パワーアップ
「先ずはニニギからですかね。結論から言うと貴方はほぼ大神と同等の力を得られます」
「……え⁉ 大神とほぼ同等の力を、ってええ⁉」
いきなり凄い発言が飛んでた。僕の聞き間違いなんじゃあないかって思った。
「コトアマツカミというシステムのおかげですね」
そのまま話を進めたってことは、本当らしい。
「えっと、コトアマツカミは霊魂騎士を介して、疑似的に九次元まで到達することができますけど」
でも、大神には決して届きはしない。
「コトアマツカミという装置は、姉が自分のために開発ものだと言っていましたね?」
「はい。それが……あ」
自分では足りていない部分を補うために開発されたものだ。
大神の資格がある僕は元々、九次元まで自力で到達することができる。
そこにコトアマツカミを加えれば……。なるほど、ツクヨミ様の言っていることは理解できる。
「理解しましたか。しかし、姉はニニギのことを見ていなかったのですね」
もの悲しそうにツクヨミ様は言った。
「ニニギが資格ある神だと気付いていないのですから。姉なら、そんな神にコトアマツカミを持たせはしないでしょう」
事実、それは脅威になろうとしている。
お婆様がそのことに気づいていないのは、ツクヨミ様が言うように僕のことを見ていなかったから。
さっきの戦いでも、碌に見られていなかったんだろうな。まぁ、サクヤに気を取られていたっていうのはあるけど。
そのおかげで勝利に繋がるというのも、少しだけ複雑な気分だ。
「さて、次はそちらのお嬢さん……」
「あ、サクヤって言います」
「そう、サクヤですか。なんとなく察しているかと思いますが、貴女が一番重要です」
ツクヨミ様の言うように、大体察していたのか、サクヤは頷いた。
「貴女の中には弟の遺志が宿っています。恐らく、弟はニニギのような者が現れるのを待っていたのでしょう。それが、貴女が能力に目覚めた理由だと思います」
「まさかそれだけで勝てるっていうんじゃあねぇだろうな?」
「当たり前です。本題はそこからですよ。サクヤ、貴女が変身する霊魂騎士にはまだ可能性があります」
「可能性、ですか?」
一体何の? とサクヤは首を傾げた。
一口に可能性って言っても、まだ強くなれる、とか実は隠された機能があるとか、色々と考えられる。
「はい。強化、と言うのがいいでしょうか。今より、もっと性能の高い霊魂騎士に変身することができるでしょう」
まだ強くなれるのはいい。けど、それは果たして、お婆様に打ち勝つことができる力なんだろうか?
機体の性能が上がる云々の話じゃあない。
ツクヨミ様がそんなことを、分かっていないはずがない。
きっと、僕が考えられなかったことだ。
「それは、具体的にはどういうものなんですか?」
「……そうですね。今は内にある弟の遺志が、漏れ出ている程度なのです。強化と言うのは、漏れ出ている、ではなく解放することです。それによって、本来の性能を発揮できるようになるはずです」
「本来の性能?」
「はい。最初にサクヤが変身している機体を見ましたが、あれは弟の霊魂騎士『素戔嗚』によく似ていました。弟の遺志が能力となって出てきたときに再現されたのでしょう」
「つまり、完全に解放すれば本来の素戔嗚が出てくる、ということですか?」
なるほど、少しだけ分かった気がする。
スサノオ様は昔、お婆様と戦った。その結果、負けてしまった。だけど、お婆様の取り乱し様から、スサノオ様は脅威なんだと推測できる。
サクヤの能力の根源である、スサノオ様の遺志が僅かに漏れただけでも、物凄い性能だった。
それが完全に解き放たれたら、お婆様に対する有効打には十分成り得る。
「そういうことでいいですよ。もう一人、誰かがいると感じたことはありませんか?」
そのことはサクヤから聞いている。変身している間、自分じゃない誰かがいるみたいだって言っていた。
ツクヨミ様が言っているのは、それのことで間違いないだろう。
「……あります。けど、それを解放するっていうのはどういうことなんですか?」
サクヤの言うことはもっともだ。
サクヤの中に、スサノオ様の遺志が宿っていることは分かる。けど、それを解放するというのがどういうことなのか、皆目見当もつかない。
「そんなに難しいことではありませんよ。ただ、それを受け入れてやればいいのです」
「受け、入れる?」
いまいち要領を得ない、という顔でサクヤが聞き返した。
僕もヤマトも分からない。
「恐らくですが、貴女はそれに対して恐怖などの感情を抱いてはいませんか? それは一種の拒絶と言えます。それを失くす、それだけでいいのです」
そう言えば、ちょっと怖かったっとも言ってたっけ。
「でも、そんないきなりってむずくねぇか?」
言っていることは理解したけど、とヤマトが言った。
「ううん、多分大丈夫な気がする。怖いって感じてたのは、それがなんなのか分からなかったから。けど、今はなんで私に能力があるのか、あれは誰だったのかが分かってるから」
だから、もう怖くなんてないはず、とサクヤは真っ直ぐに言った。
