真・素戔嗚
「……これは」
「おいおい、暴れたな」
僕たちが戻ってくると天高くそびえていた社は無くなっていた。あるのはその残骸だけだ。
社を支えていた、折れた柱だけが残っている。
「貴様ら。どこに行っておった。 どれだけ探ろうとも見つけられなんだ」
「教えねぇよ。その代わりと言っちゃあなんだが、いいもん見せてやるよ。……サクヤ」
「うん!」
「なんじゃ? 一体何をするつもりだ?」
「言っただろ? いいもんだよ」
「……これは⁉」
お婆様は言葉を詰まらせた。
青藍一式から青い蒸気のようなものが立ち上り、包まれた。
コックピットの中でヤマトは笑っているだろう。
蒸気が晴れる。
現れたのはやはり青い霊魂騎士だ。
シャープさはより精錬され、さらに荒々しく、攻撃的な印象を増していた。
また、背中からは布のようにたなびく薄い金属の帯が六本、伸びている。
加えて、それよりさらに細いものが後頭部からも三本伸びていた。
「これが、青藍一式の真の姿。……いや、青藍一式じゃあなくて『真・素戔嗚』かな」
話に聞くスサノオ様のような荒々しさが出ているビジュアルだ。
「俺の考えた青藍一式は?」
「本当の名前があったんだから、あんたのは却下よ。というわけで真・素戔嗚だから」
「そんな……」
こんな僕たちの名前をめぐるやり取りはそっちのけで、お婆様は強い衝撃を受けていた。
「馬鹿な。スサノオ、じゃと? なぜ、貴様が再び妾の前に」
効果は覿面のようだ。僕の方はまだ伏せておいた方がいいかもね。
お婆様の思考が再び正常に働き始めたときに、僕が十次元に迫ったのを知ったらもっと揺らぐはずだ。
それを狙う。
「畳みかけるぞ、ニニギ!」
「僕は右から行く!」
左腕を失っているから、左から行くと攻めにくいのだ。
「近付くな!」
今の段階じゃあお婆様の未来を見ても何をしているのか分からない。
だからこれまで通り、見るのは僕自身の未来だ。
見えるのは機体がバラバラに崩れた光景。
掠っただけで金閃公の左腕を持っていった攻撃だ。直撃すれば、ああなるということだ。
「ヤマト、この金閃公の左腕を持っていった攻撃が来る!」
「オレに任せろ!」
ヤマトの機体が前に出てアメノハバキリを前方で高速回転させた。
「相変わらずその攻撃はよく分かんねぇけど、一つだけできることがあるんだよ」
偶然だけど、フツノミタマに当たったとき、弾かれて金閃公の右腕は無事だった。つまり、霊剣なら弾くことくらいはできるということ。
バチィッと、高速回転するアメノハバキリにその「何か」が弾かれた。弾かれた「何か」が斜め前の地面を抉った。
「くうっ、衝撃がすげぇ」
「ごめん、ありがとう!」
弾けはするけど、衝撃を打ち消すのまでは無理みたいだ。
あの攻撃は交互に受けた方がいい。一人だけじゃあ弾ききれなくなってしまう。
「ヤマト、また次が来る。僕が弾くからヤマトは前に!」
「頼む!」
見たのは約四秒後の未来だ。
それも正面から直撃して木っ端微塵になってしまうというものだった。
タイミングを合わせてフツノミタマを振れば弾ける。
一、二、三、ここだ!
「はぁぁ!」
フツッ、と何かを斬った。……斬れた⁉
衝撃もほとんどない。確かに前回は鍔の辺りに当たったけど、ヤマトのアメノハバキリでは斬れていなかった。回転していて刃の部分に当たっていなかったからなのか?
