霊剣
「なんだよ、あれ」
ヤマトがこぼしたように僕も思う。
今、鞘から抜かれたあの剣の放つ気配が尋常じゃあなかった。
「この剣は霊剣フツノミタマ。この剣は少々特別だ。そこの人間が使っている矛――アメノハバキリと同じくな。かなり形が変わっていて気付くのが遅れたが」
「ああ? アメノハバキリ? なんだよそれ」
「霊剣だ。なぜ、人間が持っているのか気になるがな。同様に貴様が乗っている霊魂騎士もだ。操っているのは紛れもなく人間だというのに、他の人間の霊魂騎士とは違い神力を感じる。貴様は一体何者だ?」
「オレはヤマト。ニニギの親友だ」
「……そうか」
結構真面目に言ったつもりなんだろうけど、ここでそういう風に言えるのってすごいよ、ヤマト。僕からすれば、シリアスを壊したように見えるからね。しかも、相手はタケミカヅチだっていうのに。多分サクヤも呆れてるんだろうなぁ。
そんなことよりもアメノハバキリだ。
機体が特別でそっちに気を取られていたのと、形が変わっていたからか、僕も気づかなかった。
アメノハバキリはお婆様の弟、スサノオ様が持っていたもののはず。
そのスサノオ様はお婆様を怒らせて追放された後、行方が分からなくなっていた。
あの矛、もといアメノハバキリはサクヤが青藍一式に変身した時に一緒に出現したもの。
ということはサクヤは……。
「まぁいい。フツノミタマを抜いたのは随分と久しぶりだ。最後に使ったのは確かアマツミカボシを葬った時だったか」
「なら、今度はそうはいかないよ」
僕の言葉にどいうことだと黙ったタケミカヅチは、その意味を言うように促した。
「この作戦の名が『アマツミカボシ』だからだよ」
「そうか、ならば数千年の時を経てもう一度オレが葬ろう」
さっきは勝てるなんて言ったけど、それは撤回した方がよさそうだ。今のでさっきまでの流れが完全に途切れてしまった。
霊剣の一振りで、元々大きかった存在がさら大きく見えるなんて。
「この剣の能力の一つに、所有者の力を活性化させるものがあるからな。いくら相手がアメノハバキリとはいえ負けはしない」
気持ちで押し負けちゃいけない。霊剣ならこっちにだってアメノハバキリがある。
けど、二つとも伝説の存在過ぎて実態が分からない。
アメノハバキリは紛失したものとされていたし、フツノミタマはさっきタケミカヅチが言っていたように最後に使われたのは数千年前。
情報は何もない。
所有者の力を活性化させる以外にも、まだ何かあると見ていい。
「なぁ、ニニギ。このアメノハバキリってのにも何か能力とかあるのか?」
「ごめん、紛失した伝説の霊剣ってことだったから分からない」
「サクヤは?」
「私も全然分からない」
「んー、まぁ強ぇしいいか。このままやろう!」
「その前に作戦の変更なんだけど。霊剣に対してさっきみたいに普通に挑むのはまずい。防御寄りに変えよう。僕が攻撃を躱し続けて引き付けるから、隙をついて仕掛けて」
「わかった。それで、俺から一個提案なんだけど。ニニギのコトアマツカミだっけか? それってまだ上の段階があるんだよな? 一個上に行けないのか?」
いけるかいけないかで言えば、次の六次元には到達できる。
ただ、五次元の存在に慣れ切っていない状態で次の段階にいっても大丈夫なのか。それが不安要素だ。
「参る!」
そう待ってはくれないか。タケミカヅチが仕掛けてきた。
「とにかく、作戦通りに行こう!」
「敵の前で作戦会議とは筒抜けだぞ」
「どうせバレる」
予知からの予測、もう慣れたものだ。タケミカヅチほどの相手と戦えば自分のレベルも飛躍する。
回避しつつ反撃まで考えていたさっきまでと違って、回避に専念するだけだから幾分か楽。
袈裟斬り、横薙ぎ、切り落とし、突きの四連撃。
得物が大刀から剣になった影響で、軽くなって技の速度が上がっている。
それにタケミカヅチは、僕の動きを予知してまだ動きを変えてくるから厳しい。
「まだ、対応できる範囲だ」
スラスター最大出力!