「なら、いいんだけどよ。その場合、どうなるわけ?」
「なにが?」
「スサノオ様の遺志を受け入れたら、スサノオ様の遺志が表に出てくるって事だろ? その時の主導権はサクヤなのかスサノオ様なのか、どっちよって話」
「僕も一瞬考えたけど、心配する必要はないと思うよ」
サクヤの中に宿っているのは、遺志であって神格じゃあないから。
仮に、神格なんかがあるならサクヤが能力に目覚めた時点で、何かを訴えかけてくるはずだ。
遺志を反映した霊魂騎士という、神格なんかよりも大きなものが出てきていて、神格が出てこないなんて有り得ない。
出てきていないということはつまり、そういうことだ。
「ええ、ニニギの言う通りです。残っているのは遺志、強い思いですので。それが能力となって反映されているのです」
ヤマトは、神格による主導権云々については理解したようで頷いていた。
が、遺志が、能力がということについては上手く理解できていないようで、微妙な顔で首を捻る。
「遺志が、というより、能力を受け入れられていないと言った方がいいでしょうか」
「ハァ?」
「えっと、サクヤは能力の全てを受け入れ切れていないってこと。言っちゃえば、サクヤがまだ踏み込んでいない、スサノオ様の神格も能力ってことで……」
説明をしてもヤマトの表情はすっきりとしないようで、うんうんと唸っている。
「よく分かんぇけど、俺が心配してたことは起らねぇってことだな。それならいい。結局はサクヤの問題だからな」
で、どうなんだ? とヤマトはサクヤに視線を向ける。
「自分の能力を恐れないで、ってことよね? うん、大丈夫。私にはニニギもヤマトもいるから。それよりも、パワーアップした機体にヤマトがついていけるか、ってことの方が心配ね」
「おいおい、俺のセンスなめんなよ?」
サクヤの口ぶりから、受け入れられない、なんてことはなさそうだ。
ヤマトのことは、ふざけ気味に言っているだけだから大丈夫だ。
僕の金閃公の左腕は吹き飛んでしまったけど、逆転できる戦力になれる。
逃げ込んだ先にツクヨミ様がいたのは運がよかった。
いや、違うか。
単なる偶然で片付けられない。
多分だけど、これは運がいいとかじゃあないと思う。
スサノオ様の想いが導いたんだ。そんな風に思える。
三千年前の戦いは負けてしまったけど、そこで終わらなかった。先に繋げることにしたんだ。
その結果、今がある。三千年の時を超えて、悲願がなされようとしているんだ。
「最後に一つ、大事なことを教えておきます」
微笑ましく僕たちの様子を見ていた、ツクヨミ様が口を開いた。
それは何なんですか、とは僕たちは言わない。黙って言葉の続きを待つことにした。
別に勿体ぶったつもりはないんだろうけど、少し間を開けてからツクヨミ様は続きを言った。
「姉に勝つために一番必要なものです。それがなかったから、三千年前は負けたのだと思います」
前半の言葉はハッキリと、後半の言葉はしみじみとした様子だった。
「……それは仲間です。三千年前は弟を一人で戦わせてしまった。ワタシも一緒に戦っていれば、結果は違っていたかもしれません」
僕たちが黙って聞く中、懺悔でもするように語り続けた。
「先ほども言いましたが、どの代も大神は一柱ではありませんでした。複数人で務めていたのです。大神というのはそれほどに重い存在なのです。ワタシたちは三人で務めるはずだった。対立する姉と弟。ワタシは中立という立場にいた……つもりでした。ですが、それはただの逃げ、だったのでしょうね。だから、これはせめてもの罪滅ぼし、とでも言いますか」
最後は自嘲気味に肩をすくめてみせた。
「その点、貴方たちは違います。先ほどサクヤが言っていましたが一人ではありません。それも神と人というこれまでになかった全く新しいことです。そこにワタシは可能性を感じているのです」
人と神が、それは僕の目標でもある。
そもそも、どんな思惑があったかは知らないけど、お婆様が僕を人間界に送った。
その結果、僕はヤマトとサクヤに出会った。
スサノオ様の子孫とお婆様の血縁、そして人間。それらが交わることで、生まれた可能性だ。
偶然じゃないとしたら、導かれるように訪れたことだ。
「必ず、お婆様に勝ってきます!」
「もう負ける気がしねぇな」
僕たちが言うと、ツクヨミ様は一人一人の顔を見て満足そうに頷いて言った。
「ご武運を。あと、この世界はとてもゆっくり時が流れているので時間のことはご心配なく」
ツクヨミ様は気を利かせて、僕たちが気にしていたであろう時間のことも説明してくれた。
こっちで過ごした時間は、元の世界に戻ったら数分間の出来事でしかなかったということになるらしい。
さぁ、いよいよ最後の戦いだ。
サクヤは再び霊魂騎士に変身し、ヤマトが素早く乗り込む。
僕も早く搭乗しようとしたところでツクヨミ様に声をかけられた。
「すいません。出端を挫くようになってしまうのですが一つ」
「なんですか?」
