呪われタロット
卒業以来6年ぶりに高校の友達の怜治と朋美と飲みに行った。
怜治は見た目に変化はなかったが6年の間に色々あったらしく、愚痴っぽくなっていた。
朋美は見違えるほど可愛くなっていたが異常なまでのオカルト好きは健在のようだった。
怜治は最近嫌なことがあって急に俺たちに会いたくなったらしい。
しばらく飲んでいると、突然朋美がトランプのようなものを取り出した。
「これは『呪われタロット』って言って、将来受ける呪いを占えるらしいの」
そう言って、みんなで引いてみないかと提案した。
面白そうだったので引いてみることにした。
各々がタロットカードを引き、まずは俺からと血文字のようなもので書かれた文章を読み上げる。
「このカードを引いた人間は呪われる。強力な呪いの力に耐えきれなくなり、体がはじけて死ぬ。ゲームオーバー」
読み終わると同時に怜治と朋美は順番にカードの内容を読み上げる。
「このカードを引いた人間は呪われる。呪いの力が全身にまわり、長い間苦しみ悶えたのち死ぬ。ゲームオーバー」
「このカードを引いた人間は呪われる。呪いの力が生気を奪い続け、体が徐々に冷たくなり死ぬ。ゲームオーバー」
内容が若干投げやりで、カード自体も素人の手作り感満載だったため正直反応に困った。
朋美はこれを占い師から60000円で買ったらしい。なんでも身に降りかかる危険を前もって察知できるらしいと。見事に詐欺られていた。
その後俺たちは大いに盛り上がり、思い出話や暴露話なんかをネタにしながら飲み明かした。俺は、朋美が旧校舎のお札を剥がしてはコレクションしていた話、怜治が好きな子に土下座で告白した話、実はその子が俺のことを好きになっており俺が怜治に呪殺されそうになっていた話などを聞いては大笑いしていた。
翌日、俺は携帯の振動音で目を覚ました。時計を見るとすでに14時をまわっていた。昨日は結構飲んだせいで長い事眠っていたみたいだ。携帯はまだ振動している。画面を見ると電話がかかってきていた。目を半開きにさせながら冴え切らない頭で電話に出る。
「大丈夫!?」
「朋美?どうかしたのか?」
「ねえ、ニュース見た!?」
「は?ニュース?」
そう答えながらテレビをつける。するとそこには昨日一緒に飲んでいた怜治が毒物の摂取により死亡したというニュースが流れていた。俺の半開きの目が一気に見開いた。
朋美によると、怜治は商店街の真ん中で倒れてから救急車に運ばれるまでの間ひどく苦しんでいたらしく、その様子を撮影した映像がショッキングすぎるとかなり話題になってしまっているらしい。
番組内で紹介された映像の中の怜治は顔中の穴という穴から大量の血を垂れ流し、あまりの苦しさからか自分の首を掻き毟りながら、昨日の様子からは想像できないほどのおどろおどろしい声で首を大きく振りながら何かを叫んでいた。
俺はあまりの恐ろしさに心臓をギュウと掴まれたような感覚に陥った。
『呪いの力が全身にまわり、長い間苦しみ悶えたのち死ぬ』あの酒の席で引いたタロットに書いてある通りになっている。
朋美はあの『呪われタロット』が呪いの発生源になっており、その呪いによって今回の事件が起きたと考えているようだ。
朋美はこういった呪いの対処に詳しく、既に呪いを解除するお札を用意していて今から車で、昨日の帰りに職場に置いてきたあの『呪われタロット』に貼りに行くそうだ。その道中で俺の家に寄って行くから今すぐ支度してくれとも言われた。俺はすぐに支度し、家の前で待った。
俺はこれからどうなるのだろうか。あの『呪われタロット』の予言通りになって俺も怜治のように凄惨な死に方をするのだろうか。自分の体が風船のように膨らんでいき、それがはじける様子を想像して身震いした。
しばらく待っていると車に乗った朋美が現れた。俺は車の助手席に乗ろうとドアを開けると信じられないくらいの熱気が俺を襲った。今は8月で猛暑日だというのに朋美は車内で暖房をつけていた。
「ご、ごめんね……運転変わってくれないかな……なんか寒い……」
朋美の様子が『呪われタロット』の予言と一致しているのを見て、サァっと血の気が引いていくのが分かった。もう俺たちに残された時間は少ないのかもしれない。急いで朋美と運転を交代し、ナビが示す目的地に向かう。
