大神はいませり
読みづらかったので適度に空行を入れました。全編修正済みです。
高天原の入り口とも言える草原で、番人の如く立ち塞がったタケミカヅチを下した僕たちは、森を抜け多くの社が立ち並ぶ神たちの居住区を進んでいた。
そんな中、大物に勝利したことで気分が上がっているらしいヤマトが言った。
「ニニギの言ってた通り、武神さえ倒しちまえば楽だな」
「お婆様に挑むのに最大の障壁がタケミカヅチだったからね。その分思ってたより消耗は大きいけど」
考えてみれば当たり前だけど、高次元に至れるほどの強力な力だ。コトアマツカミは神力の消費が激しい。霊魂騎士を二十時間は稼働させられる僕の神力でも、あの四十分ほどの戦闘で五時間分くらいは神力を消費した。それだけ大きな力だということだけど。
「サクヤはあとどれくらいいけそう?」
「さっきと同じくらいの戦闘ならもう二回はいけるわ」
「俺も楽勝だぜ」
「動力の話にヤマトは関係ないでしょ」
「操縦も結構疲れるんだよ」
「なら、楽勝じゃないじゃん」
なんて、ヤマトとサクヤのほのぼのした会話に少しだけ和む。
「ははは、タケミカヅチは倒したけど、本命はこれからだから気を抜かないでね」
そんなやり取りをしつつ、僕たちは、高天原の居住区をさしたる障害もなく突破し、近衛隊が待ち構えているであろう軍関係の施設が集まる地帯に迫った。
「全員止まれ!」
順調に進んでいる中、突然、オリタさんが叫んだ。その号令に全員が動きを止める。
数機の敵霊魂騎士と遭遇したのだ。
「なぜ貴様らがこんなところにいる⁉」
その霊魂騎士の一機から同様の声が上がる。
こんなところで遭遇する敵の霊魂騎士なんて、思い当たるのは一つしかない。近衛だ。
ただ、向こうも驚いている。
「決まってんだろ。俺とニニギで武神を倒したからだ」
ヤマトが不敵に言い返した。
「バカな⁉ タケミカヅチ様が敗れるなど」
予想とは少し違うな。近衛と遭遇したのはどうにも偶然みたいだ。あの場には僕たちしかいなかったから当然といえば当然なんだろうけど、タケミカヅチの敗北は伝わっていないのは一目瞭然。
近衛の数が少ないのは命令で出てきた訳じゃないからだろう。
タケミカヅチとの戦いで少しだけ時間を消費したけど、これなら予想よりも楽かもしれない。
「くっ、ならば我々が止めるまでだ。援軍を呼べ!」
隊長格のような機体が指示を出し、全機が抜剣。戦闘態勢に入った。
「俺たちの出番だ、総員、戦闘態勢! やれ!」
それを受けてオリタさんも部隊に指示を出し抜剣。号令で戦闘に突入した。
「ここは任せろ、ニニギ様と青い機体の君は今うちに進め!」
「させるものか!」
「それはこっちのセリフだ」
それを邪魔するべく、一機の近衛が躍り出てきたけど、対峙していた敵機を捌いたオリタさんが斬りかかり阻止した。
「ありがとうございます」
近衛とオリタさんの部隊は互角、タケミカヅチ撃破で士気が上がって勢いづいているためか少々上回っている。
心配する必要はなさそうだ。
「おっし、行くぞ!」
「うん!」
僕とヤマトは乱戦になった戦場をオリタさんたちに任せて突破した。
偶然遭遇してしまった近衛の相手は任せて、僕たちはお婆様のいる社を目指して進んでいた。
「やっぱ、ニニギの婆さんって強ぇのか?」
「アマテラス様よ、ヤマト。一応ね」
サクヤの指摘が入る。こういう二人のやり取りは最早、お決まりと化している。
「いいじゃん、婆さんでもよ」
「……はぁ。まぁいいわ」
サクヤも「一応ね」とか言っていたからか、すぐに折れた。
と、それはさておき、ヤマトの質問に対する答えだ。
「分からない。けど、単純な戦闘技術で言えばタケミカヅチより強い神はいないよ。僕たちが苦戦するの
は、大神専用の霊魂騎士。それと、大神であるお婆様」
「あれか、武神が言っていた格が違うってやつ」
「大神は十次元の存在だからね」
次元が違うことの差はさっきの戦いで身をもって知っている。あのタケミカヅチとの開いた差をほとんどないものにしてしまうくらい、決定的な力だ。
コトアマツカミで到達できるのは九次元まで。どう足掻いても一歩たりない。
けど、勝算がないわけじゃない。僕たちにはあのアメノハバキリとフツノミタマがある。それに、サクヤがいる。
僕の考えが間違っていなければ、サクヤはお婆様との戦いで勝負の行方を左右する鍵になる。
