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短編集

だから「婚約者のいる方につきまとうのは、宜しくないと思うのですが……」と申し上げましたのに

作者: 柚木ゆきこ

 短編を描こうとすると「婚約を破棄する」から始まる不思議。

本日もテンプレ婚約破棄から始まる話です。

「リナリア・バーレン公爵令嬢、お前と婚約破棄をする!」


 卒業パーティが始まる前の休憩時間。卒業式を終えた卒業生とパーティーに参加予定の在校生が共に、歓談に興じていた。

 卒業パーティは在校生が企画しなければならないため、卒業生が卒業式中は準備に大忙しである。だが、その最後の準備も終わり、後は開催するだけとなった時、(リナリア・バーレン)は協力してくれた友人達とのんびり談笑して時間を潰していた。


 しかしパーティ開始まであと半刻、という時にデルフィー殿下(第一王子)が乱暴に扉を開け、大股で会場に入ってきたのだ。それまで雑談していた参加者の声は一瞬で静まり、殿下の足音がホール内に響く。それに続いて入場したのは、宰相の息子、近衛団長の息子と魔導士団長の息子、そして小刻みに震えている女性だった。

 足音だけで、相当苛立っているのだろうな……とは思っていたが、この言葉で私は彼の評価を最低まで下げる事になる。最後の一時を穏やかに楽しく過ごして欲しいと私は思っていたのだけれど……それはデルフィー殿下の一言で壊されたのだ。それが冒頭の一言である。


 そして婚約破棄を告げて私を意気揚々と見下しているデルフィー殿下が目の前にいた。

 

 彼に怒鳴られたリナリア・バーレン公爵令嬢は勿論私であるが……その言葉を聞いて頭を抱えたくなる。まさかこの場で婚約破棄を告げるとは思わなかった。歪みそうになる口元を自然に見える所作で隠し背筋をスッと伸ばす事が出来たのは、私の矜持に他ならない。

 そもそもデルフィー殿下と、ヒヨコの様にくっ付いている取り巻き――宰相の息子、近衛団長の息子と魔導士団長の息子の三人は、卒業生として送り出される立場の人間である。この卒業パーティの意義を理解しているのだろうか……いや、理解していないだろう。むしろ、「自分は正しいことをしている」とでも思っているのかもしれない。

 なにせ、この中で一応一番地位があり、本人が黒いものを白と言えば白になると信じている程頑固な人間だ。彼を誰も止める人間がいない上に、側近が助長しているのだ。これほど頭の痛いものはない。

 なんて思考の渦に嵌っていたら、痺れを切らしたらしいデルフィー殿下が私に怒鳴りつけてきたのだ。


「リナリア、お前はカメリア・オルソン子爵令嬢に対して暴力行為を働いただろう?!彼女が泣いている姿を我らが見ているんだ!!!」


 ちらっと彼が後ろを振り返る。そこには宰相の息子、近衛団長の息子と魔導士団長の息子に囲まれた卒業生のカメリアがおり、肩で切り揃えられた明るめの茶色の髪が小刻みに揺れている。それだけではなく、顔色も真っ青である。

 カメリアの顔色に気づいたデルフィー殿下は改めて彼女を自分の身体の後ろに隠し、「大丈夫、怖くないよ?」と甘い声で彼女に囁いた。その声を聞いた彼女は、表情の抜けた顔で令息達を見渡している。四人が彼女を愛してやまない優しい瞳で見つめているので、側から見れば甘い空気を醸し出しているように見えた。

 そんな空気を読み取ったのか……頼られている、と感じた彼らは更に声を上げ始める。


「彼女が私の寵愛を受ける事に嫉妬したのだろう?」


「そもそも寵愛を得られなかった貴女の自業自得だと思いますが……彼女を傷つけるとは、言語道断ですね」


「なんて奴だ」


「許せません」


 勢いに乗った殿下の取り巻き……宰相の息子、近衛団長の息子、そして魔導士団長の息子が次々に私を糾弾し始める。第デルフィー殿下も含めて、まるで水を得た魚のようだ。

 周囲は先程から私も含めた彼らの様子を静観している。彼らが子爵令嬢に入れ上げていた事は知っていたのだろうが、話の内容からまだ何が正しいのか判断が付かないのだろう……仮に判断できたとしても、相手がデルフィー殿下と上位貴族なので動く事はできないだろうが。

