幼馴染とお見舞い行脚
ダブル主人公を目指している為、姉視点、妹視点で物語が進みます。
個性とは難しい。
ゴトゴトと鳴る馬車の車輪の音を聞きながら、取り付けられた小さな窓から外を眺める。
疲れた。聖女お家に帰りたい。お姉ちゃんとお出かけうれしいと笑ったアレナちゃんがいる手前、心の中だけで愚痴をこぼす。
同じ王都内とは言え、王都はとても広く離宮まで歩いて行くのは不可能な為馬車に乗っている。そう、馬車で行っているから、私帰る!と飛び出しても待っているのはえげつない距離。
疲弊の原因は、アレナちゃんと私の幼馴染みのルクスお兄さんに会った事。
そしてとても意味が分からない体験をしたのだ。
「ここだよお姉ちゃん」
アレナちゃんに言われて馬車を下りると貴族街の隅っこの小さな庭園がある一軒家に連れて行かれた。庭園にはハーブのような葉っぱや花が咲いていた。
庭園の葉っぱに水を撒いているきらきらしい御仁。ルクスお兄さんだ。
ルクスお兄さんは私達に気づくと、こちらにニコニコしながらお家の中に入れてくれ、お茶とお菓子を出してくれた。
ルクスお兄さんのお家は、観葉植物や緑に溢れていて、まるで秘密基地の中にいる気分になる。
「マリッサ、久しぶりだね。体の調子はどう?」
そう言ってルクスお兄さんは流れるように私を膝に座らせて、口元にお菓子を差し出した。
本当に意味が分からない。何故ルクスお兄さんの膝の上に座っているのかも、お姉ちゃん大好きっ子のアレナちゃんが何も反応せずに、小さくて可愛いお口ではむはむ食べてスルーしてるのも、なんでだろう。可愛いとカオスが混じる中、出された食べ物は残さない主義なので、食べながら抵抗する。次、お菓子を口元に運んでみろ、その指に噛み付いちゃいますよ。
「下ろしてください。一人で食べれますし、座れます。アレナちゃんが、甲斐甲斐しくしてくれたみたいで、大丈夫です。下ろしてください」
「よかった、いっぱい食べてね。アレナもよく頑張ったね」
今度はこのお菓子にしようか、なんて言ってルクスお兄さんは薄桃色のロールケーキをフォークで刺し口元に持ってくる。ねぇ、わたしの、はなしを、きいてください。
この距離バグお兄さんは、本来の名前をルークス・グラナトーム。歳は不明。
話を聞いた印象は、とても穏やかで、私達姉妹に振り回されている近所のお兄さんのようだった。しかし実際に会ってみると距離感がおかしい人だし、振り回されているのは現時点で私だ。
距離バグお兄さんは幸い、軽傷で済んで、私達を治療する為に運んでくれたそうだ。アレナちゃんの馴染みの人が酷い怪我をしていなくて良かった。良かったけど、この扱いは如何なものか。よしよし系羞恥プレイの拷問に耐えきれない。
私は視線でアレナちゃんに助けを求めると、にこにこしてお茶を飲んでたアレナちゃんは、
あっ、という顔してこちらに来ると「アレナも一緒に座ります」と言った。距離バグお兄さんは私を左膝に、アレナちゃんを右膝に座らせ、二人とも頑張ったね、偉い子だねぇなんてほざいている。
なんだこの空間は。もしや、聖女の周りは距離感おかしい人しか居ないのか?
アレナちゃんはめちゃくめちゃお姉ちゃん子で、事あるごとに抱きついて匂いを嗅いでくるけど可愛いから流していた。
この距離バグお兄さんは大分年下の姉妹を膝の上にのせ、お菓子を食べさせたり頭を撫でたりしている。アレナちゃんはさも当然のようにしてる。カオス。私の認識がおかしいの?
