2章番外編 夏祭り2/2
帝都は普段から人通りが多い方だけれども、それが少なく思えてしまうほどに、お祭りは凄かった。どこを見ても隙間なく歩いている人がいるのだ。
はぐれないように崇正と手を繋ぎながら、深雪は活気溢れる祭りを眺めて回って。ふと、道行く女性の着ている浴衣に目を奪われた。
着物よりも柄に幅と種類があって、可愛いものが沢山だったからだ。
「……深雪? どうしたの?」
「いえ、その、なんでもありません……」
若干欲しかった。生活に使う衣類は買ったけれど、こういう、お洒落なものは持っていないからだ。しかしながら、けれども深雪は顔をぶんぶんと横に振って物欲を抑える。
以前に崇正から預かったお金には、まだかなりの余裕があるので、買おうと思えば買えなくもない。
でも、それは、大事に使おうと決めたお金でもある。
少しぐらいならばともかく、それなりの値のものを考え無しに買う為には使おうとは深雪には思えなかった。
☆
「これは……」
隅っこの方でお店を広げていたお面屋さんの前で、深雪は思わず足をとめた。そこの品ぞろえの中に狐のお面があって、なんとなく惹かれてしまったのだ。
「狐のお面だね」
言って、崇正がお面を被った。
「これで僕も深雪と同じかも?」
「……」
深雪は口を尖らせて頬も膨らませた。
同じ狐であるという一点でお面には惹かれたものの、けれども顔は全く似てないからだ。狐のお面はあまり可愛くはなかったので、それと同じと言われると、些か面白くはない。
崇正がそういう意味で言ったのではないのは分かるけれども……。
「あ、あれ……? えっ……?」
崇正は良かれと思って何かをしてくれることが多い。
しかし、それらが全て深雪にとっても嬉しいことだとは限らないのだ……。
☆
「美味しいです」
「そうだね」
林檎飴とわた飴が安かったので、深雪は買って食べてみた。崇正と一緒に分けっこもして食べたそれは、甘くて美味しくて、深雪が知らなかった新感覚の味であった。
――と、その時だ。ひゅるるるる、と音が鳴って。次の瞬間。ぱぁん、と何かが宙に弾けて光が飛んだ。深雪の瞳に反射したそれは、落ち始めた夜の帳を照らす光の華。
「……あれが花火だよ」
崇正にそう教えられて、深雪はただただ食い入るように、次から次へと打ちあがる花火を眺めた。
「……綺麗」
それが、産まれて初めて見た花火の素直な感想だった。あんな綺麗なものがあるなんて、深雪は知らなかったのだ。
「また来ようね」
「……はい」
打ち上げられた花火が、その度に弾けて、そしてあたりを照らした。
すっかりとこの光の華が好きになった深雪は、今のうちから、次に見れる機会である来年の夏祭りを楽しみに感じるようになった。
☆
夜も更けてきた頃になって、撤収する的屋が目立ち始める。
もう今年の夏祭りは終わりのようで。
深雪と崇正の二人も、そろそろ帰ろうという話をして――そして、その時にふいに崇正が言った。
「来年は深雪に浴衣着て欲しいな」
「え……?」
「深雪が他の人の浴衣を見て――いや、僕が深雪の浴衣姿を見たいんだ。僕の我儘だから、お金のことも気にしなくて良いよ」
深雪は、崇正の言葉が優しいウソであることに気づいた。最初に言いかけた「深雪が他の人の浴衣を見て――」という部分をきっちり耳で捉えていたからだ。
しばし深雪は悩む。
負担にはなりたくないから、出来れば断りたかったのだけれど……それをしたら、それはそれで恐らく崇正が残念そうな顔をしそうな気もした。
ので、取り合えず今回は甘えることにした。
「……旦那さまが見たいのであれば、仕方ありませんね」
ただ、どうにも素直にお礼を言うことが出来ず、このような言い方になった。
理由はある。
他の人の浴衣を見ていたのが、決して崇正に今のような言葉を言わせる為では無かったからだ。
そんな気持ちがあるわけではないのに、結果的には催促したみたいな形になってしまったから、そこのところだけは否定しておきたくて。
こういう時は「ありがとうございます」とだけ言った方が良いのは、理解はしているけれども、少し恥ずかしかった。
自意識過剰な気がしてしまって。
深雪はちらりと崇正の反応を窺った。
すると、崇正はにこにこしていた。
深雪の言動ならば、なんでも「可愛いなぁ」と思っていそうな、そんな表情である。良くも悪くも深雪の思ったことには気づいていなさそうで、それが手に取るように分かった。
崇正が鈍感であることに深雪は安堵した。
それから二人はぎゅっと手を繋いで歩いて、更けていく夜道をそうして一緒に帰った。
次回からは3章になります。




