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先生あのね  作者: 速水詩穂
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3、6月10日(水)①

 



 コンコン、ガラッ。

「失礼しまーす」

「ウン。何度も言うけど、返事があってから入らないと本当に失礼に当たりますからね」

 ドッ。

「このご時世、小言を言うような大人は嫌われますよセンセ。今時好感度重視で成り立ってますからね。不容易に敵をつくらない方が身のためです。基本は『褒めて伸ばす』ですよ」

「それは子供に対してでしょう。既に成人を迎えているあなたには関係のないことです。それに褒めるとしても、そんな要素どこにも見当たりません」

「ふふっ。かわいい?」

「どんな思考回路を通じたらそこへ行き着くんでしょう。にっこり笑えば何でも許されると思ったら大間違いです」

 それでもあはは、と笑った水彩透は、そのなめらかな頬を高く保ったまま口を閉じた。  静寂。階下から届く生徒の声。生きた年数としては成人を迎えながら、社会的な生産活動に従じることのない大学生。矛盾する性質が、女生徒一人とっても少女か女性か、志堂は形容に惑った。

 彼女の言うとおり、昨今の教育現場は『褒めて伸ばす』が基本。いくら味付けを変えた所で、あらかじめ溶いてある一定量の砂糖の甘みは消せない。

 ゆとり世代。さとり世代。次はどんな世代が生まれるのだろう。


 志堂は顎関節がきしむのを自覚した。嫌な音を立てる奥歯。すぐさま口を限界まで開け、耳の下をさする。緊張は頭痛にも影響する。定期的にほぐさなければ、天気と重なったら最悪だ。続いてもれたのは大きなため息。


 褒めて欲しいだとおこがましい。

 一目で底が分かる水の汲み方しかしないで、その桶両手に見上げるな。お前は一体何のためにその水を汲んだんだ。まさかただ承認欲求を満たすためではないだろうな。その先は完全な行き止まりだ。

 課題を返却した日の事を思い出す。一部先に進みたい生徒の、心底退屈そうな表情に、今と同じように奥歯が嫌な音を立てるのを聞きながらページをめくった。

 どうしてやる気のある生徒ではなく、単位目的の生徒に照準を合わせなければいけないのだろうか。分かってる。本来大学とは学びたい生徒が集う場所。自分で課題を見つけて、それを解決するための手段が、本であり教師だ。どちらも自ら手を伸ばせば届く位置にいる。なのに 少子化問題。大学の存続のためにその権威は地に落ちた。今ではどうにか生徒数を保つために、十年も前の卒業生の縁者を当てにする程の切迫ぶり。かくいう自分も雇われの身である以上、職場がなくなっては困る。結果、お金を払う生徒、すなわち顧客に最低限の利益をもたらすために尽力するわけだ。


 くだらない。なんとくだらない。


 できちゃった婚だとふざけるな。無いすねをかじりきった所で、今度は労力をたかりに来るぞ奴らは。

 考えたところで不平不満の堂々巡り。一体何のために

「先生」

「・・・・・・失礼。で、本日はどのようなご用で?」

 だからこれも接客業。仕事の一環。ただ、それでも一見行儀の悪いこの女生徒さえも良質な客に分類されるのだから、どうかしてるとしか言い様がない。

「先生あのね」

 隔週水曜。これは志堂槙に定期的に訪れる戯れの記憶。



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