 ついでに言えば、先程からニヤニヤと気味の悪い笑顔を私に向けている令嬢がいる。まぁ、多分私に嫌がらせを擦りつけたのだろう。笑っていられるのも今のうちだと思うけど。


 ため息を吐きたくなるのを堪え、私は口元から扇を外した。その口元は僅かに引き攣っているのだが、幸い周囲には誰もいない上、目の前にいる彼らは自分たちの姫に夢中で、悪役である私のことは気にならないらしく、そんな表情の変化にも気づかない。

 調子に乗ったデルフィー殿下が何か喋ろうとしたので、流石に私も動き始める。


「リナリア!お前を――「お言葉ですが、彼女に暴力行為を働いたことはございませんわ」


 今現在も私を糾弾しようとしている彼の声に被せて発言をする。この機会を逃したら、悪口を言われて終わるだろうことは想像に難くない。彼に対して不敬ではあるだろうが、第三者(特に国王陛下)には大目に見てもらえるはずだ。

 ちなみに発言を遮られた当人は、私に話を遮られるとは思わなかったらしく、私を指差したまま固まっている。察するに、私が遮った言葉は彼の決め台詞(国外追放だ!)だろう。そのセリフを台無しにした私への感情――特に怒りだろうが、消化できない様だ。

 デルフィー殿下と初めて顔を合わせた日に二人で庭の散策をしていたのだが、一度悪気なく彼の言葉に私の話を被せてしまったことがある。幼い頃とは言え、尋常では無いくらい顔を真っ赤にして怒り出し、そのまま私を放置して自室に帰ってしまったのだ。それから私は基本聞き役に徹し、提言があれば端的に言う様に努めてきた。

 そんな私が言葉を重ねると思わなかったのだ。まあ、私から言わせれば無実の罪で断罪しておいて、大人しくしている人間はいないと思う。だから私は彼が話し出す前に再度疑問を投げかける。


「暴力行為を働いたことなど、国王陛下に誓ってございません。そもそも、証拠はございますの?」


 私からすればそんなものは勿論無いと思うのだが、念の為に確認を取る必要がある。そもそも彼らは何を根拠に私が彼女を虐めていると思っているのかを知りたかったからだ。

 私から証拠という言葉を聞いたデルフィー殿下は、意気揚々と答え始める。そして何となくではあるが、嫌な予感がした。


「彼女が泣いていた。それが証拠だ」


 やっと言えたぞ、という雰囲気を醸し出しながら一息に言い切った後、彼は取り巻き達に目を配る。その目線の先を辿っていくと取り巻き達も同様に、得意げな顔で頷いていた。つまり物的証拠等々はないそうだ。

「話を聞かない男だとは思っていましたが……此処までとは」と思わず口に出してしまった私は悪く無い。


 幸い、その言葉は彼らに届くことはなく、静まりかえっている会場に気を良くしたのか、更に有頂天になった彼が話し始めようと口を開こうとした。が、そうは問屋が卸さない。


「では、お聞きしますが。彼女が何故泣いていたのか……殿下はその原因をその場できちんと確認されているのでしょうか」


 声を出す前に私から質問されたデルフィー殿下は、再び凍りついていた。いつも通りアドリブにも弱いらしい。普段であれば、これくらいで大人しくしている私だが、そんな遠慮は無用だろう。と言うことで、再度疑問を問いただした。


「ですから、彼女が泣いた原因を貴方がたは正しく理解できているのですか?」

 

