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狐憑きのわたしが嫁いだ相手は軍人将校さまです。  作者: 陸奥こはる
1章 狐憑きと旦那さまの気持ち編。
5/24

5 旦那さまには少し難しかったかも知れない。

 陽が昇るか昇らないかの辺りの早朝に深雪は目覚めた。そして、見慣れない天井が視界に入り、「そうだ……」と昨日のことを思い出した。

 ここはもう座敷牢ではなくて、それから自分は崇正の妻になったのだ。瞼を擦りながら、改めてそのことを認識していた。


「……よし」


 深雪はゆっくりと起き上がると、小さく伸びをした。

 それから、自前の狐耳をぴくぴく動かしながら視線を落とし、自分の着ているものを見て気づいた。

 そういえば、着替えの類を何も持って来ていなかったな、と。


「……」


 匂いが少し気になったので、腕を鼻先に当てて確認してみる。

 そこまで匂うわけでは無いけれど……でも、今日は崇正の近くには寄らないようにしようと深雪は決めた。

 臭いと思われたくない。

 崇正は気づかない気がするけれど……それでもである。


 まぁ、そんな個人的な感情はさておき。

 深雪はひとまず、妻としてやるべきことをしなければと思考を切り替え、何から始めようかなと考える。


 まず思いつくのは家事炊事や洗濯だ。

 それらは幸いなことに得意分野であり、なんだか上手くやっていける気がして来た。

 座敷牢時代、深雪は身の回りのことは全て自分で済ませていた。

 使用人も抱える楪家ではあったが、深雪は文の伝達以外で使用人の世話になったことが無いのだ。

 理由は誰も近づきたがらなかったからだ。


 だから、当然に食事の用意なんかも自分でした。いつも定時になると食材がこそっと部屋の前に置かれ、部屋の隅には小さな竈があったので、そこで本を参考に作っていた。


 使用人に何かを作らせ与えることも出来たであろうに、それを家族がしなかった理由を、深雪は知っている。

 食事を作るとなると、当たり前だが刃物も扱う必要が出て来る。

 それが意味するところはつまり、深雪に対して家族は、包丁を使って自殺でもしてくれないかなと思っていたのだ。


 姉と妹の二人が深雪の部屋の前を通り過ぎる時に、わざと聞こえるように、どうして深雪に自分で自分のことを両親がやらせているのか、その理由について話をしていたのを聞いてしまった。


 ――早く死ねって皆が思っているのに。父さまも母さまもそうやって準備までしてあげてるのに。中々死なないしぶといヤツ。


 それを耳にした当時、深雪は悲しくて泣いた。思い出したくもない記憶でもある。

 しかし、世の中は何があるか分からないものだ。まさか、そうして仕方なくに獲得した技能が役に立つ日が来ようとは。


 ふと、深雪は自らの手を見た。

 よく見ると少し荒れ気味の手であり、そのことが恥ずかしくなった。

 昨日崇正に手を引かれた時は、嬉しさばかりが先に来たけれど、冷静に考えてみるとこんな手を握らせて申し訳ないなと思う。


 ……今日は旦那さまとは物理的に距離を取ろう。深雪はそんなことを思いつつ部屋から出た。





 部屋から出て、早速に妻の職務を果たそうとした深雪は、けれども予想外の事態に焦っていた。

 どこに何があるか分からないのだ。

 掃除道具がしまってある場所も分からない。炊事場はどうにか見つけたけれど、冷静になって考えて見ると、あるものを勝手に使って良いのだろうかとか、そんなことを考える。


 あたふたとしていると、そのうちに崇正が起きて来てしまった。


「……早起きだね。何をしているの?」


 そう言われて、深雪はしゅんとしつつ、若干距離を取りながら事の成り行きを全て話した。聞かないとどうにもならないからだ。


「……そういえば、僕もそういうことをまるで説明していなかったね。ごめんね。まず、家の中のものは全部勝手に使って大丈夫だよ」


 崇正にそう言われて深雪はホッとした。これで動きやすくなる、と。


「どこに何があるかとかその説明もしないとね。おいで、案内するから」


 崇正は深雪に近づくと手を差し出して来た。

 深雪は、寝起きに考えた自分の匂いとか手の荒れ具合のことを思い出して、思わず、崇正の手をぱちんと弾き返してしまった。

 頬は朱に染まっていた。


「だ、大丈夫です……。わたしに近づかないでください。触らないでください」


 少し上ずった声で伏し目がちに言うと、深雪はぷいと横を向く。すると、崇正が瞬きを繰り返し額に汗を浮かべた。


「あ、あれ……? 昨日と何か違――」

「――お願いですから」

「え……一体何が……どうして……?」

「聞かないでください」


 手を弾き返した本当のところは、距離を取りたいと思っていると同時に、崇正に触れたいという深雪の欲求の現れでもあった。

 単に離れて欲しいのなら、言葉でだけ伝えても何らの問題は無い。どのような形であれ、わざわざ触るという選択を取るのは、つまりそういうことなのだ。


 だがしかし、女性の扱いが苦手そうな崇正にそれを察しろと言うのは、無理な相談であった。

 崇正は、「僕が何かしたのだろうか……?」と自問自答を呟き続けていた。

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