大神の能力
「コトアマツカミ起動!」
既に五つの勾玉が黒い球体の周りを回っている状態で出現した。
「コトアマツカミを起動、じゃと? 馬鹿な、今まで使っていなかったとでもいうのか? それではさっきまでのニニギの力は……」
ヤマトの言う通り、お婆様は完全には冷静さを取り戻していなかった。
コトアマツカミを起動しているときは、黒い球体とそれを囲う勾玉が回っている。そんな分かりやすい印があるのに、それが無いことに気づいていなかった。
「お婆様、僕は資格ある神だ」
「ニニギが資格ある神、じゃと?」
考えてみれば、当然と言えば当然のことだ。
お婆様の前の大神は、お婆様の両親であるイザナギ様とイザナミ様だった。
その子である、お婆様とツクヨミ様、スサノオ様には大神の資格があった。
なら、お婆様の孫の僕に資格があっても不思議じゃあない。
神々から恐れられるお婆様は、皮を剥いでみればそんなことにも気づけない大神だったんだ。
「僕はもう自力で九次元まで至れる。そこにコトアマツカミの力を上乗せすれば、分かるよね?」
お婆様のやろうとしていたことだ。
「ニニギィィィ! 貴様ぁ!」
激昂したお婆様が漆黒の霊魂騎士の恐らく最大出力、最高速度を出して突っ込んできた。
ただの突撃なんて。
確かに速いけど、お婆様は素人だ。タケミカヅチが言うようにその速さについていけるわけがない。
……いや、待てよ。相手は仮にも大神だ。スペックは十分足りているって考えた方が納得できる。
いくら素人でも、速さについていけるなら、待ちの姿勢の相手なんて容易いものだ。
危ないところだった。
対処の仕方を変えれば問題はない。
これはわけの分からない攻撃じゃあないから、予知で見ればいい。
やっぱりだ。あのまま待ちの姿勢でカウンターを狙っていたらクサナギノツルギで真っ二つにされていた。
とはいえ、この状況から僕が最大出力を出したところで間に合わない。
ここは六次元の能力を使って逆に、やり返すのが妥当だ。
「死ねぇ!」
「ぐうっ!」
強い衝撃に襲われた後、投げ出されたみたいに強い浮遊感が訪れる。多分胴を真横に両断されたんだ。モニターも急に空しか映し出されなくなった。
次には鋭利な鉄の塊が……。
「残念だったね。殺せていないよ!」
「それは知っている!」
流石に二度目は通じないか。
振るわれたクサナギノツルギを受け止める。
「反応してくるか。じゃが、妾の狙いは別にある。爆ぜよ!」
まさかゼロ距離で⁉
――バンッ!
「……跡形もなく吹き飛んだか」
「いいや、別の世界に逃げさせてもらった」
速度が格段に上がっている。瞬時に世界を行き来できる程にだ。
「チィ」
「俺らもいるから、な!」
ヤマトの大振りな矛の攻撃の後に、九本の帯による攻撃が続く。
「ぐうぅ」
恐ろしいことに、お婆様は反応している。が、反応自体は出来てしまっているが意識だけだ。他はてんで追い付けていない。
どう動けばいいのかが分からず、結果追い付けなくなっている。
僕も攻撃に加わらない手はない。
確実に追い込んでいる。
だからと言って、油断は良くない。それは気の持ちようだけじゃあなくて、物的にも万全の状態でかかるべきだ。
大神については少々分かってきた……というより、十次元の存在がどういうものか、分かってきた。
十次元の存在は様々な可能性が許された存在なんだと思う。
今の僕はその片鱗に触れているだけだから、そんなに大それたことは出来ないけど、小さなことならできる。
ひとまずやることは、消滅した金閃公の左腕の復元だ。
様々な可能性が許されるんだ、それくらいできてもおかしくない。
左腕が復活すれば、右から左からと攻め方に制限がかかる、なんてことは無くなる。
「お婆様、決めにかかります!」
肩口から、消滅した左腕が淡い光に包まれ復元されていく。
「ニニギ、そこまでに……!」
お婆様が、コックピットの向こうで歯噛みしているのが想像できる。
左腕が復元されたところで、フツノミタマを構えて斬りかかる。
サクヤの操る帯に紛れて接近し、斬りつけた。
――フツ。
袈裟斬りに斬りこんだフツノミタマは、天帝黒陽孁の肩口にその刃を食い込ませ、独特の音を鳴らす。
だけど――
「フツノミタマでも完全に届かないなんて……」