「ニニギ、何度も言いますが貴方は大神の資格ある神です。恐らくですが、今資格ある神は貴方しかいないでしょう。となれば、姉を倒した後の大神は必然的に貴方となります」
ツクヨミ様の言いたいこと。それは、一柱で大神になり失敗をした前例がある中、僕一柱で大神を務めることになる。その時、どうするのかということだろう。
その答えは決まっている、悩む必要なんてない。
「僕だけしかなれないなら僕だけで大神を務めます。けど、神たちみんなに支えてもらうつもりです。出来たら、人間たちにも支えてもらえたら嬉しいな」
自信をもって答えた。
「そうですか。いい考えだと思います。ですが、新しいことをするときには、必ずと言っていいほど困難が待ち構えているものです。決して楽な道のりではありませんよ」
厳しくも優しい言い方だった。
「これ以上、ワタシから何か言うのは違いますね。既に色々と言いすぎていますが。今の私は浮世から離れた身ですからね」
ですから今ので最後です、と微笑むツクヨミ様からは言外に、さぁお行きなさいと言っているように感じた。
僕は無言で頭を下げた後、金閃公のハッチを開け、コックピットに乗り込んだ。
「ヤマト、サクヤ戻るよ、準備はいい?」
機体を起動させて二人に確認する。
元の世界に戻る準備と、ツクヨミ様から聞いたサクヤの覚醒についてだ。
「ああ、すぐにでもいいぜ」
「え⁉ ちょっと、すぐだと間に合わないじゃない!」
「二人とも⁉」
「ちげぇよ。俺に考えがあるんだよ」
「考え?」
「ああ」
幸いにもこの世界での時間の流れは遅い。少々話をしても問題はない。
「分かった。話してみて」
一旦動きを止めて話を聞こう。
「もう一度あのバァさんから冷静さを奪うつってたろ? それでいい方法を思いついたんだよ」
「だから、それが何かってことよ」
「サクヤのパワーアップだよ。目の前でやってやるんだ」
「うーん。そりゃあ、相手が強くなったら衝撃は受けると思うけど……」
いや、待てよ。そういうことか。
「いい考えだと思うんだけどなぁ」
「ごめん。それ、いいかも」
お婆様が最初に取り乱した理由は、漏れだしていたスサノオ様の遺志を無意識のうちに感じていたから。
なら、目の前でスサノオ様により近いものになったらどうなる?
きっと、取り戻した冷静さを失うはずだ。
思ってもいないものが出てくるのと、これは大丈夫だと思っていたものがそうなるのとではどっちが効果的だろうか。
僕は後者だと思う。
お婆様が冷静になったのは多分、スサノオ様を感じ取れはするけど、所詮は劣化したものだ、とかって思ったんだろう。
一回、安心させたものができていなかったら?
うん、ほぼ確実に取り乱す。
「だろ⁉ だろ?」
僕が肯定すると、ヤマトは、やっぱりなぁ! と言った。
「あと、多分まだ若干取り乱してると思うぜ?」
「理由は?」
「そのコトアマツカミは自分のための物だとか言ってた割に、さっきは全力で消しに来てただろ。最初の目的見失ってねぇか?」
それはつまり、混乱しているということだ。
「なるほどね。そこをさらに突いたら、ってことか」
「おうよ!」
「そういうことなら、私も異論はないわ」
サクヤの了承も得た。これであとは実行に移すだけだ。
元の世界に戻る前に僕の方も考えておかないといけないな。
大神の資格がある僕は自力で九次元まで至れるらしい。そこにコトアマツカミを使うことで限りなく十次元に近づける、というのがツクヨミ様に聞いた話だ。
今までの戦闘は全て、コトアマツカミの力で高次元に到達し、その力を使ってきた。
タケミカヅチが言っていたように一朝一夕では扱うことができない力を、次から次へと高次の力を使っていった。まだ粗削りな部分はあるけど使ってこれた。
今思えば、それは元々の潜在能力があったからこなせた芸当なのかもしれない。
僕自身、ツクヨミ様に言われるまで、資格があるなんて気づきもしなかった。
まだ、自分自身の力で高次元に行ったことはないけど、コトアマツカミでその感覚は掴んでいる。
ここは何もないから五次元と六次元の力は試しにくいな。
ひとまず七次元まで行ければ分かる。
コトアマツカミは、十次元の力を解放した漆黒の霊魂騎士をモチーフにして作られたんだろう。
黒い球体が出てくるのはあの霊魂騎士が黒いから。勾玉が回転するのは円環を現しているだと思う。
だから、そういうイメージを自分の中で描いてコトアマツカミを使ったときのようにすれば自力でも。
「うん、できた」
今の状況でも分かりやすい七次元まで一気にきた。
このまま意識を集中させて、観測する。
その状態でもう一度イメージをして八次元に行く。
疑似的とはいえ、一度体験して成功しているのは大きい。
観測した元の世界と繋がった。このままどんどん意識を集中させれば、向こうに戻ることができる。
「ヤマト、サクヤ。僕の準備は出来たよ。そっちは大丈夫?」
「ああ、いつでも行けるぜ」
「私も」
「じゃあ、戻るよ」
意識に吸い込まれていくような感覚。この感覚が途切れたときに、僕たちの世界に戻っている。その時が再戦の開始の合図だ。




