武神の稽古
武神直々の稽古を受けることになった僕は、あの後すぐにタケミカヅチと訓練所に向かった。
「まずはニニギ様の実力を見させて頂きたい。すでにニニギ様の機体は準備させておりますので。それとご安心を、オレは訓練機に乗って相手をしますので」
わかってはいたけど、いきなり武神との模擬戦か。出陣を控えている機体を壊すことはしないだろうけど。プレッシャーは凄い。
けど、それで得るものは絶大だ。
訓練場の控室には、僕が三日後に乗る霊魂騎士「天賦・金閃公」が鎮座していた。
鈍く輝く金色の機体、後光を思わせる頭部の装飾、盛り上がった肩と腰、それから足首の装甲が印象的だ。
それでいて全体的にスマートに感じさせる美しい機影。お婆様が用意した僕だけの専用機。
「……これに乗っての本格的な模擬戦は今回が初めてだな」
この機体が完成した時、試験運用をした以外では乗っていない。ほとんどの訓練が訓練機に乗ってのものだったからだ。完成したのが最近というのもあるけど。
胸部にあるハッチを開けて、隣接している足場からコックピットに乗り込む。今は足場があるけど、もし足場がない状況でもハッチまで登れるように訓練してあるので、問題はない。
座席に座り、背後から伸びているコードに繋がったヘッドギアを装着し、機体への動力の供給と制御のための演算を可能にする。
ベルトを締め、右の手元から少し外れた部分にあるレバーを一八〇度捻り、霊魂騎士を起動させる。
鈍い駆動音と共に明かりが生じる。モニターが起動し、機体正面にある景色が映し出される。
これでいつでも動ける状態だ。
操作は一年間みっちりと訓練し叩き込んである。
基本的には上半身の操作は手元にある左右のレバー、下半身の操作は足元の左右のフットペダルで行う。
その際、重要なのが重心操作で、これができないと機体をまともに動かすことができない。
立って歩くために体の重心を脳で無意識のうちに演算しバランスを保っている。
その演算機能を機体に接続して行うための装置が、装着したヘッドギアだ。
最初はその感覚に慣れずに上手くいかないが、反復練習することで慣れる。僕はこの一年でとっくに慣らしているので問題はない。
そのほかの操作はボタンで行う。一部武装の展開や特殊機能、通常移動、スラスター移動などのモード切替がそれだ。
スラスターとは、機体の動力にもなっている神力を推進剤に返還させて、それを噴出することで、機体の高速移動を可能にするものだ。
モードの切り替えは回避などの際、多用されるため、ボタンは左右に配置されている。どちらで操作しても問題ない。
最後に金閃公には、この機体にしか搭載されていない唯一のシステムがある。
いや、唯一と言っては語弊があるか。そのシステムは僕の金閃公以外に一機だけ搭載されている機体がある。
それが武神タケミカヅチの愛機『武双』だ。
といっても、武双のそれは試作品であり、試験運用として武神の愛機でデータを取り、完成品が搭載されたのが僕の機体だ。
このシステムが、今後数百年の霊魂騎士での戦いの中心となると言われているほどの代物で、試作品の試験運用でさえ、力は絶大だったと聞く。
そのシステムと、これから学ぶ武神の教え。その二つがあれば無敵といっても過言ではないはず。
流れは着実にできつつある。お婆様打倒の確実性が少しずつ見てきた。
「いこう」
右膝を立てて鎮座している機体の、上半身を少し前に傾けて重心を移動させる。
同時に左脚、右脚、腰と浮かせていき立ち上がる。
現在のモードは通常移動となっているため、両のレバーを前に軽く押し倒しつつ右フットペダルを踏みこむ。
動くたびに、外部装甲の内側、内骨格内のパーツが機械的な音を奏でる。
大きな足音を立てながら控室の出口をくぐり、闘技場のような訓練場に踏み入れる。
「さぁ、始めましょうか。このタケミカヅチに遠慮は無用。全力で打ち込んでくだされ」
正面に対峙するタケミカヅチの機体は訓練機、最新機であるこの機体との性能差は言うまでもない。
それなのに、この威圧感はなんだ? ハンデを背負っている相手に対して一歩目を出すことを躊躇ってしまっている自分がいる。
武神の名は伊達ではないということか。
……落ち着け、なにもあの武神に勝とうというのではない。学ぶんだ。
だから最初は今までやってきた訓練通りにやればいい。
「よし!」
ふーっと、大きく深呼吸。
大丈夫、落ち着いた。
モードは通常移動そのままに、今度はレバーを深く倒してペダルを踏み込む。
さっき歩いた時よりも機体の駆動音の感覚が短い。走っているからだ。
霊魂騎士の歩幅は大きい。それが走ればお互いの間の距離なんて一瞬で詰められる。
もう、武器が届く間合いだ。
お互いに武装は訓練用の太刀のみ。間合いは同じ。捉えたときに勝負がつく。
間合いに入る前に振りかぶっておく。そして――
「ここだ!」
入る直前に素早くボタンを打つ。通常移動からスラスターにモードを切り替えた。推進剤を噴出して機体を加速させるためだ。
普通に正面から斬り合っても勝てはしない。
ペダルを踏んでスラスターを逆噴射。ほんの一瞬、動きを止めてすぐにもう一度スラスターを噴かし右へ移動。いい機体の反応速度だ。
高速での方向転換によるフェイント。
斬りかかる。
しかし、刀身がタケミカヅチの駆る訓練機に命中することはなく空振り、スラスターでついた勢いに押され、何もない空間めがけて突撃することになってしまった。
「なんで、消えた⁉」
フェイントをかけて、タケミカヅチの機体は捉えていたはずなのに⁉
いや、動揺している場合じゃない。すぐにスラスターの逆噴射で勢いを殺して立て直さないと。
スラスターを逆噴射で噴かして勢いを殺し振り向いたときには、スラスターの連用で舞い上がった砂煙の煙幕を突き破り、タケミカヅチの駆る訓練機が迫ってきていた。
「勝負ありですな」
回避行動は許されず、喉元に切っ先を突き付けられ敗北した。
密閉空間から空気が流れ出る音と共に、コックピットのハッチが開きタケミカヅチが姿を現した。
僕もハッチを開けて外に出る。
「どうでしたか」
「流石、武神だなって。何をされたのか分からなかった」
「……左様ですか。では、次といきましょう」
そう言うとタケミカヅチは再び乗り込もうとした。
「何か指摘なんかは」
声をかけると、くるりと振り返って重々しい声で言った。
「教えてもらうのではなく、自分で学びなされ。このタケミカヅチと何度も手合わせできることなど、普通はありませんぞ。この貴重な戦いの中で掴むことはいくらでもある」
それ以上何か言うことはなく、タケミカヅチはコックピットに乗り込みハッチを閉じた。
僕もコックピットに戻り、ハッチを閉じて再び構える。
その後もタケミカヅチの稽古は続き、僕は何度も何度も挑んだ。
太刀捌きで負け、スラスターの使い方で負け、駆け引き読み合いで負け、とにかく負けに負け続けた。
最初の方は全く分からなかったけど、そのうち負けるたびに敗因から気づくことが増え、学んでいく。
そしてそのことを次に活かして、また負けてさらに学ぶ。
それの繰り返し。
「今日はこれまでといたしましょう」
百戦を超えたあたりで、タケミカヅチが言った。
たしかにいい時間だ。稽古を始めてからかなり経っている。確か、始めたのは昼頃だったか。今はもう日が傾きかけている。
「ありがとうございました」
「また、明日。成長を楽しみにしています」
こうして、本日のタケミカヅチの稽古は終了した。