特別授業と貝殻のブレスレット
ダブル主人公を目指している為、姉視点、妹視点の交互で進みます。
長らくお待たせしました。何度も書き直していたら一週間。
一週間は時間が経つの早かったです。
ではでは、どうぞ、お読みいただければ嬉しいです。
雲によって月が隠された暗い真夜中、ごろんと、寝返りを打って隣を見る。
気持ちよさそうに涎を少し垂らしながら眠るお姉ちゃん。
あの後、またいっぱい泣いて気づいたらお姉ちゃんにしがみつきながら寝てしまったのだ。
それからすっかり冷めてしまったパンとミネストローネをお姉ちゃんと一緒に食べてベッドに入れてもらった。
お姉ちゃんは、記憶がないと言った。
自分が誰だか分からず、私の事もルクスお兄ちゃんの事も知らない。
魔王の事も、封印の事も、聖女である事も。
分かっている事は、魔王を倒して世界を救う事。
聖女の力が弱まってる上、お姉ちゃん自身の記憶がない。
誰かに知られたら、良くない気がする。
なんとかしないと。私がなんとかしないと。そう考えながらも、私は眠ってしまった。
ほっぺたをむにむに優しく触られている感触に、意識が浮上する。
お姉ちゃんと寝たおかげかぐっすり眠れて、朝になっていた。
「ごめん、起こしちゃったね?アレナちゃん、おはよう」
つい可愛くて触れるのを我慢できなかった、と眉毛をさげながら笑った。
あぁ、お姉ちゃんが起きている。ただそれだけで私は、別に記憶がなくも良いんじゃないかと思ってしまう。お姉ちゃんに抱きつきグリグリと頭を擦りつけてお姉ちゃんを堪能する。
「おはよう、お姉ちゃん。だいすき」
お姉ちゃん呼びをしているせいか、私の知性が退化している。
聖女になってから封印が解かれる前まで、二人きりの時でもお姉ちゃんと呼ばせてもらえなかったからうれしい。お姉ちゃんと言っても怒られない。すき。お姉ちゃん。だいすき。
これ以上、理性が壊れてどうにかなりそうなので、咳払いをしてここからは聖女代行モード。
ビシッとキメてお姉ちゃんに褒めてもらうんだ。
「聖女様。私は聖女様の目が覚めた場合、神官様に知らせなければいけません。
でもその前に、聖女様は記憶がない。聖女として、マリッサ・グラノアとして、又仮に別の第三者の人物だったとして、その記憶もない。そうですね?」
「そう、ですね…」
「なので、今からこの国とある程度の世界情勢、聖女及びマリッサ・グラノアの交友関係や人物像をお教えします。今回は外せないポイントだけ覚えてください。
どういう中身であれ、嫌でもお姉ちゃんは聖女様。聖女の目覚めた知らせは国王にも届きますし、国の重鎮の面々が見舞いにいらっしゃる可能性が高い為、対応しなければいけません」
「……………ですか、ね」
「えぇ。では、まずアレナの特別授業の前に、ご飯作ってきますね!」
お姉ちゃんの顔にご飯が食べたいと書いてあった。昨日も病み上がりだというのに固形物を食べようとするのだから食欲はあるのだろう。だからスープの具を全部潰してお姉ちゃんに渡した。
眠っていた一ヶ月間は口に含ませる水分を工夫して果実水にしたり飲ませていた。
食欲があるのはとても良いのだけどお腹がびっくりしちゃう。今日は私がパン粥を作ってあげよう。
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そして一体誰が想像しただろう。お姉ちゃんの部屋に居るはずが、私は別の場所にいる。
元気な子供達の声が聞こえ、家の中をバタバタと走り回りはしゃいでいる。
そう私は現在、聖教会北中央本部管轄の孤児院にいて、子供達お手製のクッキーとシスターが煎れてくれたお茶を頂いてる。クッキーは紅茶の葉を練り込んでいるのか葉の香りがして甘さも控えめでいくらで食べてしまいそう。
このいただいているクッキーは月に一回、うちと東中央本部の合同で開いているフリーフェスタで人気投票、売り上げともに上位に入るのも納得するおいしさ。お姉ちゃんにも食べてもらいたい。お土産にもらっていこうかな。
王都の聖教会は東西南北に4つある。
王城と貴族街のある西側の聖教会に大司教様がいて、他の司教様達と協力しておられる。
王都は広いから民の便をとって4つにしたそうだけど、噂では派閥争いの末4つに分かれてしまったそう。ちなみに私達北中央本部の司教様は不在で、代理で神官様が執り仕切っている。
そして今日の予定では、ずっとお姉ちゃんと一緒に居るはずだったのだけど、特別授業が一段落して、小休憩用のお茶を入れようかと思った矢先、神官様に呼ばれた。
内容は、急用が入ってしまった神官様の代わりに孤児院に薬品や衣服など、今月の支給金を届けに行ってほしいと言われたのだ。
