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先生あのね  作者: 速水詩穂
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7、7月8日(水)①



 コンコン、ガラッ。

「失礼しまーす」

「あなた本当に失礼なので、そのまま回れ右して帰ってもらえませんか?」

 ドッ。

「・・・・・・もしかして、過去に言われたこと根に持つタイプですか? 

 大体、言われた側は覚えていても、言った本人は忘れるものなので、気持ちを割いたところで割に合いませんよ」

「それ『言った本人』が言うことではないと思うんですけど」

「先生と私の仲じゃないですか」

「別にあなたとの仲を特別なものと思っていませんが『親しき仲にも礼儀あり』です」

「ふふっ。かわいい?」

「あなたそうやって甘やかされてきたんですか? 一丁前に『言葉そのものを軽んじられる』事を危惧する前に、女性の品位を落とすのをやめなさい」

「女性を神格化するとますます遠のきますよ」

「黙れ糞餓鬼」

 あはは、という声が響く。水彩透はそのなめらかな頬を高く保ったまま口を閉じた。


 静寂。階下から届く生徒の声。

 広報課に用があったため、総合研究棟から歩いて帰ってくるとき、年配の御一行とすれ違った。通信学部の生徒さんだろう。男女五名の、白やまだらな肌色が視界の端に残る。

 違和感。どうして残ったのかと思えば何のことない、それぞれ背中がまるっきり隠れるぐらいの、大きな荷物を背負っていたからだ。ここに宿泊施設はない。桃色という特殊な色味をしている外壁のせいで、時折(つがい)が『そういう宿泊施設』と勘違いして敷地内に入ってくると聞いたことはあるが、だとしても相応の荷物量ではない。彼らは

 必死で学んでいるのだ。知ってる。文字ではなく、画像のついた資料はかさばる。一冊一冊が大きい。それらを、必要になるかもしれないと思ったものを、片っ端から詰め込んで、意気揚々と実習に参加した帰りなのだ。

 重たいに決まっている。ただでさえ山頂に広がる大学の敷地。坂を上るにしても下るにしても、不自由のない世代からは考えられない力が消費されているに違いない。その事にただただ敬服する。

 見よ。あの活き活きとした顔を。

 学ぶ、ということは、知る、ということは、こんなにも人を豊かにする。

 講義を受講している生徒に見せるべきは、あるいは教材ではなく、生きた手本。同じ立場で一生懸命吸収しようと努力する先輩方の背中なのかもしれない。

「・・・・・・で、本日はどのようなご用で?」

 そこでふと大町先生が「最近遅刻癖を直そうとしているのが分かる。三回に一回はちゃんと時間通りに来るようになった」とこのはた迷惑な女生徒のことを褒めていたことを思い出した。思い出したところで気が滅入る。どれだけ甘やかされているんだこの世代は。

「先生あのね」

 隔週水曜。これは志堂槙に定期的に訪れる戯れの記憶。





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