肩の装甲を大きく損傷はさせた。
でも、装甲を突破することは出来なかった。なんて堅さだ。
「大神を、妾の力をなめるな!」
ズンッと一瞬地面が揺れた。
「一体何しようってんだ⁉」
「分からないけど、私たちにとっては良くないことに決まってる。一旦距離を取った方がいいわ!」
サクヤに従い、僕たちは距離を取る。
「遅い!」
ズガガッと、ヤマトの駆る真・素戔嗚の足元の地面が針のような形状になって飛び出した。
「ヤマト!」
「くそっ!」
ヤマトはなんとかアメノハバキリでそれを砕いて事なきを得たみたいだけど、まだまだ地面から飛び出す針は襲い掛かる。
「こんなの、キリがないわ」
ヤマトの操作で機体を空中に飛び上がらせ、サクヤが九本の帯を三百六十度回転させて針を全て砕くが、また新たな針が形成される。
「ニニギ、貴様もよそ見をしておる暇はないぞ?」
僕の足元からも三本、針が飛び出してきた。
「分かっていれば!」
躱せないことはない。躱せないことはないけど、これはものすごく厄介だ。
バックステップで後ろに下がり回避する。
回避した先でも飛び出してきた針は、フツノミタマで斬り払い対処する。
「ちょこまかと! これならどうじゃ!」
――ズドドドドドド。
天帝黒陽孁を中心とした同心円状に、地面から勢いよく針が飛び出していく。
全範囲攻撃⁉ こんなことをしたら、高天原の地形がさらに大きく変わってしまう。
これは六次元の能力を使ったとしても回避しきれない。
飛び出してくる針自体は能力で回避することは可能だけど、全範囲に針があるんじゃあたどり着いたどの結果でも針のある場所の可能性が高い。そうなれば、結局は当たってしまうことになる。
フツノミタマで斬るにしても、一度の斬撃で斬れる範囲には限界がある。
「ニニギ、こっちだ!」
ヤマトが呼んでいる。
そうか、ヤマトの機体なら全方位に攻撃ができる。
「分かった!」
飛び出してくる針の波が届く前にヤマトの元に!
スラスターの出力を高めに出せば間に合う。
「飛ぶぞ、ニニギ」
「うん」
「私に任せて」
ヤマトの元にたどり着くと、波は背後まで迫っていた。
地面を蹴り飛び上がる。
サクヤが帯を操り、僕たちに向かって飛び出してくる針を全て打ち砕く。
「それで凌いだつもりか!」
打ち砕いたそばから、また新たにお婆様は針を生成してくる。
霊魂騎士に自由自在に空を飛ぶ機能はない。精々、スラスターの出力を頼りに、空中で待機するくらいだ。
僕の金閃公やヤマトの真・素戔嗚クラスの霊魂騎士の出力なら空中移動すらも可能かもしれないけど、その分、神力の消耗がバカにならない。
攻撃に使うならまだしも、今みたいに守りの状況には向かない。
十次元の力で何とかしたいけど、お婆様も同じ力が使える以上、何をやってもそれを超えてくるに違いない。
イタチごっこが続くだけだ。
様々な可能性が許されている中でもできることに制限がかかっている僕じゃあ、その舞台に立った時点で負けだ。
いつかは僕がついていけなくなり、結果、さらに強化されたお婆様が残るだけだ。
それだけは絶対にやってはいけない。
現に、この圧倒的な物量に苦戦している。
「攻撃と防御で役割を分けよう」
「どういうことだ?」
「このまま守り続けてもいつか限界が来る。神力が尽きたときが最後だ。反撃に出るべきだ」
「どうやって?」
「言ったように攻撃と防御に役割を分ける。僕が攻撃で、ヤマトとサクヤが防御だ」
終わりの見えない攻撃を回避しながら長い時間話し続ける余裕はない。手短に説明させてもらう。
「ヤマトの機体はこの攻撃を防ぎきることができる。けど、僕の機体じゃあ無理だ。だからヤマトには自分を守りつつ、僕の攻撃を補助してほしい。具体的には九本ある帯のうち二本を僕のサポートに回してくれればいけるはずだよ」
「残りは自分を守るために使えってか?」
「はっきり言って二本じゃ完全に防ぎきれる自信はないわよ? それに、二か所同時に別々の動きをやると、ぎこちなくなるかもしれないわ」
「だから、僕の方は二本でいいんだよ。致命傷級の損傷を追わない限りは復元できるからね」
「分かった。それでいこう」
決まりだ。
「この攻撃を凌いだら、突撃する!」
僕らに向かって突き出してくる針を帯が砕く。
ここからだ!