 二度目の発言で私の言葉がやっと理解できた第一王子デルフィー殿下は、空いている手を腰に当て、自信満々に答え始めるのだが……やはり彼は頭がお花畑のようだ。


「原因はお前の虐めだ!お前が暴力を振るったからだろう!」


「彼女がその様に仰ったのですか?」


「いや、カメリアがそう言った事はないが、どうせお前が彼女に王太子妃の権限を乱用して、暴力を振るわれた事を誰にも言うなと脅したんだろう?」


「……想像力豊かですのね」


 ああ、ダメだこいつ。と思わず口に出してしまいそうだった……この様子であれば、カメリアの発言もきちんと理解していないのだろう。良いところのお坊ちゃんが四人もいて、全員が色ボケしているなんて……残念である。

 

 しかも私が呆れて無言になっているのを、彼は「図星であるから、言葉が出ない」と解釈したのだろう。なんて浅はかな……彼女を後ろに隠し、満面の笑みで再度私を指差してきた。


「お前は国外追放だ!追放されたくなければ謝罪するんだな!」


 周囲の取り巻きも彼の言葉に合わせニタニタと笑っている。令嬢を国外追放にする権力など、彼らには持ち得ないにも関わらず、それが叶うと本気で彼らは思っているようだ。

 これは第一王子と取り巻きも含めた学園の卒業パーティの休憩時間である。休憩時間と言えども、こんな茶番は一刻も早く止めるべき、と判断した私は仕方なく、場を収めるために声を上げようとしたその瞬間。


「ふざけないで下さい!!!!!」


 という甲高い声がホールに響き渡った。その声の出所にほぼ全員が目を疑っている。

 私は眉を下げ(ああ、流石に沸点を超えてしまったのね……)とカメリアを憐れんだ。 


「私がいつ、リナリア様に虐められたと発言したのですか?!なんで話を貴方達は聞いてくれないの?!虐めは確かにありましたが、リナリア様は関係ありません!!それと、皆様。婚約者でもない私に近づかないでください!!!」


 ……顔を真っ赤にして、声高に怒鳴っている彼女は、これまでに無いほど怒っていた。その原因は勿論、馬鹿カルテットである。しかし残念ながら、彼らは何故カメリアが怒っているのか理解ができないのだ。


「カメリア、あいつを庇わなくて良いんだよ?」


「そうだ!全部アイツが悪いんだろ!」


「本当のことを言いなよ」


「私たちが守りますから」

 

 そう口々に言うが、彼女の怒りは収まらない……どころか、火に油を注いでいるのだが、彼らはその事に気が付かない。しかも、カメリアは第一王子から離れようと試みるが、第一王子たちががっちりと周囲を固めているので、なかなか離れることができない。その事も彼女の怒りに触れていた。


「ふざけないで!!!」


 敬語をかなぐり捨てて発狂する彼女の様子にポカンと呆気に取られるデルフィー殿下達。しかしまだ彼女は彼らから逃れられない状況におり――二の句が継げない空気が漂う。私ですらどう収拾をつければ良いのか悩み始めていたその時。


「兄上、何をしているのですか?」


 と殿下の弟であるライラック殿下(第二王子)が声を掛けながらホールに入ってきたのである。




 それから膠着していた場が動き始めた。流石は秀才と噂されるライラック殿下である。


 満面の笑みで手を挙げている彼は、兄であるデルフィー殿下を見つめていた。いや、見つめていたなんて可愛いものではなく、笑顔で睨んでいたと言って良いだろう。その迫力に押し負けたデルフィー殿下は、思わず身を竦める。取り巻き達も彼の雰囲気に圧倒されたのか、カメリアから少し距離を取ったのだ。

 その隙を突いて彼女は私の後ろへ滑り込み、デルフィー殿下たちから隠れる様に身を潜める。その事に気づいた彼らは手を伸ばすが、それを遮ったのはライラック殿下だ。


「兄上。彼女には構うな、と散々父上から話がありませんでしたか?」


 和かに話すライラック殿下だが、第三者から見て二人を例えると、まるで虎と兎である。


「だが……」


「何か弁解でも?」


 笑顔だが圧が強いライラック殿下に、デルフィー殿下はたじろぐ。そして黙りを決め込もうとしたのか、俯いたまま言葉を発する事はない。周囲の取り巻きたちはそんな彼の様子を見て、慌てふためいている。

