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狐憑きのわたしが嫁いだ相手は軍人将校さまです。  作者: 陸奥こはる
2章 狐憑きと旦那さまの結婚式編。
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2章3 同じ色……。

 自分がキッカケだと言われて、深雪は瞬きを繰り返した。

 一体どういうことなのだろうか、と。

 すると、崇正は順を追って話し始めた。


「父は軍ではそれなりの肩書と地位を持っていたんだけれど、僕は決して、その後を追おうとは思っていなかった」


 義父が軍の高官である、という話は深雪も知っている。以前にご近所さんから聞いたことがあったからだ。

 けれども、「知っています」とは言わなかった。

 それを伝えても話の腰を折るだけだから、深雪は何も言わずに耳を傾け続ける。


「僕が小さいころ軍人になろうとしなかったのは、凄く単純なことで、向いていないと思ったんだ」


 優しくて、穏やかで、とてもではないけれど軍人になど向いてはいない。確かに崇正は傍から見ても、そういう風な男に見えた。

 実を言えば、深雪もそのことには疑問を持っていた。

 ただ、聞けなかった。

 言えば答えてはくれたのだろうけれど、でも、聞けなかった。


 日常生活であったり、二人の間のことであれば遠慮もなく聞くようになった深雪だけれども、仕事に関してだけは別であった。

 その理由は――いつもの会話の中で、崇正があまり触れず話題に出さなかったからだ。

 特別に意識したわけでは無いのだろうけれど、崇正は、なんだかそれを避けていたような気がする。


「そんな時だったよ。深雪と出会ったのはね。……深雪の実家のある地方に、父が短期赴任することになったんだ。父はその時に僕だけを一緒に連れて行った。二人きりで話をすることで、軍人に興味を持って貰おうとしていたんだ。

 でも、僕は父の言葉にはまるで耳を貸さなかったよ。嫌だったからね。……それで、そのうち、毎日の話し合いが嫌になって、父が帰ってくる頃にわざと滞在場所から抜け出していたんだ。

 知らない街で友達もいないし、うろつくことしか出来なくて……そこで深雪と会った」


 かつて深雪が穴を使って座敷牢を抜け出していた時間は、夕刻のあたり。崇正が滞在場所を抜け出したのも、義父が帰って来る頃合い――つまり深雪と同じ夕刻のあたり。


 なんとも奇跡的な偶然であり、そしてその偶然によって、二人の初めての出会いは紡がれていたようだ。


 もしも、深雪が抜け出す時間を夕刻ではなく朝方にしていたならば。あるいは、座敷牢にそもそも穴が無かったのだとしたら。

 もしも、崇正が素直に父親に憧れるような子どもであったのならば。あるいは、深雪と出会うより前に別の誰かと出会い、そして話し相手を作っていたのならば。


 そんな風に、たった一つ何かを違えていたのならば、二人の出会いは起きなかったのだ。


「……まぁそれで、僕は深雪と話をしているうちに、深雪のことを好きになってしまったんだ。だから最後に、『連れ出してあげる』なんて言った」


 あの時から。

 そう――あの時から二人は両想い。 


「……わたしも、あの時には既に、旦那さまのことを好いておりました」

「……なら良かった。実は、深雪を連れ出す時に、僕は少し不安だったんだ。もしも深雪が忘れていたらどうしよう、もしも深雪が僕を嫌がったらどうしよう、とかそんなことを考えていたから」


 その言葉を聞いて、深雪は少し自分のことが恥ずかしくなって、申し訳なくもなった。縁談の話を知った時、相手が崇正だと知らなかったとは言え、『変な人』なんて思っていたからだ。