次が来るまでに短いけど間隔が生まれる。
その隙に突っ込む。
機体はあまり加速させない微加速で。でないと、自ら針に向かって突っ込んでしまうかもしれないからだ。
きた。
突き出してきた針の数は、数えるだけ無駄だ。
二本の帯が伸びてきて左右の針を打ち砕いてくれる。
「ありがとうサクヤ!」
残った正面は、フツノミタマで三連撃の斬撃を繰り出して斬る。
「愚かな!」
針が変わった⁉ それくらいはやってくるか。
今まで直線的だった針の形状が変幻自在にうねって、攻撃の方向を容易に察知させてくれない。
この機体の性能と今の僕の技量ならできるか。
「サクヤ、僕の動きに合わせてくれ! 回転する!」
「分かったわ! ヤマト、少しニニギの方に集中するからこっちのカバーお願い」
機体の重心を前に傾かせて飛ぶ。
飛ぶ瞬間に機体の上半身に捻りを加えて、地面を蹴った瞬間に回す。
後はスラスターを噴かせて、勢いをカバーする。これで機体を空中で回転させられる。
コックピット内にかかる重圧は物凄いけど、耐えろ!
「はぁぁぁぁぁ!」
重たくなったレバーを押し倒して、回転中に斬撃を放つ。
サクヤの操る帯もこの動きに合わせて回転している。
ガガガっと帯と針と接触する。
回転の勢いも加わっているためか、針は木っ端微塵に砕け散る。
僕の方は、フツフツフツフツと連続でフツノミタマで切断していく。
回転が終わり、地面に着地する。
一瞬、これまでかかっていた重圧から解放されたが、着地の瞬間にはまた、重圧がかかる。
「くぅ」
機体硬直か。
コンマ数秒だけど、機体硬直が起きている間は動けない。
当然、その間も針は襲ってくるけど、それは帯が撃墜してくれる。
その間に機体硬直から解放され、再び前に出る。
流石に全てを防ぎきることは出来なかったようで、機体には十か所くらいダメージを負っている。
どれも、少し大きめの掠り傷だ。問題はない。
復元しておく。
「仕留められぬか。ならば、これならどうじゃ!」
ズズズと巨大な質量が動く。
「な⁉」
お婆様は、大規模な高層ビルくらいはありそうな巨大な針を五本作り出していた。
僕たちを仕留めるためだけに、あんな巨大なものを⁉
あれだけのものを作るのに一体どれだけ関係のないところから。
お婆様のこの攻撃は、ゼロから針を生み出しているんじゃあない。
既に存在しているものを作り変えて攻撃に使用している。
その証拠にこの辺りの地面は低くなってる。
あの規模だと、居住区もあれに含まれているはずだ。
「俺への攻撃が止んだかと思えば、ありゃあ冗談だろ?」
「この機体でも、破壊しきれないわね……」
回避は当然無理だ。いや、できないことはないが。あれに集中したせいか、他の攻撃は止んでいる。
六次元の能力を使えば回避は出来る。
けど、六次元の能力の対象は僕だけだ。
あの規模だと、僕が回避してもヤマトとサクヤも巻き込まれてしまう。
二人と共に別世界に逃げることもできる。
けど、それを行えば、攻撃によって起る余波は大規模な破壊を引き起こすだろう。
その範囲は大きい。
今も戦っているオリタさんたちや、戦闘員じゃあない八百万の神たちも巻き込まれてしまう。
そんな事態は防がなければならないし、防ぐ手段はあるにはある。
一つはあれを破壊すること。
もう一つはお婆様を倒すこと。
この二つしかない。
ただ、手段として存在しているだけで、現状どちらも実行できるかと言われればそれは別なんだ。
破壊するにしても、戦力が足りない。
同様に、こんな状態になってしまった今は、お婆様を倒すにも戦力が足りない。
撃破と言う意味では、別世界に逃げて、やり過ごしてから戻ってくれば追い込んでいるのだから可能だろう。
けど、多くを犠牲に得る勝利なんて僕は受け入れない。
その手を取らないとこのまま全てを失ってしまうのか?
諦めたくないし、諦めるつもりは毛頭ない。
でも、それだけじゃあ、救えない。
分かってる、この選択は愚者の選択だって。でも――
「ヤマト、サクヤ。僕はあれを破壊する! 無理だって思うなら人間界に戻ってくれて構わない。今のサクヤなら扉が開けるはずだ」
「おいおい、今更引く分けねぇだろ? それに、負けるなんて予定は最初から俺にはねぇからな」
「そうね、それくらいしてくれなきゃね」
「……そっか。ありがとう。行くよ!」
「おう!」
「うん!」
ここまできたら少々は関係ない。十次元の力でできる限りの強化を入れる。
「ニニギ様、あれを破壊するには少々戦力が足りないのではありませんか?」
この声は⁉
「サルタヒコ!」