 しかし、その状態を許さないのがライラック殿下だ。


「兄上、何か仰ったら如何ですか?」


 笑顔で追い詰めてくる弟に、切羽詰まった兄は何かしら答えようと思ったらしい、彼は顔を上げるのだが言葉を紡ぐことが出来なかった。自分で弁明が出来ないデルフィー殿下は、丁度目が合った(と彼は思った)カメリアに優しく声を掛けて、彼女に答えてもらおうと話しかけ始めた。


「なあ、カメリア。リナリアが君を虐めたのだろう?だからそれを暴くために、僕らはここでリナリアを断罪したんだ。そうだろう?」


 彼女が頷けば自分の正当性が示せると思っているのだろう。デルフィー殿下だけでなく、後ろにいた取り巻き達も縋る様にカメリアを見ている。

 だが、彼らは気づかない。彼女が鋭い目で彼らを見ている事に。


 彼女が中々同意しない事に堪忍袋の緒が切れたデルフィー殿下達は、彼女に近づこうと一歩足を踏み出すが、その一歩は勿論、私が許さない。


「おい、どけよ」


「いいえ、話を聞かない(馬鹿)を近づけさせるわけにはいかないので」


「何だと?!」


「兄上、リナリア嬢の仰る通りです。まだ婚約者でない女性に婚約破棄を突きつけた上に、婚約者のいる女性に手を出そうとするなんて、王族失格ですよ。この事は、父上に報告しますから」


 王族失格、報告という言葉に青ざめたデルフィー殿下は「いや、俺(王太子)の婚約者はこいつだろ?」等訳の分からないことを言っているが無視だ。

 和かにライラック殿下は話しているが、国王陛下に報告するよう指示は既に出し終わっているはずだ。普通であれば、大公・もしくは公爵や侯爵辺りの地位での臣籍降下で許されただろうが、今回はどうなるのだろうか。



 そんな事を考えていると、後ろにいるカメリアから声がかかる。


「リナリア様、巻き込んでしまい本当に申し訳ございませんでした」


「貴女が悪いわけでは無いわ。謝らないで?話を聞かない彼らが全ての原因だもの」


「しかし……」


「だったら、今度向こうのお菓子でも送って頂戴。最近の新商品で長期保存ができる茶色い甘いお菓子が売り出されているのでしょう?」


「……ええ!必ず」


 そう和やかに話していた私たちだったが、それを目敏くデルフィー殿下たちが見つけたらしく、私たちに口を出そうとした。


 その瞬間、ホールに殺気が広まる。それはデルフィー殿下と取り巻き達に向けられていたが、周囲にいる傍観者たちもその空気に当てられ、倒れそうになる者、震える者、硬直する者……兎に角少ないながらも恐怖を感じ始めていた。

 それを全身に浴びている彼らは、力を入れることができず硬直する。


 その殺気を全く寄せ付けないのが、ライラック殿下とカメリアだ。私ですら少し手が震えているのに。


 その原因の男は、ホールの入り口から悠々と入場してきたのだ。黒地で金の装飾がふんだんに付けられた軍服を纏い、背中には赤と黒地のマントを羽織っている。流石の貫禄。うちの第一王子とは月と鼈……いや、比べるのも烏滸がましい。


「私の婚約者に手を出したのは、誰だって?」


 今直ぐにでも、相手を八つ裂きにしそうな程の殺気を放った男に、デルフィー殿下はたじろぐ。一方、カメリアはそんな圧などまるで無いように、彼の元に早足で駆け寄ったのだ。


「ランサス!来てくれたの?」


「ああ、一仕事終えることができたからな」


 彼女の満面の笑みにつられて、彼の放つ殺気も段々と弱くなる。今まで殺気に当てられ動けなかった参加者も、気が薄くなってきたからか、少しずつではあるが動き始めた。勿論、それはデルフィー殿下達も一緒である。

