異なった世界
「脆いものよの。どれ、引導を渡すとしようかの」
嘲笑交じりにお婆様が言う。
「まずいぞ!」
「一体なにをされる未来が見えたっていうの?」
全く理解出来ていないヤマトとサクヤは焦った様子で聞いてくる。
「四方八方からあり得ない速度で何かに引っ張られ、あり得ないくらい不自然に、自然に機体を曲げられた」
「……まさか。常識外ってそういうことなの? それ、物理法則がねじ曲がってる」
「物理法則が? それが十次元ってことなのか?」
僕の言ったことをサクヤは否定して言う。
「ううん。私もよくわからないけど違うと思う。十次元の力はもっと大きいはずよ。だって大神が世界を造ったんでしょ? なら、物理法則はその後の話だから違うはず」
なるほど。十分すぎるくらいだけど十次元からすればその程度の力ってわけか。
なら、あの力は十次元より下ってことだ。十次元未満はコトアマツカミで届く領域。そこまで至れば対応可能というわけだ。相当、無茶に無茶を重ねた手段だけどそれしかない。
「ありがとうサクヤ。おかげで少しどうにかなりそう」
「どうするの?」
「一気に九次元まで行く」
無茶だ、というヤマトとサクヤの声には耳を貸さず、コトアマツカミを使う。
まずは七次元からだ。
勾玉の数を三つに増やす。
相変わらずどういうものかは知らないけど、結構いきなり来る。覚悟と言うか準備はしておかないと。
そう思った矢先――
「うわっ、これは……」
「ふむ、もう七次元までいけるというのか。認めたくはないがやはり妾の孫であるな。すぐに始末するつもりであったが折角じゃ、いけるのなら九次元まで行って見せよ。その方が手間も省けるしの」
「手間だぁ? いったい何の?」
そんな風にヤマトとお婆様が言っているが、音が入ってきただけで意味は解さなかった。
そっちに割く容量がないからだ。
僕の容量は七次元に至った今、こことは全く違う世界が見えている。それにいろいろなものに割かれている容量が集まっている。
この世界のことだって目に何か映像が映っているだけで、その何かがはっきりと見えているはずなのに分かっていない。
ものを聞く、見るっていう日常的にやっていることでさえ満足にできないほどに容量を持っていかれる。それほどのもの。
これも練度なんだろうな。
練度が上がれば、こんな状態にならず、これが、これらが見えるようになるんだろう。
「おい、大丈夫なのかよニニギ!」
一旦得た情報を整理するために感覚を戻した途端、飛び込んできたのはヤマトの声だった。
「ごめん大丈夫」
「それならいいんだが、あの婆さん、意味わかんねぇこと言ってんだよ」
そこでゾッとした。戦闘中であるというのに、意識を完全に別のことに集中させていたことに、だ。
相手がタケミカヅチじゃなくても、今の間にやられていただろう。
お婆様が手を出してこなかったのが不思議だ。お婆様が言っていたという、その意味の分からない言葉が理由なのか?
僕がようやく意識をお婆様に向けると、お婆様が天帝黒陽孁越しに話し始めた。
「どうやら先ほどの妾の言葉は聞こえておらんかったようじゃの。コトアマツカミを使用して一日も経たずして七次元まで至れるとは少々驚いたと言ったのじゃ。九次元まで行けるのなら行って見せよ、とも言ったの」
「なぜ? 何を狙っている」
「決まっておろう。すべて妾のためじゃ。そのコトアマツカミも妾のためのもの。お主とその金閃公はデータを取るためのただのサンプルに過ぎぬ。だから、行けるところまで行って見せろと言っておるのじゃ」
お婆様がコトアマツカミを使う目的は、一つしかない。
さっき言っていた偉業を達成するためだ。
十次元の存在、大神になってもまだ追い付けない先代の大神様たちに追いつくためにもう一つ、神工的に九次元までだけど器を作り出し、二つ分の器を持って挑む気でいるんだ。
足りないのであれば継ぎ足せばいい、か。強引でいかにもお婆様らしい方法だ。
「これを聞いてあれを見たお主ならば分かるであろう?」
「あれって、何を見たんだよ」
「……出来損ないの世界。大神になったお婆様が先代様たちを超えようと創り出そうとして、失敗した五つの世界だよ」
「創り出そうとして失敗した世界? それが五つも」
「七次元っていうのは多分、この世界とは全く違う別の世界の存在を認識できる力なんだと思う。八次元はそれらを行き来できるようになったりするのかな。そして残った九次元が物理法則なんかだ。話を戻すけど、お婆様は世界を創造しようとして、都合五度の失敗をした。その結果、このままでは不可能って判断したんだと思うよ」
これで合ってる? という意味を込めてヤマトに説明しつつお婆様に向かって言った。
「その通りじゃ。ゆえに早う見せい。出来ぬのならさっさと殺すまでじゃ。そこの人間は少々興味深いところがある故、すぐには殺しはせぬがの」
