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狐憑きのわたしが嫁いだ相手は軍人将校さまです。  作者: 陸奥こはる
1章 狐憑きと旦那さまの気持ち編。
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6 家事炊事です。

 三歩ぐらいの微妙な距離感を保ちつつ、家内の配置等をおおまかに教えて貰った後に、深雪は急いで朝食作りに取り掛かることにした。

 話を聞くに、崇正は今日は休みではなく仕事があるようだ。

 日は既に昇り始めている。崇正が家を出るまでに、それほど時間があるわけではない。

 深雪は慌ただしく動く。


「ええっと……」


 まず最初に調理用具の確認。ぱぱっと眺めて行くと、最低限必要なものは揃っていた。

 ただ、使用感の類が一切なく、崇正が普段はあまり自炊をしない人なのだということを把握しつつ――食材を漁って――深雪は絶望した。


 無かった。

 無かったのだ。

 何も無かったのだ。


 何から何までひっくり返して、焦りながらようやく見つけたのは、米びつに入っているお米と味噌と醤油だけである。

 自炊はしないのだとしても、せめて保存が効きそうな漬物や梅干しの類くらいはあるのではないかと思ったのだが……。

 けれども、無いのであれば無いなりにどうにかしないといけない。


 時間が迫っている。

 深雪は全速力でお米を研いで米揚げざるで水を切り、釜に薪をくべて火を点け、ふいごまで使用して火力を強めて早焚きする。腕や口がかなり疲れるが、そんなことに構っている暇は無い。

 必死の迅速さによって、お米は予想以上に早く焚き上がった。


 ここまでは良い。だが、ここからが問題である。

 おかずも何もなく、白米のみをそのまま出すことになるのを避けたい。今日が夫婦生活初日ということもあって、出来れば、もっと良い感じのものを出したいのだ。


「他にあるのは味噌と醤油だけ……」


 深雪は頭を捻り……そして苦肉の策へと出る。





「す、すみません……。食材の都合上こういう風に……」

「……いや、深雪が謝ることじゃないよ。これは僕のせいだ。確かに食材はほぼ何も置いてなかった。食事を自分で作らないことが多くて、朝食も職場に行く途中でつけ焼きパンとか乾パン買って済ませていたし……」


 朝食を並べたところで、深雪の狐耳がへなっと垂れる。頭を捻った深雪が考えた末に作ったのは、焦がし醤油と味噌焼きのおにぎりであった。


「全然大丈夫だよ。普通に僕が悪いよ今回。……深雪は頑張ってくれたよね。ありがとう」


 言って、崇正はおにぎりを頬張ると、「美味しい」と言って食べてくれた。深雪は伏し目がちになりつつも、その言葉を受けて目尻を緩ませた。


「ところで……もう機嫌は直った?」


 と、崇正に言われて、深雪は「?」と首を傾げた。


「……いや何かさっき凄い拒絶されたから」


 崇正が言っているのは、今朝一番目にした会話の時のことだろう。今日の自分に近づいて欲しくない一心で、深雪が結構取り乱してしまったアレだ。


「……」


 伏し目をちらりと上げるようにして、深雪は崇正を見る。

 謝った方が良いかなと思いつつ、けれども謝るとなると経緯を説明しなければならず、それはやはり言いたくはない事なので……


「……何のことでしょうか?」


 深雪はそうとぼけることにした。


「う、うん……?」

「すみません。一体何を仰っているのか分からないのですが……」

「……そっか。たまたまか僕の勘違いだったのかな」

「はい、そうだと思います」


 こうして夫婦生活初日の朝食が終わった。

 仕方のないことではあるのだが、思い描いたようには行かなかった。

 深雪はため息を吐きつつ、崇正に渡すお弁当にと思い、余ったおにぎりを包みはじめる。

 すると、


「……そうだ、仕事に行く前に深雪に二つ渡して置きたいものがあるんだ」


 崇正が、どこかから釣鐘帽を一つと封筒を持って来た。


「深雪に朝ご飯を作って貰っている間に、帽子を探していたんだよ。外出する時に耳を隠せるようにって」


 渡されて、深雪は帽子を被って見る。軍帽の時よりもしっかり隠れており、これなら外も出歩けそうだ。


「それで、次はこっちの封筒。これにはお金が入ってる。深雪が着の身着のままで来るのは縁談が決まった段階で分かっていたから、色々必要なものもあるだろうなと思って。準備の為のお金だね。……ついでに今月分の生活費も今さっき足しておいたから」


 帽子の次に封筒を渡された。中にはお金が入っているらしい。だいぶ厚い。

 深雪はじっと封筒を眺めた。

 お金というものを始めて手にした。

 存在自体は知っていたけれども、直接使ってみたことがなく、それゆえにこの厚みの価値がいまいち掴めず。


 ただ、崇正から貰ったものだからと、帽子もお金も大事にしようと深雪は思った。帽子は汚れたり傷ついたりしないように。お金は贅沢をする気もないから、本当に必要なものだけに使うように。

 そう心に決めた。


 深雪は「ありがとうございます」と薄く笑む。すると、崇正の瞳が優し気に細まった。





 崇正を見送った後。

 深雪は腕捲りをして――掃除に取り掛かることにした。掃除道具の場所も教えて貰ったので準備は万端だ。


「仕方ないことだったとはいえ、朝ご飯はあまり上手く行かなかったから……それ以外はキッチリやりたいな」


 頑張れば、崇正が帰って来た時に「良く頑張ったね」と褒めてくれるかも知れない。

 喜んでくれるかもしれない。

 それを想像するとなんだか心が温かくなって来て、深雪は「ふふ」と笑った。

 そして、「ドドドドドッ」という擬音が出そうなくらいに、全力で掃除を行うと……あろうことか、昼になる頃には掃除が終わってしまった。


 深雪は「ぜはぁぜはぁ」と息切れしつつ、倒れ込むようにして客間のソファに座り込んだ。崇正に今の姿は見せられない。

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