確かめる必要がある。
「ヤマト、次は回転じゃなくて斬ってみてくれる? 五秒後に僕の正面に来る」
「なんでだ?」
「ヤマトからは見えてなかったけど、弾くんじゃなくて斬れたんだ」
「マジか⁉ で、俺も試してみろって事か」
「あと二秒後、これは僕がやる。次にお願い」
タイミングは掴んでいる。その感覚を頼りにフツノミタマを振るう。
――フツ
うん、やっぱり斬れる。
「次は三秒後、ヤマトの正面だ!」
もしかしたら、フツノミタマだから斬れるのかも知れない。アメノハバキリで斬れなくても、弾けることは証明済みだ。
斬れるというなら、交互にじゃなくても斬りながら接近できる。
斬れないなら、僕が全部斬ってヤマトに攻撃を託すまでだ。
「うおぉぉ⁉」
バチィィっと音がしてヤマトの真・素戔嗚の足元が弾けた。ヤマトの機体も大きく体勢を崩してしまっている。
それが意味するのは、アメノハバキリでは斬れなかったということ。
やっぱり、斬れたのはフツノミタマだからということか。
確認しつつ、再び飛んできた、触れれば終わる何かを斬り伏せる。
「……フツノミタマ。その性能は知ってはおったがここまでとはの」
聞えてきたお婆様の声色から、コックピットの中でワナワナと震えているのが想像できる。
距離からして、あと二回凌げば僕かヤマト、あるいは両方が天帝黒陽孁を間合いに捉えられる。
「このまま一気に押し込むぜぇ!」
ヤマトは盛大にスラスターを噴かし、加速。矛を振りかぶって一直線に突撃した。
「……そういうことか」
あえて、単純な突撃を仕掛けることでヘイトを全て自分に集める気だ。そうすることで、僕の負担が軽くなる。僕とヤマトの未来を瞬時見るという負担が。
ヤマトの未来だけを見ればいい。そして、お婆様の攻撃にタイミングを合わせて、僕がそれを斬り落とす。
そこまで計算積みで動いているのか、ヤマトの機体は僕の金閃公が少し速度を出しただけで先回りできるくらいの速度で動いている。
そういうことなら、ヤマトに合わせるだけだ。
お婆様の攻撃までは少しだけ速度を落として真・素戔嗚の後方についておく。
そこで様子を窺い、出番が来たら前に出て仕事を果たす。それを二回やり終えたとき、天帝黒陽孁を射程圏内に捉えられる。
――四秒後か。
心の中で二秒数えたところで動き出す。ペダルを踏んでスラスターの出力を上げて加速させる。
ヤマト機より前に出る。衝撃がくるまで、あと一秒。
フツノミタマは腰で横に構えている。
それを今、振りぬく!
――フツ。
「よっしゃ! いいぞ、ニニギ」
横をヤマト機が通り抜ける。そうしたら、すぐに予知だ。
……っこれは⁉ こういうのもあるのか⁉
ヤマトの真・素戔嗚と一緒に僕の金閃公が爆ぜる光景が見えた。
後方にいる僕の機体までやられていること、機体の爆ぜ方が前方だけじゃあなくて前後左右からということ。この二つの事から、これは全方位からの攻撃。
当然だ。お婆様は不完全だけどなんでもできる。だから、何をしてきても全くおかしなことじゃあない。
「ヤマト、全方位からの同時攻撃だ」
「どうすんだよ」
分かっていたところで、どう対処したらいいのか。
僕がフツノミタマで斬れるのは三つが限界だ。
ヤマトが弾けるのは一つとみていい。
全方向から来るのは分かっていてもその数までは分からない。僕たちのやられ方を見るに、四つだけということはない。
「大丈夫、対処できるわ」
「サクヤ⁉ 対処できるって、どういう……」
「背中についてる帯がただの装飾品だと思った? これの武装みたいよ」
「武装つったって、どうやって操作するんだ、これ?」
「背中とあとは後頭部からも生えている奴は私で動かせるみたい。だから、任せて。ニニギ、タイミングは?」
「に、二秒後」
一呼吸あって、真・素戔嗚の背中、後頭部から生えている帯が動き出す。
回転したそれに何かが当たった。十個分の何かが弾かれた音がして、離れた地面に十個の爆ぜてできた窪みができる。
これは強い。
あれを弾けるということは、あの帯――武装の一つ一つが霊剣並みだということだ。
つまり、真・素戔嗚はアメノハバキリと合わせて、十本もの霊剣を同時に扱えるということ。
さらに、操作権はサクヤにあるから真・素戔嗚一機で、最低でも二つの事態に同時に対処できるということだ。
「……なんじゃ、なんじゃそれはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あまりの出来事に、お婆様の動きが止まっている。ただ、その場で叫んだだけだった。
「合わせろよ、サクヤ」
「分かってるわ」
「「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
十本分もの霊剣による攻撃が天帝黒陽孁を襲う。
「これしきり、これしきりぃぃぃ!」
漆黒の霊魂騎士の性能は流石と言うべきなのか、五本分を凌いで見せた。
けど、それ以上は敵わず、サクヤの操る四本が両腕と腰を削り、アメノハバキリががら空きとなった胴体に打ち込まれた。
「ぐぅぅぅっぅぅぅ!」
その衝撃で漆黒の霊魂騎士は後方へ飛ばされたが、機体は中破に至らない程度だった。
「……マジかよ。あれで無事なのかよ」
「全くの無傷ってわけじゃなさそうだけど、あれを食らっても小破くらいなのよね」
確かに、天帝黒陽孁の装甲は堅い。堅すぎる。霊剣の一撃を食らって小破だなんて、反則だ。
「最初は手も足も出なかったけど、今はこうして少しでもダメージを与えられた。このまま押し込む」
真・素戔嗚の背中と後頭部にある帯が武装だとは、僕もヤマトも思っていなかった。サクヤも後から気づいた。
僕たちが知らなかった分、敵であるお婆様の受けた衝撃はそれ以上だろう。
ずっと前からお婆様は動揺させられ、予想外のことに衝撃を受けさせられが続いている。今なんかはついに、攻撃が入った。
カードを切るなら今だろう。
「コトアマツカミ起動!」