向かっている途中、怜治のニュースの続きを聞こうと思いラジオをつけ、幾つかのチャンネルを経てニュースチャンネルをつけると、助手席の朋美は肩で息をしながら苦しそうに言った。
「人の声は頭に響くかも……ひとつ前のチャンネルにしてくれると嬉しい……」
「そうだよな。す、すまん……」
謝りながらラジオを切り替える。するとクラシック音楽のチャンネルだったらしく、車内に耳あたりの良いクラシックが流れる。高校の時の朋美はいつもアニソンばかり聞いているような奴だった。アニソンをかけてやろうかと思ったが、アニソンも人の声で歌っている以上、さすがに今聞くのは厳しいだろうと思ってやめた。
朋美の職場は何かの工場のようだった。
朋美は工場の中にある製品開発用の部屋に『呪われタロット』があると言いながら、お札と部屋の鍵を俺に渡してきた。
「製品開発室は5階の階段を上ってすぐの廊下を左に進んだ突き当り……私も当然向かうけど途中で力尽きてしまうかもしれないから……途中でいなくなっても迷わず製品開発室を目指して……」
俺は先ほどよりもつらそうな朋美を見ながら力強く頷き、目的地に向かう。
言われた通りに階段を上り3階に差し当たった頃、俺の体にも異変が起こった。体が動かしにくくなり、息苦しさや吐き気を感じる。熱中症のような症状だが、恐らくそれだけではないのだろう。
このまま無理をすれば、最悪自分の身に危険があるかもしれないと思うと足が竦んだ。
後ろを見る。朋美はなんとかついてきているが、もう限界といった感じだ。
やはり俺が行くしかない。そう自分を鼓舞しながら足を進める。
ようやく製品開発室の前にたどり着く。
肩で息をしながら来た道を見ると朋美は息絶え絶えといった様子でついてきていた。
まずいぞ、1秒でも早く解呪しないと取り返しのつかないことになってしまう。
換気、ゴム手袋着用、などの注意書きが書かれたドアの鍵を開け、勢いよく中に入る。
日曜ともあって中には誰もおらず、換気のために開いた窓とデスク群、そして奥の方に実験室らしきものが目に入った。
「右奥の席……」
朋美の絞り出したような声を聞いて目をやると、開いた窓のそばに朋美の苗字が書かれた真新しいプレートと昨日見たあの『呪われタロット』が置かれた机があった。
大急ぎで机の前に向かい、お札を『呪われタロット』の上に貼る。
貼っても特別なことは何も起こらなかった。
何か失敗したのかと不安になり、慌てて朋美の方を見る。
朋美はこちらに手を振りながら、あれだけつらそうだったのが嘘だったのではないかと思うほど元気そうにして、こちらへ駆け寄って来ていた。
よかった解呪は成功したようだ。
朋美が来るのを待っている間、ふと机の上を見る。
そこにあるものを見るに、ここは化学薬品を取り扱う工場のようだ。
あいつ、高校の時は化学が嫌いすぎて文系を選んだというのに、人生は分からないものだな。
朋美が俺の下までたどり着くと、体がふわっと暖かくなり、昔どこかで嗅いだようないい匂いが鼻先をくすぐった。
俺は朋美に抱きしめられているのだと気付くのに少し時間がかかった。
「朋美……」
朋美の体が震えている。それほどまでに怖かったのだろう。
朋美が何か言いたげにじっと俺を見つめる。潤んだ目と赤らめた頬が印象的でつい見惚れてしまった。
朋美は本当に可愛くなった。昨日の待ち合わせで怜治と一緒に居なければ気付かなかったかもしれない。
俺は朋美の頭を撫でながらその体温を感じ、改めて朋美を守れたことを実感する。
良かった。怜治は本当に残念だったけど、朋美だけでも守れて本当に良かった。
「朋美……帰りに怜治を弔ってやろう……」
そう言いながら後ろを振り返る。
窓からは綺麗な夕日が見え、心地よい風が吹いていた。
風の涼しさと達成感で階段で感じてた呪いによる体の異変も和らいだ。
俺は身体が浮いたと錯覚するほど、軽やかな気分に包まれた。
気付くと
風の音が
強くなっていた。
「最期まで私に気付かなかったのね。私はずっとあなたを想っていたのに」
彼女はそう言って綺麗にはじけた俺の体を見下ろしていた。