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先生あのね  作者: 速水詩穂
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1、2009年5月27日(水)①

前作halfloversと関連してはいますが、

作品として独立しているため、読んでなくてもお楽しみいただけます。

ちなみにルート分岐前、2~9話までは別サイトnoveldaysに掲載したものと同じ内容です。

 



 コンコン、ガラッ。

「失礼しまーす」

「ハイ。返事も聞いてないのに、何のためらいもなく入ってくるというのは、確かに失礼に当たりますね」

 ドッ。

「いいじゃないですか水くさい。先生と私の仲じゃないですか」

「あなた私を先生と思ってないでしょう。来客用のソファに、そんな荒々しい座り方をして足を組む生徒、未だかつて見たことないですよ」

「ふふっ。かわいい?」

「どんな思考回路を通じたらそうなるんでしょう。父親だとして、あなたのような子供をもった覚えはありません」

 あはは、という声が響く。その肌。半年かけて抜けた太陽の色。

 水彩透はそのなめらかな頬を高く保ったまま口を閉じた。

 静寂。大学敷地内の北東に位置する研究棟。その四階にある志堂槙の研究室にも、階下から学生の声は届く。何の事ない。この生徒が現れる前の静けさに戻っただけの事。四階とは言っても、山に沿ったつくりである大学は階段がやたらと多い。そのため正面玄関が二階に当たる。棟内の階段を下りれば一階という形式だ。

 元はと言えば、志堂は講義を受講している生徒に課題として出した「交感神経と副交感神経の働き」についての穴埋め問題の正答率の低さに絶望していた所だった。去年の反省を活かして極力難易度を下げたはずなのに、逆にどんな問題だったら正解に辿り着けるのか、こっちの方が教えて欲しい。

 元々光合成の講義をする予定だった時間を、アルファベットを含む化学式を見た瞬間、外出する生徒が続出したため、やむなく直接関係する人体の身体の構造に切り替えた末の結果だった。せめて自分の身体のことくらい知っておけよ、というのはこちらの一方的な押しつけであって、本人が興味を持たない以上、結局どうしようもない。

 つい先日から始まった裁判員裁判制度、二十歳以上の国民から選ばれるというが、こんな子達に裁かれるのかと思うと、悪い事をしているはずの相手が不憫な心持ちになる。

 差し当たって何が辛いかと言えば、次回講義をするつもりで準備をしていた血糖調節の教材を丸々破棄しなければならない可能性が高い事だった。


 馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿馬鹿しい。


 しかし、だから無礼極まりない生徒だとしても、この際、ある程度の思考力を持つ水彩透の来訪は、はからずも志堂にとってストレスのはけ口として都合のいい出来事と言えた。

「・・・・・・で、本日はどのようなご用で?」

 完爾。

 御年二十一を迎える女生徒は、つややかな唇を再び開く。

「先生あのね」

 隔週水曜。これは志堂槙に定期的に訪れる戯れの記憶。




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