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先生あのね  作者: 速水詩穂
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5、6月24日(水)①



 コンコン、ガラッ。

「失礼しまーす」

「そうでしたね。携帯を忘れて家を出ることによる遅刻常習犯に、学習能力なんてあるはずないですよね。こちらこそ今まで大変失礼しました」

 ドッ。

「・・・・・・先生キライ」

「ならば来なければいいものを」

「おっぱい触られたってふれ回ってやる」

「いいですか、それ子供同士の『先生に言ってやろ』と違って、立派な脅迫(はらすめんと)ですからね。軽い気持ちで言うの、本当やめて下さい」

「じゃあ構え。全力で構え」

「これは『何はら』になるんでしょう。純粋な命令口調自体、随分久しぶりに聞いた気がします」

「ふふっ。かわいい?」

「一体どんな思考回路を通じたら辿り着ける境地なんでしょう。だんだんあなたが小動物の獣のように思えてきました」

 あはは、と笑った水彩透は、そのなめらかな頬を高く保ったまま口を閉じた。

 静寂。階下から届く生徒の声。

 文学部の卒業論文題目の提出期限が一週間後に迫っていた。そのため、文学部の先生を擁する階下は生徒でにぎわっている。

 ふとここに来る前、中央の広間に面した大階段の裏通路で見かけた、車椅子の生徒をのことを思い出す。どこからか現れた別の生徒が、車椅子の青年より少しだけ早く、エレベーターのボタンを押したこと。

〈ありがとう〉

 ドアの閉まる寸前、そんな声を耳にする。志堂はそのまま階段に足をかけた。


 サテ、空気の和平を保つことは何とも難しいことだなァ、と思う。

 できる事を奪うのは、その人の尊厳をも奪う。

 束の間の援助。それを『情けは人の為ならず』と信じて疑う事のない主観のあさましさたるや。だからといって『最上は何事もなく便乗すること』と発言すれば、きっと煙たがられるのだろう。しかし問題は『あわててボタンを押した彼が、それ自体、動かずにいる事ができなかったが故の行動であることを自覚していない』事。

 人として正しい事をしようとする。それは『人の役に立つことで己の存在意義を感じる』ただ、それは己のためであって、結果的に相手の為になっていない。

 嘆息。

 つくづく「ありがとう」という言葉の担う役割が重すぎると思う。体裁、本心それぞれに『へりくだるもの』『派手に喜びを表現するもの』『しみじみ噛みしめるもの』広義が過ぎる。深み、厚みのある言葉だけに、せめてもう少しだけでも分類させられないものだろうか。もちろん「体裁」「本心」の割り方以外で。

 決してうがった見方をしているつもりはない。ないが、あれは〈このくらい自分でできるんだけど。やさしい自分が演出できて満足? 感謝されたいならくれてやるよ〉の〈ありがとう〉ではないと、〈あえて徳を積ませてやった〉訳ではないと、誰が言い切れるだろうか。あるいは。

「先生」

「・・・・・・。・・・・・・失礼。で、本日はどのようなご用で?」

 だから僕自身、求められた事に応じるこれは純粋な慈善活動で、そもそも誰かに教える、という行為自体傲慢なことではあるが、言い訳が立てば心は護られる。

「先生あのね」

 隔週水曜。これは志堂槙に定期的に訪れる戯れの記憶。




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