その神は
「……ここは」
暗い場所だった。
暗いと言っても、周囲は見えるけど。
ただ、周りには何もなくて、無数の大小様々な穴が空いているのが見えるだけだ。
地面は見渡す限り、灰色の砂で覆われている。
八次元の力を使って別世界へ行ったときに、帰るために元の世界を観測しようとして見えた場所のはずだ。
「ニニギ、こりゃいったいどういうことだよ」
状況を説明しろ、とヤマトが言った。
「お婆様は多分、十次元の力を使った。だから、こうして別世界に逃げてきたってわけ」
「なるほどな。けど、大丈夫なのか?」
「なにが?」
「別世界つっても、あのバァさんが創ったもんなんだろ? 追ってくるんじゃあねぇのか?」
確かにそれは十分あり得ることだ。
お婆様だって僕が使える能力は全て使える。それなら当然、追ってこられるだろう。自分が作った世界なら容易いはずだ。
「そんなに心配する必要はないよ。ここはお婆様が創った世界じゃあないから」
とは言っても、僕がここを観測できた以上、お婆様も観測してやってくるかもしれない可能性はある。
だから、絶対安心とは言えないけど、ひとまず落ち着いてもいい。
「じゃあ、ここはなんなんだ?」
「分からない。考えられるのは、お婆様以外の大神が創った世界ってとこかな」
「なら、新しく世界を創るって事でも先越されてたわけだな。あのバアさんは」
ここの事を知ったら、お婆様はどうなるんだろうか。
もっと無茶なことをするかも知れない。
「状況確認も済んだし、どうするか考えよう」
「十次元の力に対してか? つか、あれはどんな力なんだよ?」
「それは、分からないけど。新しく世界を創ったりとかしてるわけだし、全ての可能性が許された力なんじゃあないかな」
「んだよそれ、反則だろ」
どうすればいいんだよって、なるのは分かる。
だけど、どうにかしないといけないんだ。
「ちょっといい?」
サクヤだ。
「今の話には関係ないんだけど、ここ、私たちの他にも誰かいない? そんな気配がある気がするんだけど」
二人はそんな気はしないの? とあまり自身なさげにサクヤは言う。
「いや、全然感じねぇけど?」
気のせいじゃねぇのか? ときっぱりヤマトは言った。
言われてみれば、僕もそんな気配を感じる気がしないこともないけど、断言はできない。
「うーん、どうだろ」
曖昧な返答になってしまう。
周囲は見えるけど、暗くて遠くの方は見えない。
もしかしたら、そこに建物があって誰かがいるのかも知れない。
灰色の砂とたくさんの穴しか見られないけど、お婆様が創った世界のような“失敗”は感じられない。
なら、こんな環境でも何らかの生命体がいる可能性はある。
サクヤの言うことを信じて散策してみるか? 一応、僕だって言われてみればそんな気はしたんだし、本当に何かいるのかもしれない。
いや、時間はあまり多くない。
仮に、何かいたとしてもそれが何だっていう話だ。それが僕たちにとって、無害なものだっていう保証もない。
十次元の力を使い始めた、お婆様への対策を考えた方がいい。
「ごめん、何かいるのかも知れないけど、今はそっちに時間を割けないんだ」
「……ん、そうだよね。一応伝えておこうと思って」
「うん、ありがとう。警戒はしておくよ。ヤマト、そういうことだから」
「あんまし分かんねぇけど、分かった」
とりあえず、この件はこれで話がついた。
「で、あのバァさんについてだけど。俺はもう一回取り乱させればいけるんじゃねぇかと思う」
「確かにあの時のお婆様は戦いやすかったけど」
「だろ。能力は強ぇけど戦闘に関しては俺らの方が上なんだ。能力を封じるまでは行かなくても、十二分に使わせなけりゃあ勝機はあると思うぜ」
ヤマトの言っていることは間違ってはいないんだろうけど、それだけじゃあ足りない気がする。
不完全とはいえ、相手は大神なんだ。
有効かも知れないけど、決め手にはならない。そんな予感がする。
「その方法でいこう。だけど、それだけじゃあダメだ」
「他になにがあるってんだよ?」
「分からない。分からないけど、それを見つけないと勝てないんだよ」
思っていたよりまともに戦えて、一時は追い詰めたから勝てると思ってしまうけど、忘れちゃあいけないことがある。
あれだけ苦戦したタケミカヅチが「オレを倒したところであの方には届きはしない」と言っていたことだ。
あのタケミカヅチでもお婆様には勝てないと言っていたんだ。
僕たちが武器にして戦いを有利に進めてきた、技でも、戦闘経験でも、遥かに上回るタケミカヅチが勝てない。
それが十次元の存在というものだ。
お婆様の目的のため、と言う理由とサクヤの存在が無ければとっくに負けていた。
そして、目的のためという理由が消えた今、すがれるのはサクヤの存在だけだ。
そもそも、目的のためと言うのはお婆様の都合でしかない、偶然のことだ。
僕たちがここまでこれた真の理由はやはり、サクヤの存在だろう。
これからの戦いの鍵を握るのもサクヤだと思う。
「……多分だけど、サクヤが重要なんじゃあないかな」
「私?」
「うん、僕たちがここまで来られたのはいろいろな要因があってのことだけど。偶然のことが多いんだ。けど、サクヤだけは違う」
「うん、いいことに気づいたね」
突然、静かな声が割って入ってきた。
「――ッ⁉」
「誰だ⁉」
何かがいるのかも知れない。だから、警戒はしていた。
それなのに、僕たちは気づくのがワンテンポ遅れた。
金閃公の足元にそのひとはいた。
「……神?」
女性の神、女神だ。上品な薄紫色の、肩甲骨辺りまである長い髪。真っ黒な着物を身にまとっている。そんな神は見たことがなかった。
その女性が神だということは気配で分かった。
いくら霊魂騎士が巨大でも、近づいてくれば見えているはずだ。
「なんで神様がこんなとこにいるんだよ?」
「まぁ、降りてきなさい。話はそれからです。青い霊魂騎士になっているお嬢さんも、元の姿に戻ってね」
敵意は感じられない。
ここは従うことにしよう。




