ツクヨミ
僕とヤマトが霊魂騎士から降り、サクヤが元の姿に戻ると女神は金閃公の右足の内側に腰掛けた。
「貴方たちも座るといい」
そう言って、女神は左足の方を指した。
女神と対面する形になる。
「まずは自己紹介からですね」
コホンと一つ咳払いをして続けた。
「ワタシはツクヨミ、と言えばわかりますね?」
「え⁉ ツクヨミ様ってお婆様の」
ヤマトとサクヤはいまいちピンと来ていないのか反応が薄い。
「そう、妹です」
そしてスサノオ様の姉でもある。
「でも確かツクヨミ様は姿をくらまされていたはず」
スサノオ様が追放されてからすぐの出来事だ。
「ええ、もはや姉にはついていけませんでしたから。本来ならここに来客などないはずですが、誰かがやってきたものですから興味がありまして、こうして姿を現したのです。……そちらの二人はよく分かっていないようですね」
ツクヨミ様はヤマトとサクヤをちらりと見て言った。
「ええと、この方はお婆様の妹で」
「それは分かったんだけどよ」
「なんでこんな場所にいるの? ここって大神が創った世界なんでしょ? でもツクヨミ様は大神じゃないんでしょ?」
それは僕も気になっていた。
まさかツクヨミ様が出てくるとは、思ってもいなかったからだ。
「そうですね。ここはワタシが創った世界ではありません。かつての大神が創った世界です。それを見つけたので、住まわせてもらいました」
「見つけたので、ってツクヨミ様は八次元の存在ってことか?」
「そうですね。正確には大神もどき、ですが」
「大神もどき、ですか。何なんです?」
「大神になれなかった、大神になる資格のなる神の事ですよ。大神もどきはワタシが、勝手に言っているだけですが」
知らなかったのですか? と、少し意外そうにツクヨミ様は言った。
「大神は誰でもがなれるものではありませんから。なれる者は皆、先天的に資格を有しているのです。そして、貴方はその資格を持っています。ニニギ」
「どうして、僕のことを?」
こっちから名乗った覚えはない。
「それは、姉の孫ですからね。そして、そちらのお嬢さんは弟の子孫ですか」
ツクヨミ様は次々と言い当てていく。そういえば、サクヤが霊魂騎士に変身していることも、一発で言い当てていた。
「お、俺は?」
何かを期待した様子でヤマトが尋ねた。
「貴方は、ただの人間です」
「そ、そうか」
ヤマトは肩を落とした。周りが特別だから自分も、って期待したんだろうなぁ。
「さて、話を戻しますが。ニニギはどうも、大神のことについて知らないようですから、説明しておきます」
お婆様を倒して僕が次の大神になる、なんて言ってたけど、どうすれば大神になれるのかなんて知らなかった。
「大神になるには、二つのことがあった場合です。一つは先代の大神から、その席を譲られた場合。もう一つは先代の大神が死んだ場合です。いずれかのことがあった場合、資格のある神が、大神になることができます。」
「それは分かったんですけど、ツクヨミ様が八次元、それと多分九次元までの力が使えるのはなぜなんですか?」
「資格のある神は、自力で九次元まで辿りつけるからですよ。現に貴方も、九次元の領域まで至っているではありませんか」
「ええ⁉」
つまり、僕はコトアマツカミがなくても、九次元の領域まで行けたということだ。
「何を驚くことがあるというのですか?」
驚く理由が分からないというツクヨミ様に、コトアマツカミについて説明した。
「なるほど、コトアマツカミですか。いかにも、姉らしい発想です。しかし、あれから三千年ほど経ったのに姉は変わっていないのですね」
そう言うとツクヨミ様は、残念そうにため息をこぼした。
「三千年前に、なにがあったんだ?」
ヤマトが聞くと、ツクヨミ様は遠い目をして答えた。
「そうですね。貴方たちは、姉を倒そうとしているようですし。攻略のヒントに繋がることでしょうからよく聞いておいてください」
そう前置きすると、ゆっくりと語り始めた。
「先代の大神、ワタシたちのお父様が死んだときのことです。今思えばその時から、いえ、もっと前からかも知れませんが姉は歪んでいました」
姉を見た貴方たちなら分るでしょう、と言うツクヨミ様に頷き返す。
「本来は、ワタシたち姉弟三人で大神となるはずだったのですが、そうはなりませんでした」
三人で大神に?
「あの、三人で大神に、ってどういうことですか?」
話はさえぎってしまうけど、どうしても気になってしまった。
「……ああ、そうですね。姉が長く大神の座についてしまっているから。姉より前の代まで大神は全て、複数の神だったのですよ」
不思議な質問だったようだけど、何かを理解したようにツクヨミ様は答えた。
「そんなことが⁉ でも、本には一柱しか名前が」
「恐らく、姉が揉み消したのでしょう。姉にとっては都合が悪いことですから。ニニギが大神について知らなかったのも、譲る気がないから教えていないのでしょう」
「おいおい、やっぱひでぇな」
ヤマトの発言に対して、そういう姉です、とツクヨミ様は諦めたような顔をした。
「それじゃあ、私のご先祖様だっていうスサノオ様を追放したのも」
「ええ、大神の件でのことです。弟は、真っ向から反対して戦ったのですが、大神となった姉には敵わず……」
眼を軽く伏せて言った。
「それ以来、ワタシは諦めてしまいました。こんなところに一人でいるのは、それが理由です」
どこか自嘲気味にツクヨミ様は言う。
「ですが、貴方たちを見ると姉を倒せてしまうのではないかと思ったのです。本来ならワタシはもう誰とも関わる気はありませんでした。ですが、訪れたのが姉の孫と弟の子孫ということで何かを感じたのです。ですからこうして姿を現しました」
ツクヨミ様は諦めた表情から希望に満ちた、とまではいかないけど活力のある表情になって言った。
「三千年前は諦めてしまったワタシですが、貴方たちならきっと姉を倒せるでしょう。今更ワタシが表に出ることは出来ませんが、入れ知恵くらいは出来ます。その後は託します」
「ありがとうございます」
「いえ、礼を言われることではありません。むしろワタシが謝るべきです」
いったい何を謝るというのだろうか。僕は首を傾げた。
「姉の件は、本来ならワタシが解決するべき事でした。それを途中で放り出して後の者に任せてしまった」
申し訳ないと頭を下げられる。
「え、いや、あの。そんな頭を下げられても。ツクヨミ様のせいだと思っていませんから」
「そうだぜ。時効だ、時効」
「……ヤマト、それは違うような」
「それだとフォローにならないじゃない」
そんな僕たちのやり取りを見てツクヨミ様はポカンとした表情になった。
そして――
「ふふふ、はは」
笑い出した。
「えっと、なにかおかしかったですかね?」
「いえ、ごめんなさい。そのようなやり取りが、神と人の間で起きるとは。それが嬉しくてね」
ツクヨミ様は憑き物が取れたようにスッキリした顔になっていた。
「それじゃあ、待たせましたね。姉を倒すヒントを教えましょう」
僕たちは姿勢を正した。