僕がコトアマツカミを使って行けるところまで行くまで静観する。お婆様にはその理由がちゃんとある。嘘ではないと思っていい。
それならば僕としてはありがたいことだ。お婆様からすれば僕は協力していることになるけど、僕としてはお婆様を倒すためにやること。どのみち負けてしまえば結果は同じだ。
「信用していいのかよ」
「それは大丈夫。ここは乗っかろう」
七次元は別の世界を観測できるというもの。これができなければ次へは繋がらない。
ギリギリではあったけど、僕は別の世界を観測することに成功している。次の八次元への切符は一応手にしたわけだ。
この七次元は処理能力が向上すること以外に戦闘では使い道がない。むしろ使うだけ邪魔になる。ただでさえ全神経を集中させる必要がある戦闘時において、関係のない情報が入ってくるのは遠慮したい。
既に五つもの世界を観測できたわけだし、今はこれ以上七次元にとどまっている理由がない。
観測した五つの世界も僕が未熟だったから出来損なって見えたんじゃあなくて、最初から失敗作だったことも確認できた。
このまま八次元に至らせてもらう。
展開する勾玉の数は四つ。
これで八次元まで至った。
八次元は予想だと七次元で観測した世界と行き来できる能力を得られるはず。
ここまで来てようやく七次元の力が少し重要性を帯びてくる。
当たり前だけど観測できていない世界には行くことができない。
それと、世界を行き来するのに観測の速さがそのままその速度にもなるはずだ。
これが何に使えるかと言うと、さっきのように物理法則を変えられて常識が通用しなくなり回避のしようがなくなったとき、別の世界に逃げ込むことで回避できる……と思うんだ。
だから、観測するのにほぼすべての神経を集中させなきゃいけないようじゃあ、その時に間に合わない。
だから、ちゃんと七次元でも練度を上げておくべきだった、なんて言っている場合ではないけど。
本来ならどうしようもなく負けていたかもしれない。
だけど、今はそうならないための小さな可能性の道にしがみつくことができた。
一応、ちゃんとした理由があって納得はできるけど、気まぐれによるところもあると思う。
今一番の課題は物理法則変化だ。
Aには同じAをぶつけて相殺させる。
相手が物理法則を変えてくるなら、こっちも同じく物理法則を弄って、なかったことにする。
そのために、九次元まで到達する必要がある。そこまで行ってからがようやくこの戦闘のスタートラインだ。
今はこの八次元の問題なんだけど。
「勾玉が四つになったってことは八次元まで行けたってことか」
「うん、多分ね。ちゃんと力が使えるかどうかはやってみるまで分からない」
「その力ってのは?」
「七次元で観測した世界と行き来できる力だと思う。これから試すから驚かないでね」
飛ぶならヤマトの乗る青藍一式も一緒じゃなきゃいけない。初めてでそれをやるのは難易度が跳ね上がるだろうけど。
まずはもう一度観測。
ヤマトが何か言っている。やっぱりまだそっちの容量も削らないとダメみたいだ。多分今言ったことに対して「どういうことだ?」とか言ったんじゃあないかと思う。
雨が降っていてやせ細った植物、生き物の気配はまるでないけど建造物が全てあり得ない生え方、建ち方をしている世界。
このまま意識を集中させ続ければ……うん、きた。吸い込まれていくような感覚。金閃公もなんとか意識の中に入れれば一緒に行けるはず。
「うお、なんだここ⁉」
ヤマトが言った通り周りを見れば景色が変わっている。
ただでさえ不気味な光景なのにやっぱり生物の気配のなさがさらに拍車をかける。
「僕が観測した世界だよ。お婆様の失敗作。五つの中の一つさ」
ヤマトもちゃんといるからいきなり高難度のことをやってのけたわけだ。
ただ、やっぱり観測、移動までにかかる時間が速さを求められる回避において、致命的なまでに遅い。これじゃあ使えるかどうか。
それにもう一つの問題。
このコトアマツカミ、起動中は莫大な神力が消費されるのはタケミカヅチとの戦いで知っていたけど、七次元、八次元に至ってからは持っていかれる量がさらに増えた。
予想では九次元まで行ったときに全力戦闘をしたら、稼働時間は四時間に届くか届かないかくらいなんじゃあないかと思う。
まぁ、それについては元々アマツミカボシの作戦時間が最大で五時間ほど。タケミカヅチとの戦闘で一時間近くを消費してしまった今、ちょうどいい。
「よし、一応力は扱えると確認したし戻ろうか。少し時間をちょうだい」
……⁉ これは。
「ッ⁉」
「どうした?」
「いや、大丈夫。さっき観測したのとはまた違う世界が見えて」
「六個目もあったっていうのかよ」
「いや、あれは多分お婆様が創った世界じゃあない」
地面のところどころに大小バラバラの穴が空いている、それ以外には何もないなんだか不思議な世界。
「とりあえず、今は元の世界に戻ろう」