私以外にも適任者は居るのだけど、この孤児院はよく聖女様が訪れていたので聖女代行の私が選ばれた。
今はシスターが届け物の納品確認をしている間、おとなしくお菓子を頂いているというわけだ。
「おねーちゃん!きょうはせいじょさまこないの??おねーちゃんだけ???」「えー、せいじょさまこないの???なんでー?????つれてきてよー」
「アレナお姉ちゃん、お人形遊びしよー!!シスターに作ってもらったのー!!」「あ、こら!今はシスターが入っちゃ駄目って行ってたでしょ!!!」
「やだやだーーーー!!!!アレナおねえちゃんはおままごとするのーーー!!!!」
「アレナ姉ちゃん、冒険者ごっこしよ!アレナ姉ちゃんはレッドドラゴン役な!!」
応接室に子供達がなだれ込んできた。元気なのは良い事だと思う。
私もお姉ちゃんに会えたら気持ちが高ぶってしまうもの。
「あらあら、お外かお部屋で遊んでいてと行ったでしょう?そんなにアレナ様に会いたかったのね。でももうちょっと待ってくれるかしら。アレナ様と私が話しているのよ。
誰かがこのお部屋でお話し中の時は、どうするか覚えているわよね、ね?」
シスターは書面から顔を上げると、そう言いながら子供達に近づき、ふくよかな体で部屋の外に押しやってドアを閉めた。
ドアの外から小声で、話してなかったよねと聞こえたが気のせいだよ、うん。私は聞こえなかった。
「騒がしくしちゃってごめんなさいね。
もうすぐ終わりますので、もうしばらくお待ちいただけますか?」
「いいえ、急がなくても大丈夫ですよ。私、このクッキーを頂くのが楽しみなんです。
ゆっくり味わっていたいので、もう少しお時間をくださいな」
もちろんクッキーを食べたいのは本心だけれど、早く帰りたい。
何回か会っている馴染みのシスター。いくら管轄のシスター相手といえど、こういった交流は聖教会への評判に繋がるのだ。初めて神官様に連れられた時、教えてもらった。
それにお姉ちゃんに、ここに来る前に基本的な事は教える事ができた。
このアルトヴァ王国の事、大陸、聖教会の事、魔王と聖女の関係、聖女の務め、マリッサ・グラノアの交友関係と、あの襲撃された際にいた人たちの事なども説明したし、他の事はあとから覚えれば良い。
今は最低限聖女としての受け答えが出来ていたら構わない。お姉ちゃんは勉強家で、熱心にノートに書き込んでいたから、大丈夫。
魔王と聖女の関係は、童話が簡単にまとめてあるからそれを読んでもらったし、大陸地図とこの国の歴史書なども渡してある。息抜きように王都の観光マップも渡した。
王都はとても広い。王都の中心にある大きな噴水はライトアップもされるので一押し。
他にも職人通りや、商人ギルドが盛っているショッピング街も見に行くだけで面白い。
城の一般開放日もあるし、王族の住まう離宮などもエントランスや庭園を時々一般公開されている。真面目に覚えるのも良いけれど、こういうわくわくするものも必要だろう。
やっぱり早く帰りたいなぁ。お姉ちゃん、このクッキー美味しいよ…。
頂いて帰るからね、一緒に食べようね。
………………………
………………
………
…
「待ってもらっただけでなく、子供達とも遊んでいただいて、本当にありがとうございます。子供達も久々にアレナ様とお会いできてうれしかったのでしょう
今日は本当にありがとうございました」
こちらは、少しばかりのお詫びとお礼です、シスターが可愛いピンク色のまだあたたかい包みを2つ手渡してくれた。クッキーだ。あの、クッキー!!お姉ちゃん、出来立てだよ!
「私もこの子達に会いたかったので、いっぱい遊んでもらえてうれしかったです。
お土産まで…、いつもありがとうございます」
「アレナお姉ちゃん、これ、みんなで作ったの」
年長の子に背中を押された子供が、手に収まるくらいのと白い包みと黄色の包みを私に向けて差し出している。黄色が私、白がお姉ちゃんのだそう。
黄色の包みを開けると、たくさんの貝殻と黄色の石が2つ付いているブレスレット。
包みの中には、一生懸命書いてくれた貝殻の種類と石の名前、効力が書かれていた。心が温かくなる。来て、良かった。
子供達にお礼を言って、北中央本部に戻る。
黄色の石は、レモンクォーツ。ざっくり言えば幸せな気持ちになる力が宿っているそうだ。
石なんてなくてもこのブレスレットだけで、私は幸せな気持ちになるよ。
日が暮れて、建物も道も橙色に染まっている。
馬車を使わなかった事を後悔していたけれど、ブレスレットを思うと気持ちも足も自然と軽くなる。私はそのまま駆け足でお姉ちゃんの元に走った。