 当の二人は周囲のことなど気にせず話し続けている。周りが見えなくなるのは、昔から変わらないらしい。


「でも、忙しいってマグリット様からお聞きしましたよ……?」


「仕事なんぞ、どうにでもなる。むしろ私にとっては婚約者であるカメリアの可愛らしいドレス姿を見るのが、最優先事項だ」


「うふふ、嬉しい!」


 そう話す彼らの空気は、柔らかい……と言うか、甘々である。彼らから目線を逸らす者もいれば、逸らしているように見えて彼らを見つめている者、完全に彼らを視界に入れないように背を向ける者など様々だ。

 睦み合う仲の良さは変わっていないようだが、そこに入ろうとする……まあ、よくあの空気を壊そうと思えるものだ――空気クラッシャーのデルフィー殿下は、大声を上げた。


「おい、お前!彼女に近づくな!!」


 彼が言葉を言い放ったと同時に、凄まじい空気の圧が動いたように感じたのは気の所為ではなかったようだ。声を放った殿下を見てみると、倒れたのか尻餅をついており、顔はまるで幽霊でも見たかのように青褪めている。

 

 そんなデルフィー殿下を一瞥した彼は、「軟弱な奴め」と言い放った後、彼と取り巻き達を睨みつけながら続けた。


「ふん。万が一、もしカメリアが違う奴と婚約するとしても、お前みたいな軟弱な奴の婚約者なんぞに許すわけがなかろうに。……まあ、ライラックくらいでないとな」


 チラッとライラック殿下に彼が目線を送ると、ライラック殿下は苦笑しながら答える。


「そこまで評価して頂いたのは嬉しいですが……私には想い人がおりますので」


「はは、冗談だ。たとえだ、気にするな」


 と、ライラック殿下に手を振りながら改めて彼は腰を抜かしているデルフィー殿下達を睨みつける。その目線に肩を振るわせたデルフィー殿下だったが、彼女への愛はその視線を打ち破るほど大きかったらしい。まだ立ち上がることもできない間抜けな格好ではあるが、殿下は彼を指差して叫び出す。


「そもそも、俺はこの国の王太子だぞ!?そんな婚約どうとでもできるんだ!」


 ……色々言いたい事はあるのだが、まず怯えながら言うセリフではないし、相手に勝てないからと権力を振り翳すのは何とも見苦しい。昔はまだ王族としての志を宿していたのに、いつからこうなってしまったのだろうか。少し悲しく感じる。

 そんな負け犬の遠吠えを楽しそうに聞いている彼は、悪魔か魔王か……軍服が更に彼の存在を際立たせている。


「ほう、そこで権力にものを言わすとは。もう少し骨のある奴かと思っていたが……残念だ」


 口角を上げながら愉快そうに言ってのける彼に、デルフィー殿下は今更ながら不審に思ったらしい。

 だからだろうか。先程から彼らに目線を送っていたデルフィー殿下が私に視線を寄越すが、こっちとしては冤罪をふっかけられているのだ。反応するつもりもない。

 ついでに彼もデルフィー殿下の視線に気づいたらしく、私に目線を送ってきた。その視線にはこの茶番を終わらせて良いか、という意味合いが込められているように感じた私は、コクリと頷く。

 その答えを理解した彼は、カメリアの腰に手を当て、堂々と宣言し始める。


「名乗り遅れたが、私は帝国の第一皇子、ランサス・アレクシュトロイゼンである。そして隣にいるカメリアは、先日帝国内で私の婚約者として発表されているのだが、それをどう覆すと?」


 ニヤニヤ笑いながらで彼を見ているランサス殿下は、まるで悪魔のようだ。流石に頭が空っぽな第一王子も、その意味が理解できたらしい。

 帝国は我が王国と同盟を結んでいるため現在は平穏を享受しているが、元々領土や軍事力が数倍違うのだ。もし皇太子の婚約者を無理矢理第一王子の婚約者にすれば、帝国との同盟は亀裂が生まれるに違いない。圧倒的な武力でこの国を滅亡させてしまう事もできるだろう。

 あの馬鹿王子たちでもそこは理解できているらしく、一言も喋る事なく固まっている。取り巻き達はランサス殿下の顔を見る機会が無いのでしょうがないとしても……デルフィー殿下は大体5・6年前だろうか。その頃、一度お会いしているはずなのだが。記憶にないらしい。