 崇正が、不安な気持ちを押し殺してでも連れ出そうとしてくれていた中で、自分はなんてことを考えていたのだろう、と。


 深雪が下唇を噛むと、「話を戻そう」と崇正は言った。


「……深雪と出会って、”狐憑き”だと知って、それから段々と物の怪とか妖怪にも興味が出てしまってね。それを目ざとく見つけた父が、軍にはそういう部署もある、という話をしてくれて。……もしかしたら、深雪みたいに悩んでいたり悲しんでいたり……そういう物の怪もいるのなら、助けになりたいなってね」


 だから軍人になった、ということらしい。


「そういう経緯だから、父には、結構早い段階で深雪のことは伝えていたんだ。その時に努力しろとも言われたよ。その気持ちが本物であるなら、ただ軍属になるだけではなく、分かりやすい肩書を手に入れる必要がある、とね。深雪の実家が楪家だと知った段階で父がそう助言をくれた」


「楪家だと知った段階で……?」


「深雪は座敷牢にいて世情に疎かっただろうから、知らないとは思うけれど、楪家は凄いんだ。傍系ではあるし、地方に居を構えて権力も無いとは言われているけれど、公家に連なる血筋だからね」


 深雪は思わず「え……」と息を漏らした。

 知らなかったのだ。

 そこそこの名家であるとは、おおよそ雰囲気で察していたけれど、公家に繋がる血筋だなんて初耳だった。

 家族が誰も教えてくれなかったから、ではあるけれども……。


「深雪は”狐憑き”だから、まだ縁談は持ち掛けやすかったけれど、それでも何かしら僕自身に力が無いといけなかった。……こう見えて僕、最年少の尉官なんだ。父が軍内部で幅を効かせている、というだけではこれは無理でね。事実同じ軍属の兄さんはいまだ軍曹のままだし」


 縁談の話を伝えられた時、確か、出世頭という話ではあった。

 けれども、その立場についた理由は要するに、深雪を連れ出す為に努力して手に入れた地位であると、崇正はそう言っているのだ。


「……っ」


 深雪は掌で自分の顔を覆った。涙が出て来てしまったのだ。

 こんなにも、崇正は自分の為に動いていてくれたと言うのに、その間に自分は何をしていただろうか。座敷牢の中で、せいぜい家事炊事なんかを得意にしたけれど、それ以外は何もしていなかった。


 自分の情けなさと、ひたむきに努力してくれた崇正の想いと行動に、嬉しさや悲しさといった色々なものが深雪の中で混ざり合っていた。


「まぁ、という風にして僕は軍人になったんだ。それで、今の仕事は、人知れず帝都に出る物の怪が悪さをしたら捕まえたり、困っていれば話を聞いて解決してあげたりなんだけれど……って」


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「……やっぱりこうなるか。だから言いたくは無かったんだけれど、でも、ずっとは隠せないことだからね」


 泣きじゃくる深雪に、崇正は困ったような表情になりながらも――しかしながら、その背中を優しく撫でた。「大丈夫大丈夫」と優しく笑むその仕草に、けれども深雪はもっと泣いてしまった。


 そんな二人に、周囲の視線が一斉に集まる。喫茶店ということもあり、人通りはそこそこに多いのだ。

 周りの目に二人はどう映っていただろうか。それは分からない。ただ、どのように思われたとしても、これは二人にとって避けては通れない話であった。


 一つ一つ分かりあって、想いを相手に見せ合って、そうして深い中はより深くなり、結ばれた想いは解けないほどに強くなる。

 夫婦としてより密になるのに、必ず経過する必要があるものであった。


 ともあれ、この後。

 深雪は崇正に抱きかかえられ、二人はそのまま帰宅する事となった。


 崇正の足取りは、ゆっくりと、それはとてもゆっくりとしたもので、気が付けば世界は蜜柑色に染まりつつあって。

 崇正の暖かな体温に包まれて、落ち着き始めた深雪は、泣き腫らした瞼を持ち上げふいに空を仰いだ。夕焼けに染まるその色は……初めて崇正と会った時と同じ色に見えた。

次回は義兄さま登場です。

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