ないわけではないし、補給がなくては戦えなくなる。
そのあたりのことはサルタヒコはなにも言っていなかった。まさかそのことが頭から抜けているなんてことはないし。
となると、考えられることは一つ。短期決戦で決着をつける。当たり前だけど失敗は許されない。
戦いがその一回で終わるなら補給も整備も必要ない。
それ以外に選択肢はないわけだ。
チャンスは一回きり。
お婆様と戦うということはそれだけ厳しい。
そのことに気づいたおかげで、どこか楽観していたかもしれない自分を引き締めることができた。
翌日のタケミカヅチの稽古は、昨日以上に集中して取り組んだ。
これが計画実行前の最後の稽古なのだから、当然と言えば当然だが。
「今日はえらく気合が入っている。初陣を前にして昂っておられるのか」
さっきの休憩でタケミカヅチが言っていた。僕のその姿勢が気に入ったのか、タケミカヅチも昨日より気合が入っているようだ。
これは益々今日の課題の「タケミカヅチから一本を取る」というのが難しくなってきた。
けど、ここで一本を取れたなら一つ殻を破ることができると思う。
そのために、昨日までタケミカヅチとの稽古で学んだこと全てをつぎ込んで挑む。
効率的で無駄のないスラスターの噴かし方、砂煙による煙幕の作り方、スラスター、通常移動のモード切替の上手い使い方、読み、駆け引き、技。今の自分を出し切った。
通常移動モードで走って接近し斬りかかる。この時、間違ってもその勢いのまま突撃してはいけない。
武神の技の餌食にされるのがオチだ。
応じたタケミカヅチと打ち合うこと数合、タケミカヅチの操る訓練機に少々ガタがきているように見える。
そもそも金閃公と訓練機では性能が違い過ぎていたんだ。長時間打ち合えたのはタケミカヅチの卓越した技術があったから。
それでも今、限界を迎えようとしているようだ。
僕の攻撃を受けてすぐにタケミカヅチは反撃に転じた。けど、機体の反応速度が鈍くなっている。これなら僕の方が早い。
「ここだ!」
渾身の袈裟斬りを放つ。
「見事! だが、甘い!」
隙を突いたはずなのに、タケミカヅチは即座に攻撃から防御に体勢を変え、僕の一撃を防いで見せた。
けど、いける。元々ガタが来ている状態で無理に受け止めたせいで今、タケミカヅチの機体は万全じゃない。
機体の性能差でゴリ押せばこのまま押し切れる!
少し、いや、かなりずるい方法だけど。
「はぁぁぁぁぁ‼」
「ぬうぅぅ!」
大出力に押し負け、刀身が僅かに機体にめり込んだ。
そこで模擬線は終了となった。
「お見事です。このタケミカヅチから一本を取れたことを誇りに思ってくだされ」
「あれは最後に機体の性能差に頼っただけだから誇るとか、そんな」
言うなればあれは反則勝ちみたいなものだ。それで称賛されても複雑な心境になる。
「戦場で負けた言い訳に、機体の性能差を言いますか?」
「え?」
「それにオレと打ち合いになるのは成長した証。機体の性能差で勝てるところまで持って行ったのは、ニニギ様の力。卑怯ではありません」
こと戦闘に関して武神の名を冠するタケミカヅチの前では、これ以上は言えなかった。言う必要がなかった。
数多の戦いを乗り越えてきた彼の言葉はそれほどに重みがあり、説得力があった。
「それでは、明日の武運を祈ります」
タケミカヅチは深々と頭を下げて言った。