表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐憑きのわたしが嫁いだ相手は軍人将校さまです。  作者: 陸奥こはる
2章 狐憑きと旦那さまの結婚式編。
19/24

2章8 怯える義弟と飛ばされた義兄。

義兄と義弟に下る鉄槌。

 翌日。深雪は崇正と一緒に、式の会場へと向かった。すると、義母の藤と義父の源之助が出迎えてくれた。


「おお、久しぶりだね」

「……久しぶりという程でも無いでしょう、あなた。全く」

「義父さまにそれに義母さまも……」

「……さて深雪さん。それでは、衣装合わせとお化粧をしましょうか。私がやりますよ」


 白無垢の準備や化粧を藤が手伝ってくれるとのことだった。

 恐らく、深雪が狐憑きであるからだろう。

 他の人には頼めないのだ。

 深雪もそれは察したので、「お願いします」とこくこくと頷く。藤は優しく笑うと、奥の部屋へと深雪を案内した。

 ちらりと崇正を見ると、「いってらっしゃい」と言われた。





「ふふっ、本当に可愛いお耳だこと」


 藤は、白無垢を合わせている最中に、頻繁に深雪の狐耳を触って来た。こそばゆい気持ちにはなるものの、相手は義母さまであるし、それに衣装合わせもして貰っている手前どうにも断り辛い。


 なされるがままに、深雪は仕方なしに自由に狐耳を触らせる。すると、ふいに藤が眉尻を下げた。


「……ところで、深雪さん、あなたには感謝しませんとね」

「え……っと?」

「あなたがいなければ、今の崇正はいないのですから。……小さい頃のお話は、私も聞いたことがありましてよ」


 どうやら、義父の源之助だけではなく、藤も知っているようだ。そういえば、と深雪はあることを思い出した。

 崇正は父と母には色々と言っているかも知れない、的なことを善弥が言っていたな、と。


「……願わくば、崇正が、あなたにとっての良き夫であることを祈ります」

「も、もう十分過ぎるほど良い旦那さまです」


 藤の言葉に深雪は本音を返した。

 崇正の妻になれたことを後悔したことなどただの一度も無いのだ、と。


「ふふっ。なら良かったわ」


 藤はとても嬉しそうだった。


 衣装合わせは、まもなくして終わった。頭には釣鐘帽の代わりに、綿帽子が被せられる。深雪は鏡に映った自分を見て、自身も気づかないうちに笑顔になった。





 式場に入ると、紋付き袴に装いを変えた崇正が待っていた。

 深雪は崇正の隣に座ると、ぐるりと周囲を見回す。

 こじんまりとした小さな式場で、参列者は義父と義母……それと、怯えるような目で崇正の様子を窺う善弥のみだ。


「……ちゃんとおしおきをしておいたからね」


 怯える善弥に冷たい視線を送りつつ、崇正が深雪に聞こえるようにぼそりと言った。どうやら、以前に深雪を迫ろうとした罰を、いつの間にか与えていたらしい。


 びくつく善弥は、一向にこちらを見ようとはして来なかった。


「な、何をされたのですか……?」

「……二度と変なことが考えられないくらいに、徹底的にやったよ」


 何やったのかは、詳しく聞かない方が良いのかも知れない。深雪は若干額に汗を浮かべる。すると、「それと」と崇正が続けた。


「兄さんも絶対に来ないから、安心して良いよ。昨日、父に書簡を送ったと僕は言ったよね?」

「……は、はい」

「それの内容は兄さんについてなんだ。簡潔に何が起きたのかを記して、そもそも近くには絶対に来れないようにして欲しい、と頼んだんだよ。父は将官だから、人事にも手を入れられる。兄さんの人事に手を入れて、大陸にある居留地に駐屯させている部隊に送ることにしたってさ。……昨日付けでの異動で、今頃は船の中で海の上」


 深雪は思わず源之助を見る。

 すると、源之助は笑顔でウィンクをして来た。


 義父の思わぬ協力に、深雪はしばし言葉を失う。けれども、思い返して見れば、それは何もおかしな行動では無かった。


 以前に崇正が過去の話を深雪にしてくれた時に、源之助についても僅かに触れていた。確か、最初の頃から崇正と深雪の仲を応援してくれていた、という話であり、だからこそ動いてくれたようだ。


「……まぁ、大陸は荒事も多いと聞くから、腕に自信がある兄さんには丁度良いよ」


 大陸との距離はどのくらいあるのかは分からない。ただ、海を越えた先ということは、相当遠くなのは間違いが無い。

 深雪は思わずホッと胸を撫でおろした。

 安心して式を楽しむことが出来るし、なにより今後の生活で怯える必要が無くなったので、それで思わず目尻に涙を浮かべた。


 崇正と深雪の結婚式は、本当に規模が小さく、それは慎ましく進んで行った。

 大々的なものではないし、決して他人に自慢出来る式では無い。

 それでも、この結婚式は、何物にも代えがたい思い出として深雪の胸の内に強く残った。

 綿帽子の中の狐耳も、終始ぴこぴこと動きっぱなしであった。


「深雪、こっち来て」

「は、はい」


 式の終わり頃に、深雪は崇正に呼ばれたので、近くに寄った。すると、変な箱を持った人が現れた。誰だろうかと深雪が思っていると、変な箱を持った人があれこれと姿勢を指示して来る。


 深雪が戸惑っていると、崇正が「言われた通りにね」と言うので、取り合えず、指示の通りに姿勢を正して表情を作る。すると、あるところで、


「そのまま、そのままでお願いしまーす」


 と、変な箱を持つ人が言った。次の瞬間、変な箱が光ってぱしゃっという音がした。思わず深雪は目を瞑る。何が起きたのかと思ったのだ。


「あの……今のは一体……?」

「写真だよ。前に言ったよね。写真を撮るって」


 深雪はぱちくりと瞬きを繰り返す。

 どうやら、今のが写真というものらしい。

 確か、白黒の絵になるとかいうアレだ。

 なぜ光ると絵になるのかは分からないけれど、ともあれ、そういうものらしい。


「出来上がるまでには少し日数がかかるけどね」


 写真が手に入るには少し時間が掛かるようだ。

 深雪は少し楽しみになった。

 綺麗な絵になっていれば良いけれどとか、そんなことを考える。


 それから。

 深雪たちは場所を移しての食事会を経て、そうして、式は何事もなく平和的に終わった。

 家に帰るまでの間、ずうっとずっと、深雪はにこにこ笑顔であった。そして、それを見た崇正も優しく微笑んでいた。


 ――今日は深雪にとって、それは間違いなく、今までの人生の中で初めて”主役”になれた日であった。




 さて一方その頃。

 大陸行きの船に乗っていた初志はと言うと。


「なぜ俺が大陸送りなのだぁあああああああああ! 親父め! 崇正め! 俺の長男としての想いが分からぬのかぁああああ!」


 縄で縛られ放り込まれた倉庫の中で、絶叫しており、周りの船員から困ったような視線を向けられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