イナゲジュウゾウ
最前線は、半要塞化したハコネになっている。そこを中心に、オダワラに最前線の司令部が置かれている。
だけど、これから僕が行くのはオダワラではなくヨコハマだ。
トウキョウの中央司令部の一部が、戦局の変化によってヨコハマまで移動しているからだ。
あと、現在地からオダワラまでは遠い。
迅速さと権力の強さの関係で、そっちに向かう。
まだ生きている交通機関を利用して、フジサワからヨコハマの司令部まで約二〇分。
事前確認はしていなかったが、到着すると少々時間はかかったけど、無事中に通された。
赤い絨毯が敷かれ、上等なソファーとローテーブルが置かれている。壁には装飾品がいくつか飾られた、来客用の部屋に通されてしばし待つと、軍服に身を包んだ、五〇歳ほどの男がやってきた。微かに蓄えられた口髭が、男の渋さを醸し出している。
「ヨコハマ司令部の最高司令官を務めているイナゲ ジュウゾウと申します。先ほどは同輩を救っていただいたそうで、ありがたく思います」
イナゲ ジュウゾウという男は、表情を変えず粛々と礼を述べ、軽く頭を下げた。
頭を上げたイナゲの目が「どのような用件でここにきたのか」と語っていたので、早速本題に移る。
「僕の目的について話しておこうと思いまして」
「なるほど」
続けてください、とイナゲさんは話の主導権を僕に戻す。
「はい、僕の目的は、今大神の座に就いているお婆様、アマテラスからその座を奪うことです。そのために、これから高天原に乗りこもうと思っています」
「それで我々の協力を取り付けようというわけですか……神も一枚岩ではなかった、ということですね。クーデターを起こす神が、自身の孫と言うのですから動揺も大きいでしょうな」
口髭を指先で弄りながら、興味深いことだとイナゲさんは言った。
「我々に求める協力と言うのはその際の戦力、それと補給面と言ったところですかな」
「承認していただけるということですか?」
「ここですぐに、というわけにはいかないですが、承認はされるでしょう。我々も追い込まれている。あの武神を退けたニニギ様が我々に付いてくれるというのだから、断る理由はありますまい。それに、こちらとしても反撃に出なければじり貧ですので」
「ありがとうございます。もう一つ、いいですか?」
どうぞ、と返ってきたので続ける。
「先ほどの戦いで参戦してきた、青い霊魂騎士の報告は受けているかと思います」
「民間人の少女が変身したという件ですか。それに搭乗していたのも民間人の少年でしたな」
それがなにか? と不思議そうにイナゲは言った。
「その二人は僕の友人でして。どうか、彼らにも参戦の許可を頂きたく」
「駄目だと言ったら?」
「その時は二人が無理矢理にでも参加すると言っていました」
二人が、ではなくヤマトが言っていたことだけど。けど、一度戦った以上サクヤも答えは同じだろう。
「……二人は我々が守るべき市民です。承認はできません。がもし、二人を止められなければ、我々の落ち度になりますな。その時は申し訳ありませんが、ニニギ様を信じると致しましょう」
つまりは一応許可がとれたということだ。
黙認してくれるらしい。
無言で頭を下げる。
「作戦の決行ですが。急ぎます。対応できますか?」
「それにはなにか理由が?」
「高天原では、僕の側近が孤軍奮闘しています。それに、僕の反逆は既に伝わっているでしょうから、早く仕掛ける必要があります」
「なるほど、わかりました。すぐに話を通して今夜中に作戦の決定、準備を整え明日朝には実行に移したいですな」
「お願いします」
話し合いはそれで終了だった。イナゲはすぐに今の話を通しに動き出し、僕はサクヤの元へ向かった。