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狐憑きのわたしが嫁いだ相手は軍人将校さまです。  作者: 陸奥こはる
1章 狐憑きと旦那さまの気持ち編。
7/24

7 まさか義弟くんと会うとは。

 深雪は息を整えてから、自分用のお昼にコッソリとって置いたおにぎりを胃に収めた。

 あまり食べる方では無いから、一つか二つくらい余るかも知れないと思っていたけれども……不思議と、完食することが出来た。

 きっと、沢山動いたせいだ。

 振り返って見れば、朝食作りから始まり掃除が終わるまで、ほぼ休まずであった。


 深雪はお水を飲んで「ふぅ……」と一息をついて、それから、崇正から渡された封筒をふいに見やった。

 確か、自分のことに関する準備に使って良い、と言っていた。


「必要なもの……か」


 考えて見ると色々とあった。

 例えば服だ。

 今着ている着物一つしかないから、あと何着かは欲しい。櫛も欲しいし、家事炊事の時に使う割烹着みたいなのも欲しかった。


 でも――一人で出かけるのは少し怖い。


「お買い物行きたいけど……いや『けど』じゃなくて行かないと駄目だよね」


 深雪は首を横に振る。

 怖いからと言って、外に出ないまま、ということが出来ないことくらい分かっていた。

 身の回りのものを買う以前に、夕食の食材を買いに行く必要もある。

 それに、崇正がくれた帽子だってある。これを被れば、耳はきちんと隠せる。気をつければ大丈夫だ。


「大丈夫大丈夫……」


 深雪は、崇正から貰った釣鐘帽を深く被ると、お金を持って外出することにした。

 落としたりした時が怖いので、全部は持っていかない。ひとまず、封筒の中身の二割ぐらいを持って行くことにした。

 実際の商品の価格とかは良く分からないけれど、本で得た知識の情報と照らし合わせれば、一旦これぐらいもあれば十分ではと深雪は思った。





「あらら、崇正くんのお家から女の子が出て来たわ」


 外に出てすぐのことだった。

 玄関口のところで、深雪は妙齢の女性に声を掛けられ、少し挙動不審になりながらも会釈した。


「こ、こんにちは」

「こんにちは。ところであなた……崇正くんの妹さんとかではない……わよね? 似ていないし、妹さんがいるなんて聞いたこともないし」


 どうやら、ご近所さんのようだ。

 近所づきあいは大切だと思うので、深雪は相手の問いに素直に答えた。


「その、妹ではありません……」

「ということは……もしかして、お嫁さん?」

「はい!」


 深雪はこくこくと頷いた。


「可愛い子だこと。……崇正くん、格好も良いし性格も良い男の子なのに全然浮いた話も出ないと思っていたら、なるほどこういう事だったわけね。もう決めていたわけだ」

「決めていた……?」

「あなたがいるから、他の女の子に何を言われても誘われても不動だったのねってことよ」

「……旦那さまは他の女性から人気なのですか?」

「無い方がおかしいでしょう。若いのにそれなりの役職について、見た目も悪くないし、優しいし、お父さまも確か軍の偉い人だったハズだし……」


 ご近所さんは、まくし立てるようにして、崇正がいかに女性から人気があるのかを伝えてくる。深雪はただそれを黙って聞きながらも……言われて見ればそうなのかも知れないと思った。


 肩書や義父のことは、深雪にとっては、好きになるならないの基準では無かったので横に置いて。

 それ以外の部分――気質性格において自分が良いなと思った男性が崇正であり、そこだけ切り取って見ても、他の女性が同じことを思っても何も不思議ではないのである。


 と、その時。

 指先が少しチクッとして、深雪は一瞬だけ表情を歪ませた。

 すぐに自分の手を見る。

 急いでご飯を作って掃除も張り切り過ぎたからか、少し赤くなっていて、擦りむいていた箇所もあった。


 深雪はふと、座敷牢にいた頃に数度だけ見たことがある姉妹たちを思い出した。綺麗なお着物に身を包んで、汚れたような箇所は一つもなく煌びやかであったその姿を。


 ……崇正はどのような女の子が好みなのだろうか? もしも、自分の姉妹のような子が好きだったとしたら? 


 深雪は今になってそんなことを考え始めた。

 座敷牢に閉じ込められこそしたが、深雪も、楪家の息女であることに変わりは無いのだ。

 だから、きっと煌びやかな子になっているハズだと、崇正がそう考えていたとしても不思議はない。


 優しいから顔には出さないだけで、口に出さないだけで、崇正は本音では久しぶりに会った自分にガッカリしているのかも知れない。

 結婚を後悔し始めているのかも知れない。

 深雪の心にちくっとした痛みが来た。指先に感じた痛みと似た痛みが走った。

 思わず俯き下唇を噛む。


 ……まぁその、深雪の心配というのは、再会してからの崇正の行動を顧みれば、ただの杞憂であることは明白ではある。

 連れ出して以降の、深雪の一挙手一投足に対する崇正の反応を見れば、傍目の誰もが「随分と惚れこんでいる」と指摘するであろう。

 しかし、深雪はその答えには辿り着けなかった。

 座敷牢時代に望まずとも獲得してしまった、雰囲気や人の気持ちに対しての疎さが――その答えに辿り着くことを阻んでいた。





 俯いたまま街に出た深雪が思わず目を奪われたのは、人の多さでも建物の多さでもなく、ガラス窓の向こうに飾られている簪であった。

 べっ甲で出来ているとのお触れ書きがあるそれは、飴細工にも似た質感であり、とても綺麗に見えた。


 欲しいな……と深雪は少し思う。これで着飾れば、少しは自分も煌びやかになれるかも知れないと、そう考えたのだ。

 深雪は、小さい頃に崇正に「可愛いね」と言われた時のことを思い出していた。そして、また「可愛いね」と言って貰いたい衝動に襲われていた。


 けれども、すぐさまに首を横に振る。崇正がくれたお金は身支度の準備や生活の為のお金であって、可愛いと言って欲しいからと、その為に使うものではない。

 取り敢えず今日買おうと思ったものは、夕食の食材と、身の周りのものとしては最低限の服などだ。明らかな装飾品は控えたいところ……。


 歯ぎしりをする深雪であったが、ガラスに反射して映る通行人の中にどこかで見た顔を捉え、トーンダウンした。

 お人形のようなその顔の人物は善弥だ。

 深雪が振り返ると、善弥も深雪に気づいた。


「あれ……義姉(あね)さま?」


 別邸とやらは、どうやらそう離れていない所にあるらしい。

 崇正の家族との再会は式まで無いと深雪は思っていたのだが、そうでも無いようだ。

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