話ながら進んでいる間に周囲の景色が変化していた。
建物が消え、高天原の入り口である草原地帯を抜けた先の森と同じ景色になっている。
その森の中には居住区から続く一本の道が通っている。
そして、その道の先に木々より遥かに大きく、高い柱が何本も見えている。
「あの、雲の上まで伸びてる柱が見える?」
高天原にも雲はある。人間界の雲とは別のものだ。
「ああ、見えるぜ。あの馬鹿デケェ柱が何だってんだ?」
「あの柱の上にある社にお婆様がいる。目前だよ。けど、その前に話しておきたいことがあるんだ」
少し離れたところで話したいからついてきてほしいと先導し、目立たないところで僕は機体を降りた。
「そんなにゆっくりしてていいのかよ」
「大事なことだから。二人とも」
訝し気に聞いてくるヤマトにそう言うと、ヤマトは機体を降りた。続いて、サクヤが変身を解除して、元のサイズに戻り、変身前に着ていたであろうカットソーの上にガウンを羽織ったスキニーパンツスタイルの姿になった。
「それで大事な話って何?」
「この先の戦いの勝敗を分けること。それから、サクヤ、君のことだ」
「私の、こと?」
それで理解したのか、サクヤはハッとした表情を浮かべた。
「なにか分かったのか?」
ヤマトも身を乗り出した。
そう、大事な話とは、サクヤが強力な霊魂騎士に変身できる秘密のことだ。二人には知ってもらっておいた方がいい。
「うん。確定じゃないかもしれないけど。僕の中ではほとんど正解なんじゃないかと思ってる」
そう前置きすると、二人は頷いて続きを待った。
「サクヤ、君はスサノオ様の子孫かもしれないんだ」
「……スサノオ様ってたしかすんげぇ神様だよな? まてまて、じゃあサクヤは神様なのか? え? え?」
「混乱するのは分かるけど少し落ち着いて」
混乱の沼にはまってしまいそうなヤマトを落ち着かせる。話を前に進めないといけないから。
「サクヤは人間だよ。けど、ただの人間じゃない。さっきも言ったけどスサノオ様の子孫だ。スサノオ様
は大昔、お婆様を怒らせて高天原を追放されて人間界に降りたんだ。そこからスサノオ様がどうなったか知らないけど、恐らく人間界で人間と結ばれたんだと思う」
「それでその子孫がサクヤってわけか」
「スサノオ様以外に完全に人間界に降りた神を僕は知らないし、なによりアメノハバキリを持っている。あれはスサノオ様が持っていたものだ。霊魂騎士に変身できる理由はちょっとよくわからないけど。神と人間が交わったことの結果かな、多分」
「それじゃあもしかして、変身しているときに感じた、私じゃない誰かってスサノオ様の意思みたいなものだったりするのかも」
「そういうのがお婆様を倒す鍵になると思うんだ。だから、知っておいて欲しくて」
「そっか。ありがと」
逆に動揺を与えるかもと心配だった部分はあったけど、問題はなさそうだ。
つっかえていたものが取れてすっきりしたサクヤがそんな様子だからヤマトも納得していて、支障はないように見える。
「それじゃあ行くか。敵は目前だぜ」
サクヤが再び霊魂騎士に変身し、ヤマトがそれに乗り込む。僕もコックピットに乗りこんで機体を動かした。
「階段、すごく長いから注意してね」
ヤマトは多分、途中で文句を垂れるんじゃないかなぁ。
そんなことを思いながら長々と続く階段を登り始めた。
「おい、ニニギ。これ今どれくらいなんだ?」
「も少しで半分くらいかな」
「ふざけたもん作りやがって」
予想通りヤマトが文句を垂れた。階段を登り始めてしばし、もうとっくに地面は見えなくなっているけど、同じように頂上も見えない。
霊魂騎士で登っている分、スラスターも使えるしいつもよりは早いけど、それでも時間はかかる。
「もうこの階段ぶっ壊してしまえばいいんじゃねぇか?」
「簡単には壊れないよ。それに僕たちも無事じゃいられなくなっちゃうし」
始めからそのつもりはなかったみたいで、「分かってるよ」って返事が返ってきた。
「にしてもなんでこんな高いもん作るんだ」
「自分の権威の象徴とかだよ。事実上そうなんだけど、神の中でも自分が特別だってね。嫌な建物でしょ? さっきは無理だって言ったけど、全部終わったらこの社は壊そうと思ってる」
「人間だったらみんなの嫌われ者だぞ、それ」
「恐れられてるよ」