この機体の性能と、五次元の存在になった今なら上手く扱えるはずだ。
使いつつ分かっていったことだけど、この未来を見る力は練度にもよるかもしれないけど、一つの対象につき一回見ると数秒間のインターバルが発生する。
また、同時に複数の対象を見ることはできない。一つの対象を見たときに間接的に見れる場合もあるけど。
そしてもう一つ、自分自身にも使えること。
前にスラスター最大出力を使ったときは、その速さに僕がついていけず全く使いこなせなかった。
次に使ったときは予測を立てることである程度制御に成功した。
じゃあ、今回は?
予測で一応扱えるようになったのだから、予知なら完全に制御できるはずだ。僕自身も一つ上の次元の存在になったことで反応や処理の速度も向上している。
正直言って、これ以上タケミカヅチの動きを予測するのは難しい。
なら、速さで上回って完全回避するまでだ。
もし、攻撃が来る場所に飛び込んでしまっても、自分の動きを予知した時に、自分だけではなく攻撃してくるタケミカヅチのフツノミタマが映るはずだ。
そうすることで、直接タケミカヅチの未来を見なくても、僕自身の未来を通して間接的にタケミカヅチの動きも見ることができる。それで対処できるはずだ。
これまで予知からの読み合い勝負だったから、予知通りにお互いが動いたことはない。
タケミカヅチはそのつもりで動いてくるはず。
裏の裏をかいて予知通りの動きを取ってやれば、隙をつくことができる。ヤマトが決めてくれるはずだ。
右下、後退、右、左。タケミカヅチが見たであろう未来の僕の動きを全く変えず動いてやった。
「いける!」
完全に裏をかいた。予知通りの動きをしたけど、僕が予測で動きを変えてくると思っていたタケミカヅチは、全くの見当違いの場所に剣撃を放った。
いかに武神といっても、そんな動きをしたんじゃあカバーできないほどの隙を晒すことになる。
「ナイスだ、ニニギ!」
「馬鹿な⁉」
太刀の横薙ぎと矛の叩きつけの同時攻撃。
恐らくどちらかは対処されてしまうだろうけど、僕でもヤマトでも攻撃が当たれば大ダメージは必至だ。
僕の太刀よりもヤマトのアメノハバキリの方が致命傷になりうるんだろうけど。
ゴガガっと、バチィ。二つの轟音が響く。
大量の砂煙が舞い、僕らを包み込んだ。
手ごたえがあったのは僕の方だ。武双がすぐに砂煙に覆われて、どれくらい損害を与えたのかは確認できなかったけど、もうじき分かる。
「……ここまでになるとはな」
武双の左腕の肘から先がなくなっていた。僕の太刀が上手く関節に当たって斬り飛ばしたんだ。
それは大きなことだけど、あのアメノハバキリの一撃を片手で受け止めていることの方に驚かされる。
それに片腕を失っても焦るどころか寧ろ感心した様子でいる。
「片腕失っといてまだ余裕あんのかよ⁉」
すぐにタケミカヅチは一振りで青藍一式を押し返し、一回転して周囲を斬り払った。
「剣が振れれば十分だ。このオレが不覚を取るとは思わなかったがな」
今のが最初で最後で次はないと、声には出していないがそう言っていた。
「なら、右腕もぶっ飛ばしてやるぜ」
立て直したヤマトが矛を振り回し右の横薙ぎで叩きつける。
当然のように回避されて矛は空振りするがまだまだ終わらない。
矛を両手に握り直して左右の袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ斬り上げと連撃を放つ。
その怒涛の攻撃をタケミカヅチはフツノミタマで受け止め、捌き、打ち返す。
ヤマトは当然だけど、タケミカヅチの一撃一撃も片腕とは思えないほどに重い。
互いの得物が衝突するたびにゴッ、ガッ、ドガガッ、と激しい音が響く。