しかし距離バグお兄さんからは全く下心を感じない。遊びに来た孫を膝に乗せるおじいちゃんもしくは飼っているペットを膝に乗せて慈しんでいるよう。
エルフの寿命は長いと言うし、孫感覚で接してしまうのだろうか。
あと、エルフと言うだけあって造形が整っている。美の神です、と言われたら納得してしまうぐらいの造形美に驚く。私のメンタルはこの距離感と造形美にガリガリ削られていたのだ。
うん、こう思い返してみると、あの生き物が王都の貴族街だけどこじんまりとした家に住んでるっておかしくない?森のほうがすごくマッチするんですけど。
長寿種エルフは、世界樹と呼ばれる木がある孤島に住んでいる種族。透き通る白い肌に、長い耳、額には誕生とともに贈られる宝石を冠しているらしい。らしいのだが、ルクスお兄さんの額には宝石がなかった。なくしたらしい。
宝石には祝福が込められ、他にも精霊の加護が宿っているらしく、能力向上もする貴重な石。「きっと、どこかに落としてしまったんだろうね」そういってふわりと笑うルクスお兄さんをみて、大物か大馬鹿のどちらだろうと考えてた。
エルフだし、キリッと睨み人間とはなれ合わない、みたいな印象があった。膝の上に乗せられた時点で、すでに先入観は崩れているんだけど、完膚なきまでに崩された。
そう言うわけで聖女の周り、距離感がおかしい説が出てきたので、帰りたい。
もう今日は良いです。胃袋的にもお腹いっぱいです。
衝撃であの日の事、お礼も謝る事も出来なかった。今度会う時はちゃんと伝えないと。
頭の中でセルフドナドナを流し、離宮へおとなしく行くのだった。
==============
アルトヴァ王国王位継承権第4位を持つ第三王子のフォルト・アルトヴァ様、御年19歳。
聖女時代の私と婚約間近と噂されているそうだけど、この挙動を見る限り疑わしい。
なんでも、魔王と聖女の童話に影響され、聖女の護衛役を買って出たり、事あるごとに公式の場に招いていたそうだ。童話に影響されてとは、少年のような心をお持ちなのだろう。
「ごめんな、病み上がりだってのに、こっちに来てもらって悪かったな」
せっかくだしゆっくり寛いでくれよ、と私より一歩後ろに居るアレナちゃんの顔を見て言うフォルト殿下。
え、私、空気??さっきのルクスお兄さんからのフォルト殿下の無視の落差はさすがに大ダメージなんですが。フォルト殿下は聖女好きなんじゃないの?実は嫌いなの?
「ふふ、かまいません。聖女様と、一緒に来ました。
フォルト殿下、憧れの大好きな聖女様にご挨拶はされないのですか?」
「するよ、するに決まってるだろ。ちょっと心の準備がだな…」
にこりと微笑んでるのに、吹雪いているように見える。
フォルト殿下はアレナちゃんに言い訳するとコホンとひとつ、こちらを向いた。
「あ…きょ、…今日は、お越しいただき誠にありがとうございます。
本来であれば、私めが聖女様の元へ伺うべき所を、病み上がりの聖女様に来ていただく事になってしまって不徳のいたすところ。せめてゆっくりなさってください。
こちらにどうぞ、王都で評判の菓子を用意しております。せ、聖女様は茶にミルクを入れるのがお好きだと聞きましたので、絞りたてのミルクも用意しております」
フォルト殿下はとても緊張している様子で、私の後ろのドアあたりを見ながら、早口で話し私達をソファの方へ誘導した。
ソファの片方にはフォルト殿下の側近、アッシュ・トラステリエさんが寛いで座っていた。
いや、貴方は寛いでないで殿下のフォローしてあげなよ。殿下、見てて可哀想ですよ。
アッシュさんは脇腹を庇いながらソファから立ち上がると、どうぞ、と離宮の主人のように進めてきた。相変わらずフォルト殿下は緊張しているのか、私の顔を見ようとしない。
フォルト殿下、目を合わせて話してくれないし、嫌われてないようだけど少しだけ悲しい。
襲撃の際、私の身を呈して守ってくれたフォルト殿下。殿下は壁に飛ばされた時に私を庇った為に全身を強く打ち、この離宮で療養されていた。
今は回復されたというが、この通り、何故か給仕してくれている。
「フォルト殿下は聖女様大好きだけど、好きすぎてこういうお忍びの時は緊張して話せなくなっちゃうの。公務の時や外交中はそうでもないのに、不思議ですよねフォルト殿下」
ワインレッドのソファに沈みながらアレナちゃんが教えてくれて、ぷるぷる震えながらお茶を入れている殿下に話を振った。
「アリィ、今俺が何をしてるか、見えているか?見えているよな。俺は聖女様にお茶を入れているんだ、話しかけるのは後にしてくれ。手も足も震えて、落としそうなんだよ」
アレナちゃんを愛称でアリィと呼ぶ男が現れた事に衝撃を受けた。幼馴染みのルクスお兄さんでさえ愛称で呼んでなかったから安心していたのに、フォルト殿下はあろうことかアレナちゃんをアリィと呼びおった。私はまだ遠慮して呼べていないのに。いつか隙を見て膝カックンしてやろうか、フォルト殿下様よぅ。
「フォルト殿下、そんなに気をつかっていただかなくて大丈夫です。
私の為に用意してくださったのですよね、ありがとう。フォルト殿下も私を庇ってたせいでお怪我をなされたのですから、私がお入れしますよ。どうぞお掛けになって」
フォルト殿下からティーポットを受け取って座らせ、お茶を入れていく。
どうだ、アレナちゃん直伝聖女の茶、だ!カップに注いだだけだけど、結構なお点前だろう!存分に褒めるが良い!