 ついでに言えば、カメリアが先ほど名前を言っていただろうに……まぁ、学園のパーティーに帝国の第一皇子、今は皇太子が来るとは思わないか。


 それ以降、何故帝国の皇族がこの国を訪れていないかと言うと、帝国は数年前より第一皇子派と第二皇子派の間で王位継承争いが発生しており、冷戦状態となっていたのだ。特にここ2年ほど前より状況が悪化していた。

 2年前にカメリアを婚約者として考えていたランサス殿下であったが、それが原因で彼女を暗殺しようという動きが出てきたらしい。彼女はランサス殿下を支持する公爵家の養子である。彼らの力が強くなるのを恐れたのかもしれない。苦渋の決断を迫られたランサス殿下は、王国内で唯一皇族と関係がある我が公爵家に彼女の保護を依頼された。

 ちなみに何故当家なのかというと私の生まれる前に亡くなられた曽祖母が帝国の皇族の一人だったそうだ。だから帝国と王国は同盟を組むことができ、今もそれが続いている。


「そもそもカメリアは我が妃になるために必要な勉学をリナリア嬢から教授されるよう、此方から依頼していたのだが……その件も第一王子には話してあると聞いているぞ?なのに、何故リナリア嬢がカメリアを虐めているという話になるのだ?」


 王位継承争いもあって、思うように皇妃教育が進んでいなかった彼女は、私から座学……言語や地理、歴史経済などの知識の部分を学んでいた。多分彼女が泣いていたのは、経済の授業の後だろう。どうしても内容が理解できない、と泣きそうになっていたのを思い出す。前にも後にも泣きそうだったのはその一回だけだった気がするが。


(ですが、そこで諦めずに縋り付く姿勢は素晴らしいものでしたわね)


 と一人で思い出して感心していたのだが、第一王子の言葉で現実に引き戻される。


「え、嘘だろ?」


 間抜け面でそう零した第一王子を見て、眉間に皺が寄ってしまった私は悪くないと思う。

 何故か彼は私を見てきたので、一応答えておく。


「いいえ、嘘ではありませんわ。むしろ殿下にも陛下より説明があったと思いますが」


 先程、ライラック殿下が「父上より、彼女には構うなと言われた」と仰っていたのだから、説明は受けているはずなのだが……多分、急遽陛下に呼び出された第一王子は、話を聞くのが面倒だったからか話半分しか聞いていなかったのかもしれない。まさかピンポイントで彼女に手を出そうとするとは思わなかったが。

 ちなみにこの件を知っているのは、私を含めた公爵家以外に陛下・王妃様・第一王子・第二王子・宰相のみであって、一学生である第一王子の取り巻きたちには知らされていない。この様子を見ると、第一王子も「知らない」に入れて良いのかもしれないが。


「つまり第一王子はこの件について話を聞いているにも関わらず、我が婚約者に手を出したと?言っちゃ悪いが馬鹿か?」


 第一王子を揶揄うかのように言葉を発する皇太子に、第一王子は顔を真っ赤にする。馬鹿と言われて、頭に血が上っていた彼だったが、顔を上げた時に周りの視線に気づいたようだ。周りの目は皇太子のこの言葉に賛同するかのように、冷たいものだった。

 ついでに言えば、カメリアに嫌がらせをしてきた令嬢達も顔が真っ青である。第一王子とその側近に気に入られている令嬢だからと嫉妬で虐め、第一王子の婚約者候補である私に擦り付けようとしたのだろうが……それが出来ないと理解したのだろう。カメリアがランサス殿下に虐められていた事を言えば、彼女達は終わりだ。震えながら待つと良い。と言っても、カメリアは告げ口するような子ではないけれど。

 そんな中でもデルフィー殿下達は今更ながら、状況の不味さに気づいたらしい。縋るように私の目を見てきたのだが……


(流石に冤罪を被せようとした男の妻になりたくありませんわ……だから何度も婚約者のいる方につきまとうのは、宜しくないと思うのですが、と申しましたのに)