僕もあれに参戦したいけど、予知の結果、今の所すべてが誘い。斬りこんでいけば逆にこっちが斬り伏せられる。
予測を立てようにもヤマトと打ち合っているからやりにくい。ヤマトの動きを見てみても、タケミカヅチより遅れて見えるから時間にズレがあってあまり参考にならない。
ヤマトがあのまま決めきるか、決定的な崩しを作ったところを僕とヤマトで攻撃するか。これしかない。
動けないでいるのはいいことじゃあない。何か手はないか。
……コトアマツカミ。次の次元に行けば或いは。六次元の存在がどういうものなのかは分からないけど、五次元の存在より上なのは絶対だ。
とはいえ、まだ五次元の存在になって得た力、未来予知は十数秒先を見れるだけ。熟練とは言えない。
けど、どうだろうか。仮に二十秒三十秒先まで見えたとして、少なくとも戦闘面においてはそんなにいらない。
十数秒も見えれば十分ではある。それ以上は処理が大変なだけだから。
相手が同じ、そして少しだけ練度の高い予知能力を持っているのと、タケミカヅチだから苦戦している。同じ能力で戦い続ける限り差は埋まらない。
能力そのものの練度はまだまだだけど、戦いに生かすという意味での練度は、かなり高まっているんじゃあないだろうか。
能力に対する応用力で、足りない能力自体の練度は補える。
自分より練度が上の相手を前にして渡り合えているのは、そういうことでいいはずだ。
なら、六次元の存在になって決着をつけに行くべきだ。
相手よりも上の能力を使えば、勝つのは必然。単純な話だ。
……よし、やろう。
そうしている間にも二人の戦いは変化を見せていて、ややタケミカヅチが防戦一方になってきている。
「攻撃力だけは、素晴らしいな。技などありはしないが」
「とか言って、さっきから守ってばっかじゃねぇか!」
「違うな。片腕になった分、調整が必要なのだよ、こうするためのな!」
矛を剣で受け止めたかと思うと、くるりと巻き上げ大きく外に払い上げた。
そして、ガラ空きになった青藍一式の胴体に向かって、そのまま振り下ろす。
「うおお⁉」
勢いよく払い上げられたことが幸いしたのか、上体が反れたため胸部をわずかにかすめた程度に終わったが、その際、フツ、という音がした。
「両手と片手では感覚が違ってな。しばらく感覚をつかむために受けていた。それだけだ」
下がりつつもスラスターを噴かして強引に立て直したヤマトは再度攻勢に出た。
「このやろっ」
再び激しい打ち合いが始まったが、いつの間にか押しているのはタケミカヅチになっていた。ヤマトの攻撃の多くが、戦闘を始めたころのようにいなされ始めたからだ。
「大したものだ。これほど重くいなしにくい攻撃は初めてだ」
「なら、こういうのはどうだ!」
横薙ぎの斬撃を柄で受け止め、勢いに負け、弾かれた様に見せかけて、機体の背面で矛を回し反対側の脇から石突による刺突。
「ぐっ」
入った⁉ 確かに今のは上手い攻撃だったけど。あのタケミカヅチに綺麗に決まるなんて。
けど、今しかない!
「はぁ!」
後ろに飛ばされたタケミカヅチが体勢を立て直すところ。そこまでは見えた。まず体勢を立て直さないことにはカウンターはおろか防御すらままならない。
そして立て直すより僕の方が早い。
「違う、ニニギ! 誘われた!」
「え? なっ⁉」
ヤマトの声で一歩届く前で思わず停止。その瞬間にフツ、と音がして構えていた太刀の刀身の上半分がなくなっていた。
咄嗟に下がって距離を取る。
流石はタケミカヅチだ。器用にスラスターを噴かし、飛ばされた勢いも利用して立て直しと攻撃を同時にこなしたのか。
そうして僕は、見事にやられたわけだ。武器も失った。
「さて、どうする? ニニギ」