開戦
お婆様が宣言した通り、一年後には神と人間の戦いが始まってしまった。開戦の火蓋を切ったのはもちろん、お婆様だ。
神の技術によって開発された全長八メートルの人型機動兵器、霊魂騎士による強襲。
霊魂騎士の力はやはり絶大で、最初の攻撃によって関西圏を除く西日本はあっという間に陥落した。
今はヒョウゴ、オオサカ、ワカヤマ辺りが最前線で激戦区になっている。
わかってはいたけど、それを止めることができなかった自分に不甲斐なさを感じる。
開戦までに色々とやってはみたけど、どれも大した意味はなさなかった。
僕がやったことは大きく二つ。
一つ目は人間にこちらの技術を流したこと。つまり、人間に霊魂騎士の技術を渡した。
二つ目は僕自身が強くなること。内部から変えるにしても、外部から強引に変えるにしても、力は必要だからだ。
こちらの技術を流したことで圧倒的な戦力差はなくなり一方的な殺戮にはならなかったものの、戦いを激化させることになってしまった。
多分、人間たちに霊魂騎士がなければ関西圏で何とか立て直すことなどなく一日で勝敗が決まっていただろう。
だからといって、このことがいいことだったのかと言われと即答はできない。
二つ目に至っては効果がどれ程のものかがわからない。そんな不確定なものに自信を持つことはできない。
結局、僕は何もできなかった。そうとしか思えなかった。そういう結果だった。
そうして開戦してから一週間。優勢なのはお婆様だが、人間たちも激しい抵抗を見せている。
ヤマト、サクヤを始め、沢山の人間の友人たちのことが心配だ。
まぁ、今はまだ関西圏に留まっているから、ヤマトたちのいるトウキョウは心配ないけど。
戦いによってあの不完全な美しい世界が壊れてしまうことも嫌だ。
「ニニギ様、失礼します」
友人たちの安否を思いながらどうにかしようにも、その時が来るまで行動を起こせない。
自室でそのことに悩んでいると扉がノックされる。
返事をすると扉を開き、入ってきたのはサルタヒコだ。
サルタヒコは僕の側近であると同時に、有事の際――まさに今だ――は軍の作戦参謀も担っている。
ここに来る前に会議でもあったのか、サルタヒコの服装はいつもの「ザ・従者」といった感じではなく、将校のそれだった。
「どうしたの、サルタヒコ」
わざわざ聞かなくても、すぐにサルタヒコは用件を言うだろうだけど、内容にだいたい予想がついてしまった僕は、それを待ちきれず聞いてしまった。
それは全く意味がなくて、僕の言葉を挟んでしまったせいで黙っていればすぐに聞けたはずのサルタヒコの言葉が、遅くなってしまったまである。
それを分かっていながら聞いてしまったのは今から告げられるそれを期待していたからだ。
「ニニギ様、よくお聞きください。先ほどの会議でニニギ様の出陣が決定しました」
サルタヒコはようやくです、と待ち望んでいたように言った。
「出陣、か。いつ?」
「三日後、ヒメジです」
出陣、出陣か。待っていた。一年前、お婆様から僕にも出陣してもらう、と聞いてからそこしかないと思っていた。
この戦いを終わらせるには僕が戦うしかないって。
戦うと言っても人間と戦うわけじゃない。
なら、神たちと? あながち間違ってはないけど違う。お婆様と、だ。
ヤマトには僕が次の大神になるって言ったけど、お婆様はかれこれ千年以上も現役だ。恐らく交代はない。
僕がお婆様に代わって大神になるには、お婆様を討つという強引な方法しかなかった。
この戦いはそれに利用できると思った。
出陣を待っていたのはそのため。僕に霊魂騎士が与えられ戦いに出たところで反旗を翻すんだ。
「ようやくですね」
「うん、よろしく頼むよ」
そう言うとサルタヒコは珍しくニヤリと、まるで悪友と悪巧みでもしているかのように笑った。
僕たちが企んでいるのは、悪巧みなんてそんなかわいいものでもないけど。
サルタヒコは、万が一にも情報が漏れないよう、周囲に誰もいない、完全な二人きりの状態になったことを確認して言った。
基本、僕の部屋には側近である彼以外は滅多に近寄らないが念のためだ。
「それでは、計画の実行が目前に迫ったところで最終確認をいたしましょう。決行日は三日後、ニニギ様が出陣したときです」
「そこで僕が離反する」
「はい。前線には出ませんが、手前も自身の機体に乗って出ている予定ですので、ニニギ様に呼応して動くつもりです」
「問題は他の神たちがどう動くかだけど」
この計画は極秘なので、知っているのは僕とサルタヒコだけだ。だから、現状は二人だけでお婆様たちに挑むことになる。だが、流石に味方は欲しい。
「確定事項ではないでが、賭け、とまでは言いません。アマテラス様のやり方に不満がある神も一定数いますから、彼らがその機会を見逃すことはないでしょう。ニニギ様を慕う神もいます。場合よっては人間たちも味方になってくれるはずです」
「できれば人間たちは、僕たちの戦いに巻き込みたくはないけどね」
お婆様の都合で人間に被害が及ばないようにするための戦いで、人間を巻き込んだのでは本末転倒だ。
「問題は、アマテラス様もそうですが、なにより武神タケミカヅチです。彼が我々に付くことはないでしょう。……なんとか手前が抑えます」
「一番難しいことを」
本来なら僕がどうにかするべきことだ。
「いえ、ニニギ様が大神になるためなら。それにニニギ様にはアマテラス様との戦いがありますから。アマテラス様は大神。次元が違います。それに加えて、大神専用の霊魂騎士の性能は絶大ですので」
「僕が大神になったときのためにも死ぬことは許さないからね」
「最初からそのつもりです」
あとは誰が人間に霊魂騎士の技術を流したのか、そのことが三日以内にバレなければいい。
「それでは、手前はこれで失礼します」
最終確認を終えサルタヒコは出ていったが、ものの数分で扉をノックする音が聞こえた。伝え忘れたことがあるかなにかで戻ってきたのだろう。
「……」
扉を開けた瞬間絶句してしまった。
そこにいたのはサルタヒコではなかったからだ。
(武神タケミカヅチ⁉)
扉の前に立っている武神に思わず、一瞬顔が引きつってしまう。
まさか、バレてしまった? タケミカヅチならお婆様に伝える前にまず、自分で決定的な証拠を押さえてから突き出すだろう。そういう性格の神だ。
サルタヒコが出て行ってすぐにタケミカヅチがやってきたということは、それがあり得る。サルタヒコはすでにやられてしまったのか?
「ニニギ様、突然の訪問失礼します。お時間よろしいか?」
「問題はないけど」
応えると、タケミカヅチはそれはよかったとひざまずいて言葉を続けた。
「でしたらどうでしょう。三日後に決まったニニギ様の初陣、それまでの間、このタケミカヅチが稽古つけるというのは」
どうやらバレたわけではなかったようだ。それどころか武神直々に稽古をつけてくれるという。
稽古をつけてもらっておきながら、今後戦うことになるかもしれないのは、その恩をあだで返すようなことになるけれど、そうも言っていられない。
「その提案、ありがたく受けさせてもらうよ」
「は。このタケミカヅチの名に懸けて、ニニギ様を強くいたします。手加減は致しません」
そう言って顔を上げたタケミカヅチの目は、武神の闘魂を宿していた。