 デルフィー殿下は私がカメリアに言っているのだと勘違いしていただろうけれど、私からすれば皇太子の婚約者に内定しているカメリアに近づくなと言う意味で言っていた。殿下も取り巻きも字面通りに取ってしまったのだろう……まぁ、字面通りに取っても殿下以外の取り巻きたちには婚約者がいたのだし、彼も私を婚約者だと思っていた。それで思い直す事もない彼らはダメだったのだ。

 デルフィー殿下の視線からゆっくり逃れると、丁度斜め後ろにいる令嬢達――第一王子達の取り巻きの婚約者の方々と目が合った。取り巻き達も同様に自分の婚約者に助けを求めたらしい。まぁ、目を背けたくなるし、関係者だと知られるのも嫌でしょうね。

 重々しい空気が続く。誰もが声を上げることができず、静かに見守っている中、ライラック殿下の報告が届いたらしい。早足で歩いてきたのだろう、息を切らした国王陛下の計らいで卒業パーティは取りやめとなり、改めて王宮で開き直す事となった。


 

 この件の翌日、陛下はこの茶番を起こした四人を謹慎させた。その間に彼らの処分が決定する。

 宰相の息子、近衛団長の息子と魔導士団長の息子は勘当されずに済んだものの、実家に入る事は許されず、第一王子と共に国王陛下の友人である辺境伯の元へ送り込まれる事になった。

 ちなみに第一王子は継承権を失う事はなかったが、臣籍降下することがほぼ決まりだそうだ。どの爵位に下ろすかは、これからの頑張り次第、らしい。辺境伯領は獣や盗賊等が多い戦闘地域なので、きちんと使えるようにと軍部の側近が直々に四人を相手にしてボコボコにしていると聞いた。



 謹慎が発表された数日後、カメリアと私は王宮の庭園にある四阿を借りてお茶会を開いていた。

 カメリアは皇太子の婚約者として正式に王宮へ招待されている。彼女が言うには皇太子もこちらには仕事で来ていたらしく、現在は宰相・国王陛下と共に同盟の条約確認の最中らしい。私から言わせれば、それはついでなのだろうけど。

 帝国は大丈夫なのか、と心配していたが、皇太子の弟――つまり第二皇子が嬉々として精力的に動いているらしい。元々第二皇子としては臣籍降下して兄を支えるつもりだったが、アレよアレよと言う間に有力貴族に持ち上げられてしまった上に、彼らを止めることができなかった事を悔いているそうだ。まあ、今回の継承権争いは現皇帝が人の意見に左右されやすい、決定力がない性格が災いしたらしい。ランサス殿下が皇帝になれば、皇族の力も戻るだろう、とされている。

 既にランサス殿下が皇太子だと発表と儀式も終了したので、問題も起こる事はないらしい。……ちなみにランサス殿下は第二皇子派だった有力貴族をほぼ全部潰した状態で此方に来ていたのを知ったのは、後日ライラック殿下から聞いた話だ。


 話題は勿論、カメリアと私の将来についてである。この国の王族は、王太子が指名されて初めて婚約が成立する。まだ陛下が王太子を発表していないので、私は婚約者がいない状態ではあるが、暗黙の了解で第二王子の婚約者になるだろうと周知され始めている。

 第二王子……ライラック殿下はよく放置されていた私にいつも声を掛けて下さった優しい方だ。デルフィー殿下から婚約者でもないのにお茶会に誘われ、直前にキャンセルされ放置されたことが何度もあった。そんな時に声を掛けて下さったのが彼だ。落ち込んでいるときに優しく声を掛けられたら、慕ってしまうと思う。


 そんな事を考えていたら、もしデルフィー殿下が少しでも私の話を聞いてくれれば、ここまですれ違うことは無かっただろうと思うと悲しいと、ポロッと声に出していたらしい。ハッと気づくと目を見開いたカメリアがいた。


「お姉様……貴女が胸を痛める事はないわ!考えても見て!デルフィー殿下は『実の父親』の意見すら聞かなかったし、殿下の取り巻き達も『女性』の意見すら聞かなかった人間よ。彼らの自業自得だと思うわ」