「女王様って感じね。そういう感じの女子っていつかどん底に落ちるのよね。ちょっとしたきっかけで今までついてきていたみんなが離れていって、最後はひどいものよ」
「……サクヤ、それどこ情報?」
「傲慢な女子が敷くカーストではよくあることなんじゃない?」
「……ねぇ、ヤマト」
「俺は何も知らんぞ。……けど、女子ってやっぱ怖ぇな」
階段が長いせいで本当なら知らなくていい、聞かなくていいことまで出てきてしまった。
その原因の階段を作らせたお婆様はやっぱり許せないな。
なんて、気持ちを和らげるためにちょっと冗談めかさないといけないくらいには緊張してきている。
なんだかんだ言って頂上の社には結構近づいてきているからだ。
そして――
「あ、あれって」
「うん、頂上、お婆様のいる社だ」
「やっと見えたか! 行くぜぇ!」
「あ」
二人は先に行ってしまった。そろそろタケミカヅチの敗北が広まっていく頃だから、サルタヒコが動くかもって一応伝えておこうかと思ったけど、まぁいいか。
簡単なことじゃあないけどゴールが見えてきたよ。あとはお婆様を倒すだけだ。
機体を加速させてヤマトに追い付く。
「どんな面してるのか拝ませてもらうぜ!」
僕が追いつくと、社の前にたどり着いたヤマトがそう言って扉を盛大に蹴りでぶち破った。
サクヤが「なんでそんな悪者みたいな入り方するの⁉」ってすかさずツッコむ。
僕も同感。
「騒々しいな、下郎めが。ここをどこと心得る。控えよ!」
事態が事態だけに、すでに霊魂騎士に乗った近衛が四機控えていた。
中央の一番奥にはお婆様。
そして、その後ろには相変わらず漆黒の霊魂騎士が鎮座している。
この状況じゃあ仕方のないことかもしれないけど、他者を見下すお婆様の姿勢はいつだって変わらない。
「ここまで来たということは、タケミカヅチを下したということじゃな。さすが妾の孫、と言いたいところじゃが、自ら低俗な人間につくその奇行。おぞましい」
僕が姿を現すと、まぁ大方予想していた通りの言葉で歓迎された。いや、歓迎はされていないか。
「話には聞いてたけど、俺ら人間に対する考え方も、他人を見下すその姿勢もひでぇな。けどよ、その低俗な人間に武神は倒されたんだぜ? その辺はどうよ?」
「あ奴はもはや武神などではない。武神の名を汚した屑じゃ。いや、人間ごときに遅れをとるなど、畜生以下じゃな」
「……ッ⁉」
底冷えするような声で言い放たれた。
「嘘だろ? 武神はあんたの右腕じゃあなかったのかよ?」
「何を言っておる? まぁ、もっとも使い勝手の良かった駒ではあるが」
「てめぇ!」
「何を言っても無駄だ、ヤマト」
「けどよ、武神は敵だったけど悪い奴じゃあなかったと思うぜ? こんな屑な奴にも忠誠を誓ってよ。それなのに」
「……お婆様は、そういう神なんだ。僕だって腹は立っているけど、そこで騒いだってなにも変わらない」
「下等な生物がなにをほざこうが、惨めに騒ぎ立てているだけとしか思えんの。じゃが、やはり不快ではあるのぉ」
お婆様は控えている近衛に視線を向けた。
「はっ」
近衛が動く。タケミカヅチには到底、およびもしないけれど決して弱くはない。
「ヤマト!」
僕が叫ぶと同時にヤマトは反応していた。
「今更こいつらにはやられねぇよ!」
四機のうち一機は攻撃の出端を矛で叩き潰し、二機目は胴体を真横に一刀両断、三機目は振り下ろされた剣を躱して矛を叩き込み撃破。
最後に残った四機目は、ヤマトの攻撃後を狙って攻撃を仕掛けてきたが、ヤマトは防いだあとに頭部から腰まで斬り落として撃破した。
心配する必要はなかったか。あっという間に全て倒してしてしまった。
「使えぬ雑魚どもが」
部下が死んでも顔色一つ変えないどころか蔑む。
お婆様、お婆様だけはやはり迷いなく倒せそうだ。
「妾の孫のニニギが反逆したのは恥ずべき点。故に妾自らが葬る。そこの人間もついでじゃ、妾が葬ってくれよう。ありがたく思うことじゃな」
奥に鎮座していた漆黒の霊魂騎士が動きだした。
お婆様の背後までやってくると停止した。コックピットのハッチが開く。
ふわりと宙に浮いたお婆様は、そのままコックピットまで移動し乗り込んだ。
「心して見よ、これが霊魂騎士の原点、最初の霊魂騎士じゃ。大神のみが操れる、大神のための霊魂騎士
『天帝黒陽孁』。ひれ伏すがいい!」




