もう一人の自分
「もしも、自分がもう一人いたらどう思う?」
図書館から借りてきた本を読んでいて、話のネタになりそうな内容が出てきたので、目の前の友人に尋ねた。
スマートフォンでゲームをしていた友人は、わざわざ手を止めてこちらを見る。
「⋯⋯自分がもう一人いたら?」
「そう」
「それってさ」
友人はゲームでニヤついていた顔をきりりと引き締める。
「トイレはどうなるの」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「トイレはどうなるの」
「え、あ、うん、いや、そうじゃなくて」
友人はいたって真面目な表情である。
「え、トイレ? なんでトイレの心配?」
言いたいことはわかるけど⋯⋯、と言いたかったが、全く理解できなかったので、そう訊いた。
「だってさ、自分がもう一人いて、そっちもトイレ行かなきゃいけない身体ならさ、タイミング一緒かもしれないじゃん? そしたらウチのトイレひとつしかないし、取り合いになるよね?」
「あー⋯⋯」
ようやくわかった。友人は不思議そうな顔になって続けた。
「あと食べ物も二人分必要なのかどうか? 体力はどうなってるのか、一人分の体力を二つの身体で分けるのか、それとも二人分なのか? それぞれが体験した内容は共有できるのか? それはどうなってるの?」
「えっ、それは――――」
そんなこと考えて質問したわけじゃない。
止めようとするが、友人の口はぺらぺらと動く。
「一人に戻れるのか、そうじゃないのか? 疲労や睡眠時間はそれぞれか、それとも片方が負担すればもう片方は動けるのか?」
「えー⋯⋯?」
ここまで喋られると、『もう一人の自分がいた場合の疑問点』が、いっそ気になってきた。
確か、忍者漫画の影分身は、本体に収斂すると、経験や疲労も本体負担になる仕組みだったな、と思い出す。言ったらややこしくなるから黙っておくけれど。
「できることは同じ? 性格も全く一緒? ガチャ運も一緒? 片方が具合悪かったらもう片方は?」
面白くなってきた反面、そろそろ飽きてきたな。
「ごめん、そんな深く考えさせようとしてなかったんだ」
友人に謝ってネタばらしする。
「『もしも、自分がもう一人いたらどう思う?』って、心理テストの質問なんだ」
「あ、なーんだ、そうだったんだ!」
友人はあっけらかんと笑う。
「⋯⋯で、どう答える?」
「そんなの、『面白い』に決まってるじゃん」
この心理テストの解答は、『その人が周りの人にどう見られているか』になるそうだ。
本から目を背けながら、友人にもう一度謝る。
「ごめん、今、ちょっとめんどくさいって思ってる」
2020/11/09
もし自分がもう一人いるなら家事と育児分担する。