「カメリア……」


「それより将来のことを考えましょう!」


 目をキラキラ光らせて言葉を紡ぐ彼女に眩しさを感じながら、私は首を縦に振る。そして二人の将来を話していた時にやってきたのが、ランサス殿下であった。


「カメリア。良い子にしていたかい?」


「まぁ、ランサス。いつまでも子ども扱いしないで頂戴!」


 戯れながら二人が話す姿を笑顔で私が見ていると、何かを思い出したらしいカメリアが「あっ」と声を出し、勢いよく此方に向いたのだ。


「お姉様ごめんね。ちょっとランサスに渡したいものがあったの。部屋に取りに行ってきても良いかしら?」


「ええ良いわよ」


 和かにそう返せば、「すぐに戻ってくるわ」と言って早足で去るカメリア。走らない程度の速さで、姿勢を崩さず歩く彼女の姿は上品だ。

 微笑みながら彼女を見ていた私に、珍しくランサス殿下から声を掛けてくる。


「今回は助かった」


「いえ、彼女は覚えがとても良い方ですから、私も楽しく教えさせていただきましたわ」


「それはよかった……一つ聞くが、カメリアと距離が近くないか?しかも何故お姉様と呼ばれているのだ?」


 その瞳に嫉妬の色が見える。だから「お姉様」は止めて欲しい事を遠回しに伝えたのだが……結局押し通されてしまった。そう考えると、カメリアはランサス殿下にそっくりである。


「女性同士の公の場ではないので、許される範囲だと思いますわ。ちなみに私も何故そう呼ばれているのかは、存じ上げません。先程、彼女がそう宣言されて……押し切られてしまいましたわ。申し訳ございません」


 そう伝えれば、彼はこれ以上私を追及できなかったようだ。少しの間無言の時間が続くと、ふと耳に聞きなれた声が届いた。


「お姉様、お待たせしました!」


 その声の方向に顔を向けると同時に、目の前のランサス殿下がカメリアに話し始めていた。


「カメリア、何故リナリア嬢をお姉様呼びしているのだ?」


「だって、私の勉学の師匠ですから!それに、名前も似ているでしょう?姉妹のようだと思ったの。だからお姉様、と呼ぶ事にしたのよ!」


「それはいい、分かったが!何故私には特別な呼び方がないのだ?!」


 ……つまり、殿下は呼び捨てではなく愛称で呼んで欲しいと言う事なのだろうか。雰囲気が険悪で側から見たら殴り合いをしそうな状況なのだが、なんだろう。一部始終を見ている私に言わせれば痴話喧嘩にしか見えない。

 あれ、彼女が絡むと残念にしか見えないのは気のせいだろう、うん。気のせいだ。


「なんだ、愛称で呼んで欲しいならそう言いなさいよね。じゃあ考えておくわ」


「本当だな?絶対だぞ?」


「勿論よ。ランサスも私の愛称を考えておいてよね。ほら、良いの?お姉様の前で素が出てるわよ」


 私の事を思い出したのか、動きの悪いおもちゃのように私の方を向く殿下。その顔は少しだけ蒼い。


「問題ありませんわ。私は何も見ていませんもの」


 そう微笑むと安心したのか、ランサス殿下はカメリアと話し始める。私はほっと一息ついて青くて雲ひとつない空を見上げた。そして思う。彼らと付き合っていくのは、大変かもしれない……と。


「ライラック殿下、一緒に頑張りましょうね」と呟いた言葉は誰に聞かれる事もなく、青空へと消えていった。

 最近筆が進んでいなかったので、短編を書いて気分転換をしていました。

一番最後のやり取りが書きたかったので、書けてスッキリしました。


 誤字報告等、ありがとうございます。流石に「あ、これは酷い」と思ったものが多すぎて……汗

 また何かありましたら、ご指摘頂けると助かります。


 ちなみに感想でご指摘頂いたカメリアの髪の色の件は、確かに、と思ったので、消去しました。

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