「いやぁ、聖女様が入れてくれるお茶を飲めるんなんて、怪我冥利に尽きますね」
妙にうさんくさい笑顔で「一滴一滴、有難く頂きますよ」と言った、先にソファで寛いでいたこの男。フォルト殿下の側近の騎士アッシュ・トラステリエ。21歳。
フォルト殿下のご学友時代からの縁で、剣の腕を見込まれて今や側近の座。
聖女に会いに来る殿下にもれなく付いてくる為よく会うアレナちゃんは、アッシュさんが少し苦手らしい。この食えない感じの、腹に一物や二物抱えてそうな雰囲気をしてるからだろうな。
アッシュさんは、襲撃者の凶刃から私と殿下を守ってくれたそうで、襲撃者と交戦中に腕と脇腹を負傷し、殿下と同じこの離宮で療養中。
「ふふ、お上手ですね。いくらでも、入れて差し上げますよ」
全員分のお茶を入れ終わり、私は居住まいを正して、テーブルの横の、フォルト殿下とアッシュさんからしっかり見える位置に膝をつく。
「フォルト殿下、アッシュ様。改めて、謝罪と礼を。
あの儀式の日、私を襲撃者から守っていただき、本当にありがとうございます。
そして、私を守ったばかりに傷を負わせてしまい申し訳ありません。
あなた方の勇気に救われたこの命で、必ず魔王を再び封印してみせます。
フォルト殿下、アッシュ様、私を守ってくださり、本当に、ありがとうございました」
いろいろ思うところはあるけれど、それでも彼らはあの日、"私"を守ってくれ、代わりに傷を負った。誠実に、敬意を表さねばいけないと思っていたのだ。ちゃんと噛まずに言えて良かった。許しをもらえるまではこのままでいよう。
息を呑む音が聞こえ、しばらくすると人の動く気配がした。
「顔をお上げください」そう言われ顔を上げると、フォルト殿下もアッシュさんも私と同じように膝をついていた。
「聖女様、膝を付く必要はありません、お立ちください。あの日、俺達は聖女様の護衛としてあの地下聖堂に行きました。怪我をしたのも、聖女様を守れた誉れですよ」
フォルト殿下は先程の挙動が別人のように逆に私が逸らしたくなる程、私の目をまっすぐ見てそう言うと、私の手をとって立ち上がらせてくれた。
「そうですよ、聖女様。聖女様を一ヶ月も昏睡状態にさせてしまったのは魔王の暴挙を許した私達の責ですからね。こうして聖女様が来てくれただけで、痛みも吹っ飛びますって」
アッシュさんはスルッと殿下の脇を抜け私の手を取ると、アレナちゃんの隣に優しく座らせてくれた。不覚にも鼓動がほんの少し早くなった気がする。こういう扱いをされると反応に困るな。
「そう言っていただけると、とても心が軽くなります。ありがとう」
「そ、…それではですね…、こちらが王都で評判の菓子です。
殿下はまた緊張した状態に戻ってしまったが、その後楽しく和やかな時間を過ごした。
次回の投稿も来週の土曜日です。